異世界転生したけど神様のスマホを駆使して生きていきます

颯来千亜紀

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プロローグ.青年と神様

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  等間隔で並べられた枕木を古い車種の電車が叩いていく。その音は大きく、イヤホン越しにその騒音を鼓膜に響かせた。
  目線は動かない。じっと目の前の画面を、その中の美しい世界を注視し続ける。様々な点、線、色で描かれる二次元の世界を。決して自分を裏切ることの無い、近くて遠い、幻想の世界を。

「あ、ミスタースマホじゃん」

「やだ、月下くんほんとスマホ中毒だよね」

  周りの人間が好き勝手なことを言う。人という生き物は群れると途端に強気になる。言動の重みと罪の意識は反比例するのだから当たり前のことだ。
  イヤホンから流れる賑やかしいヒップホップは、幸いなことに悪口を遮ってくれる。

  ミスタースマホこと俺、月下つきした祐介ゆうすけは都内の高校に通う至って普通の高校生だ。いや、普通じゃないからこんな物騒なあだ名が付いているわけなんだが。
  俺の親は頑固者で、俺にスマホを持たせることを異様に渋った。典型的な昭和チック両親だったのだ。このご時世、さすがにスマホを持たない高校生なんて格好のイジメの的だという親戚の説得により何とか俺はスマホを手に入れることができた。
  インターネットどころかテレビすらまともに見せてもらえない俺が突然文明の利器を与えられたのだ。依存するのは当然の帰結と言える。

「このアプリもそろそろヤメ時か……」

  おかげでクラス内では、というより学年、いや学校内で完全に孤立無援。両親も完全に俺を見限り放任状態。心の拠り所といえばソシャゲかSNS鑑賞くらいだ。
  
  ーーーいやね、そりゃそうなりますよ。何の耐性も付けないままスマホの魔力に充てられちゃ、そりゃ中毒にもなりますって。

  孤独感を感じたことが無いといえば強がりになる。だが、画面をタップすればそこには俺を理解してくれる世界が、現実なんか遠く及ばない美しい世界が広がっている。

  飽きることなどない。この終わりのない世界をもっと旅したい。

  常日頃からそう思っていた。

「ーーーー!」

「ーーー!ーーー!?」

  何やら周りの声がうるさい。

  せっかく人が悦に浸ってるってのに……。悪口くらい俺に聞こえないように言えよな……。

  半ばキレ気味にスマホから目線を上げる。すると、そこには大型のトラックが迫っていた。

  時間がゆっくり流れている。確かに赤信号だ、すんごい顔してる運転手には悪いことをした。同級生たちもこれまた凄い顔をしている。浮いている奴でもさすがに目の前で人が死ぬのはキツイらしい。よく見ればこっちに前のめりになって手を伸ばしている奴もいる。知らんヤツだけど。

  ーーー良い奴もいるもんだな。あとこれ完全に死亡フラグだろ。

  ゆっくり流れる時間も、止まっている訳では無いようだ。やがてトラックが俺にぶつかる。



  痛みは無いらしい。そこは安心した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




  目が開くと同時に意識がはっきりしてきた。寝ていたところを急に起こされたみたいだ。

ーーー俺は、確か歩きスマホで事故って……。

  事故が起こるところまでは覚えている。だとしたら、俺は死んだのか。まあそれもそうかって感じなのだが。

「どこだここ……」

  死後の世界は俺の想像とは違うみたいだ。地獄の釜も天国の門も彼岸花が咲き乱れる黄泉の河もない。地面も空も、ここには何も無い。

  ーーー死んだヤツの魂がこんなところを彷徨うって言うんなら、本当に人間は救えない生き物だよなぁ。

  ボンヤリと考えた。元々俺は楽観主義者だし、これまでの生活に何か情熱的なものを感じたことも無かった。死ぬ事は確かに怖かったが、これといった後悔などはない。

「む、お目覚めかの」

「ーーッ!?」

  相も変わらず対人慣れしていない俺は突然の声に体を大きくビクつかせた。振り向いた先には白装束に身を包み、長い髭を垂らした穏やかそうな爺さんが立っていた。
  いや、地面を認識出来ていないから立っているように見えた、ってのが正しい表現だ。俺が無重力空間にいるようにふわふわしてるのに、爺さんは特に慌てる気配もなくそこに立っている。

