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大石健太
しおりを挟む大石健太は私よりも早く登校してくる。
教室の扉を開けて、自分の席の後ろを確認するといつものように両腕を枕に、顔を突っ伏して寝ている。
寝ているのは深夜のサッカー番組を見て夜更かししているからで、寝不足だけど遅刻は嫌だから早く学校に来て寝る、と去年話しているのを聞いた。その習慣は今年も続いているようだ。
ロッカーに荷物を置いて、自分の席に座る。後ろの席からは微かな寝息が聞こえる。
後ろを振り返り、寝姿を眺める。教室にはまだ私たち含めて4、5人しかいない。健太のように寝ていたり、読書をしたり、静かな時間を有効に使っている。こちらを気にする人はいない。
健太の腕と顔の間にはハンドタオルが挟まっている。
こんな姿勢で寝ているから、去年は起きるとよく額が真っ赤になっていて、それを私はからかっていた。
からかいつつも、その防止のために誕生日プレゼントとしてこのハンドタオルをあげた。
黒と白の縦縞にハジにちょこんとスポーツメーカーのロゴが入っているシンプルなタオル。
クラスの恒例として、誕生日の人の席はプレゼントでごった返す。大抵は菓子なので、プレゼントの山の中でハンドタオルは少し浮いていたが、その贈り物から好意を疑う者はいなかった。
「マジ、すっげぇ嬉しい。ありがとう」
健太から言葉と違わない最大級の笑顔を真正面で向けられ、心臓がわかりやすく波打ったのを今でも克明に覚えている。もちろん、その笑顔はプレゼントを贈った誰もに向けられていることも知っていたけど。
それ以来、そのハンドタオルは毎朝使われている。嬉しい反面からかうことが出来なくなり、贅沢ながら寂しくもあった。
キーンコーンカーンコーン
予鈴と共に教室は騒めきを増していく、遅刻しかけて走って教室に入る者、他の教室から帰ってくる者。話している者。密度が高くなるのと比例して教室に響く音も大きくなる。
「あれ、結衣、今日英語だっけ?」
大きい音に反応したのか、いつのまにか起きていた健太が寝ぼけなまこで肩越しに尋ねてくる。視線の先は私の机に置いてある英単語帳。
「今日は月曜日だからね~。英語だよ~。」
振り返って答える。冷静を装うために語尾が変になって内心だけで焦る。
この学校では朝一で単語テストをする。月曜日は英単語、火曜日は古文、水曜日は社会系と、毎日違う教科のテストをする。
成績に関わってくるので、それなりの取り組みを見せなくてはならない。
「マジか、ちょい問題だして」
健太が完全に頭を起こして、姿勢を正す。私は英単語帳を持って後ろを向く。
「混乱する」
「カンファレンス」
「それ会議とかじゃない?正解はコンフューズ」
「マジか、スペルは?」
「confuse」
平静を装いつつ、少しの親しみを言葉にこめる。距離を空けすぎず。詰めすぎず。伝えずに伝わるように話す。
間違えたり正解したり。私が問題を出して健太が答える。私が言外に出す問題にはまだ健太は気づかぬまま。
キーンコーンカーンコーン
本鈴がなって、担任がテストを持って教室に入ってくる。あちこちで私たちと同じ様に行われていた問題の出し合いがバタバタと終わる。健太は最後の問題「恥ずかしい」を答える最中だった。
「えっと…、エンバラス?embarrass?」
「ん、正解!」
後ろを向いていた体を前に向けながら言葉を投げる。笑顔も向けたかったが恥ずかしくて、中途半端な向きに笑顔を見せて、とっとと前を向いた。まだまだ勇気が足りない。
単語テストはミスなくできたと思う。「混乱する」でどうしてもカンファレンスが出てきて少し焦ったが、なんとか思い出した。
彼の言葉は私に響く、これ程までに。
午前中は座学が続く、高2にもなると真面目に授業を受けている人の方が少ない。寝ている人、早弁している人、提出物を仕上げている人、携帯をいじっている人。そんな中後ろの席からは軽快にノートをシャーペンが滑る音が続く。明らかに板書とは書いている量が違う音。
健太のノートを一回見たことがある。ノートには細かい文字がびっしりと埋め尽くされ、どこから書き始めていてどこで書き終えているのか、わからないくらい乱雑に単語やら文章やらが散らばっていた。さらにさまざまな色を使うので、一面お花畑のようになっていた。
そこには板書の内容だけでなく、先生の話した小話や口頭だけのちょっとした注意点も加えられており、授業をしっかり受けていることを匂わせていた。しかし、端っこにはサッカーのフォーメーションだったり、試合の感想だったり、はたまたゲームの攻略法だったりが書いてあって不真面目さもアピールしていた。
健太の成績もノートの状況を反映するようにクラス平均付近をフラフラ彷徨っていた。
昼食の時間には健太は教室にいない。
今日はサッカー部のミーティングだそうで、4限が終わると弁当を持って教室から颯爽と出て行った。
今日じゃなくても昼食はいつもクラス内のサッカー部の子と一緒に食べているから、私の後ろからいなくなることに変わりはない。
昼休みもそのままサッカー部の子とグラウンドでサッカーをしに行ってしまう。
グラウンドは教室の窓から見えるので、机椅子に座りつつ、眺める。学校中で昼休みのサッカーを窓越しに見ている女子は多く、黄色い歓声がなびく。
ゴールが決まると女子の高い声が1オクターブ高くなる。合唱団の様にそれはハモり、ゴールしたカッコいい子が手を振って答える。
今日も健太への声援はなかった。私も含めて。そのことに安堵し落胆する。
午後の授業が終わり、あっという間に放課後になる。
健太は部活バックを持ってそそくさと部室へ向かおうとする。
私はゆっくり部活バックに教科書を入れる。
「結衣、じゃあね、また明日!」
健太が笑顔で手を挙げる。私は中途半端に顔を上げて、中途半端な笑顔で「じゃあね」と応える。
健太は気にせず、教室を出る。私は今日もため息をつく。
私たち陸上部がトラックを走っている間、サッカー部はトラック内のグラウンドで紅白戦をしている。
サッカーをしている時の健太は笑顔が2倍増しになる。ほぼ常に笑顔で、ボールを奪ったりパスしたりしている。笑顔のくせにチャラチャラした雰囲気がないことが真剣に楽しんでいることを伝えている。
私には出来ないことで、それが羨ましくもある。
サッカー部はグラウンド整備で陸上部よりも終わるのが遅く、健太が誰かと談笑しながら整備しているのを横目に帰る。
まだまだ勇気が足りない。まだまだきっかけが足りない。まだまだ時間がある気がする。まだまだ大丈夫だと思う。
想いはまだまだ届けられない。
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