シンデレラ・ゲーム【R-18】

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 きっと上手く笑えていなかったのだと思う。兄弟二年ぶりの再会だというのに、このだだっ広いリビングにはお湯を注ぐ微かな音しか流れていない。

「カフェオレでいい?」
「うん」

 真っ白なマグカップが目の前に置かれる。秋宏は自分専用であろうマグカップでコーヒーを一口啜ると、航大の顔を覗き込んだ。

「もしかしてこないだの金のこと?」
「あ、えーっと。そんなとこ」

 秋宏はほっとしたように笑うと、いつもの調子で「そんな思いつめた顔すんなよ」と航大の足を軽く蹴った。

「金なら別にいいよ。俺は社会人だし。ありがたいことにお前一人くらい余裕で養えるくらいのお給料も頂いてるんで」

 秋宏はにやにやと笑いながら、ふところで金のサインを指でつくった。
 航大は口元を少しだけゆるめる。今の笑顔もぎこちないものだったに違いない。

「……他にもありそうだな」

 秋宏は航大の手元に視線を落とし、落ち着きのない指先を見て何かを察したようだった。

「言ってみ」
「……兄ちゃんってどんなゲーム作ってんの」

 航大の質問が予想外だったのか、秋宏は少し力が抜けたような表情を浮かべた。

「へぇ。お前が制作の方に興味持つとは」
「いや、ただ気になっただけ。やっぱ兄ちゃんレベルのクリエイターになると今までに無いゲーム開発してたりすんのかなって」

 言葉を選んだつもりだった。
核心をつかないように、上手く自分の流れに誘導できればと。
 しかし、次第に秋宏の表情は曇り始めていく。

「……なんだよそれ」


「お前も、俺のことからかってんのか」


「兄ちゃん……?」

 航大の言葉に秋宏はハッと我に返る。

「あ、いや何でもない。何でもないから」

 秋宏はまだ湯気が立ち昇るマグカップを勢いよく自分の口に傾けると「あっち!」と咳き込んだ。明らかに動揺しているような素振りに、疑惑の芽がむくむくと膨らんでいく。

「……あのさ。今度涼も連れてきていい?」
「涼? 久々だな」
「会いたがってんだよ。もはや信者だから」

 しかし胸の内はまだ明かさない。会話の軌道を自然に修正し、少しだけ語気を弾ませる。すると秋宏もいつもの調子で「今度飯でも食うか」と笑った。

「久々に身内と会うとやっぱ元気出るな」
「そう?」
「ここ最近は仕事の関係者しか会ってないからな」

 秋宏はそう呟くと、マグカップの中にため息を落とした。目の下のくまには蓄積された疲れが滲んでいる。

「やっぱ大変?」
「大変っていうか……んー、そうだな。とんとん拍子に上手くいく世界ではないな。最近それをすっげー痛感してる」

 弱音を吐く秋宏の姿に航大は驚いた。
昔から兄としての意識が強かった秋宏は、決して弟の航大の前で泣いたり弱音を吐いたりすることがなかったからだ。
 涼の言う通り事件に関与しているからこんなに弱気なのか?もしかして、罪の意識に苛まれているのか?
 実の兄にそんな思いを抱いてしまう自分に嫌気が差す。

 疑いたくない。
なのに、兄を疑ってしまいたくなる。

 いっそここで全てを話してしまおうか、なんて思ったりもしたが涼に「一人で危険な行動はするな」と念を押されている。
 航大は立ち上がるとボディバッグを肩に掛けた。

「もう帰んのか?」
「うん。兄ちゃんもいそがしいだろ。ごめんないきなり押しかけて」
「今度は手土産くらいあると嬉しいな」
「はは、今度涼と来る時に期待してて」
「おう」

 これ以上ここに居たら、兄を問い詰めてしまいそうだった。


『アイドルの誘拐事件、兄ちゃんが関わったりしてないよな?』
『新しいゲームを作ってるんだよな? それって生身の人間をどうにかできるあやしいゲームだったりするのか?』


「……そんなこと聞けるわけねえだろ」

「なんか言った?」と首を傾げる秋宏に、航大は「なんでもない」と呟く。

「いつでも来いよ。これでも兄ちゃん家族大好きなんだから」
「ははっ」

 秋宏のふざけた言葉に航大は背中を揺らして笑う。すると秋宏は安心したような顔で航大に微笑んだ。

「ここに来て初めてちゃんと笑ったな」
「……そう?」
「これでも兄ちゃん家族大好きだから分かんのよ」
「はいはい」

 弟を見つめる優しい眼差しに、小っ恥ずかしくなりながらつっけんどんに返事をする。



ーーー
 


「じゃ、また涼と来るわ」
「涼によろしくなー」
「うい」

 ばたんと扉が閉まったのを確認すると秋宏はふーっと深く息を落とした。自分一人で住むには広すぎる部屋に、自分の足音だけが響く。

『やっぱ兄ちゃんレベルのクリエイターになると今までに無いゲーム開発してたりすんのかなって』

 弟の発言に悪気など無かった。それなのに余裕のない自分が反応し、つい噛みついてしまった。
 秋宏はスマホで匿名掲示板を開き、尚もリアルタイムで更新され続ける文字の羅列に頭を抱えた。


『やっぱあいつのゲームクソつまらん』
『小野のゲームは二番煎じなんだよな』
『誰だよ天才クリエイターなんか言った奴』
『新しいゲームをつくるだって。あいつの時代はもうとっくにおわってんのに。』


「くそ……どいつもこいつも……」


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