「そんなに慌てなくて良い。いやはや、災難じゃったの」

「それは、あの事故のことを言ってんのか? ありゃ俺の自業自得だろ?」

  何だか安心する爺さんだった。まるで昔死んだ祖父と話しているみたいだ。

「うむ、記憶は安定しておるようじゃの。にしても自分が死んだというのに少しも取り乱さんとは……」

「ああ、やっぱ死んだんだな俺」

「ばっちり即死じゃったな」

  なにがバッチリだコノヤロウ。

「で、俺はどうなるんだ? 成仏でもするのか?」

「いんや、違う。お主には別の世界で転生してもらうことになる」

「え、マジで?」

  テンプレ展開キタコレ。いや死んで異世界転生とか本当にテンプレだけど、まさか自分で体験することになろうとは……。

「マジじゃ。まあ何から何まで説明するのも面倒じゃからな、お主のようにある程度の理解を持つ人間が選ばれることが多いんじゃよ」

「へえ、そういうもんか」

  ここにきてオタクだったことが役に立つとは……。死んでみるもんだなぁ。

「そこでじゃ。お主には向こうの世界でやってもらいたいことがある」

「なんだ? 魔王討伐とか言わないよな?」

  できることなら体を動かしたくない。特別な力とか才能とかは要らないから、穏やかに生きていきたい。

「安心せい、そんな大事にはならん。儂の手足として動いてもらうことじゃ」

「手足として動く?」

「うむ。ワシの管理している世界はお主のいた世界とお主が今から転生する世界の2つでな? どちらも目を掛けねばならんのじゃが、如何せんワシひとりでは手が足りなくてのう」

  なるほど、俺はその管理とやらを手伝えばいいのか。話の大筋は理解出来たが、1つ気になるのはこの爺さん何者だよって話だ。

「数年に1度、ワシからのお使いをこなしてくれればいい。時には大事に関わらねばならんこともあるじゃろうが、そこは神様パワーで何とかしてやるから安心しておれ」

  あ、やっぱり神様なんだな。まあ死んだはずの俺を転生やらなんやらって時点でそこもテンプレっぽいが。

「神様にこんな口の利き方して大丈夫なのか俺」

  よくテレビで胡散臭い予知やら災害の兆しやらって言って騒ぐ奴らがいたが、今思えばそういうことがある度にこの爺さんもとい神様が何とかしてくれてたんだな。そう考えると急にすげえ人に見えてくる。

「大丈夫じゃ。ワシとお主は……そうじゃな、気の合う友人とでも思ってくれればいい」

「神様と友達ね……」

  当然だがこのことはこれからは黙っておいた方が良さそうだな。これから行く世界に信仰とかそういうものがどれだけ浸透してるか分からないが、力を持ってる奴は利用されやすい。異世界あるある。

「不満かの?」

  あれこれ考え込む俺に、爺さんはニヤニヤ笑いながら問いかける。

「まさか。神様に友人なんて言って貰えて光栄だよ」

「ほっほ、そうかそうか」

  嬉しそうに笑う爺さんは、本当にどこにでもいそうな気さくな年寄りに見える。

「それではユウスケよ、お主にはワシの使いとして特別な力をやろう」

「特別な力?」

  ああ、やっぱりあるんだなそういうの……。
  確かに異世界とチートは切っても切れない関係だろうが、俺は目立ちたくないんだよなぁ。

「うむ。最強の魔法使いの素質とか、勇者としての店名とか、王の身分とか」

「全部いらん」

「えっ」

  あまりの即答にさすがの神様も困惑したようだ。

「俺はな、爺さん。面倒事に関わらずに静かに暮らしたいんだ。そりゃ任された仕事はきっちりやるが、それをできる力があれば過度なヤツはいらない」

「なんと無欲な……」

「無気力と言ってくれ」

  無欲なんて高尚なもんじゃない。本当に面倒なだけなんだ。俺はもう、悪目立ちからの袋叩きなんて生き方はしたくない。

「ふむ、しかしなんの祝福も無しに転生させるのは……」

「あ」

「ん?」

  あるじゃないか。

「あったわ、欲しいもの」

  俺が愛して止まなかったもの。

「スマホくれ」

「……」

  いやいや、そんな顔されても……。

  神様は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「それが原因で死んでおきながら、またそれを欲しがるか……そもそもあちらの世界には電波なぞ存在せんぞ」

「ぬあ、そういう問題があるのか……」

  確かに常時オフラインのスマホなんざクソの役にも立たない。

「ならば……限りなくそれに似た神様アイテムはどうじゃ?」

「神様アイテム?」

「まあ実物を見せた方が早いかの。これじゃ」

  そう言いながら神様がどこからともなく取り出したものは、どうみてもAp〇le社のスマートホンだった。

「いやこれiPh〇neやん」

「それに似せた神様アイテムじゃよ。画面を見てみぃ」

  言われるがままに画面を見る。そこにはいくつかのアイコンがあり、数こそ少ないが確かに機能していた。

「それにはあちらの世界の地図、様々な情報の入った言わばウィキ〇ディア、アイテムボックスとしての機能を持つアプリなど色んなお役立ちアプリが入ってるのじゃ」

「へえ、そりゃ便利だな」

  確かにその通りに機能している。形式がスマホに似てるおかげか、扱いも容易だった。

「中でも……そのカゴのアプリを触ってみぃ」

「カゴ……? これか」

  アプリを起動する。すると、そこには俺の見なれたような画面が写された。

「いやAm〇zonやんけ」

  どう見てもAm〇zonだ。月下祐介 さまにお届け とかの文章もまんまやんけ。

「違う! 違うぞユウスケよ。アプリの名前をよく見てみなさい」

  画面上部にある名前は『Yamazon』。

「いやパチモンじゃねえか」

  よくある偽物サイトにしか見えない。なんだ、この爺さんここにきて詐欺でもかますつもりか。

「いや、違くてな。ワシの名前が山田じゃからyamazonなんじゃよ」

「なんだその親しみやすい名前」

  あとパチモンであることには変わりない。うん。

「先も言った通り、お主には元いた場所とは違う世界に行ってもらうわけなんじゃがな。身一つで転生というのもあまりに大変じゃろうから、そのアプリを使って元いた世界の物を取り寄せるといい」

「え、そんなことできるのか」

「神様じゃからな」

  神様すげぇ……。ってことは、ラインナップが本家と同じだと考えれば、食べ物やら寝床やらもこれを使えば困らないってことじゃんか!

「すげぇチートアイテムだな」

「まあさすがにやりたい放題ではないがの」

「と言うと?」

「そのアプリで何かを取り寄せるにはポイントが必要でな。ゼロポイントでも取り寄せることは出来るんじゃが、あんまりマイナスを貯めすぎると……」

「貯めすぎると……?」

「地獄に落ちる」

「いやペナルティ重っ!」

  あとやっぱり地獄あるんかい!

「まあ大丈夫じゃ、人助けとかそういった善行を積んでいけば自然と貯まる」

  善行、か……。前の俺とは全く無縁のもんだなそりゃ。

「そんなもんかの、説明は」

「なるほど……まあだいたいは理解したよ」

「ほっほ、それは何よりじゃ。のう、ユウスケよ」

「ん?」

「ワシからの天命は定期的にあるが、まずは自分の幸せを第一に考えるのじゃぞ?」

  爺さんは穏やかにそう言った。その姿は、優しかったあの人に重なる。

「……うん」

「好きなように生きれば良い。ワシはずっと見守っておる」

  なぜ神様がこんなにも俺に肩入れしてくれるのかは分からない。使いとしての扱いだからとすればそれまでだけど、そんなんじゃない、もっと暖かいものをあの人からは感じ取れた。

「ありがとう。じゃあ、またな」

「うむ。達者でな」


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