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第1章・旅立ち
1.スライム
しおりを挟む「ん……?」
日差しが眩しい。まだ起きたがらない体を起こそうと、意識的に大きく息を吸い込む。地球とは比べられないほどの透き通った空気が体を満たす。
体を起こす。辺りを見渡す。
ーーー森と、草原か。
広がる青い空。豊かな森。穏やかな風が吹き抜ける草原。まるで絵の中みたいだ。
と、忘れないうちに神様の言っていたことを頭の中で復唱する。この世界で好きに生きること、時々神様の手伝いをすること。スマホっぽいやつを使って色々やれること。
そして、あの神様のこと。
「もう俺の事見てんのかな? あのお人好しは」
住むところが決まったら像でも作ってやろう。俺の、大事な友人だ。
スマホの中の地図アプリを起動する。
1番近い村は、ここから森を抜けて2時間ほどだ。まだ日は高いから歩いても間に合うとは思うが……。
ウィキを開いて村の名前を検索する。
ーーーーーーーーーーーーーーー
『エンハ村』
300年前に出来た人族の村。穏やかな住民が多く、小さいがギルドもある。農耕が主な収入源である。土地の魔力は枯渇しきっており、魔法を使えるものはいない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ふむ……」
穏やかな住民が多いって書いてあるし、普通に行けそうではあるな……。ただ、宿を取るにしてもこの世界の通貨も分からんしな。ここにきてggrks地獄に陥るとは……。
再びのウィキ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
『この世界の通貨について』
銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種である。日本円に換算すると銅貨→100円、銀貨→1000円、金貨→10000円、白金貨→100万円くらいである。
yamazonメニュー
銅貨1枚→100ポイント
銀貨1枚→1000ポイント
金貨1枚→10000ポイント
白金貨→
ーーーーーーーーーーーーーーー
「へえ、1ポイント1円換算か」
ポイントの貯まり方とかがまだ分からないから何とも言えないが、あの爺さんのことだ、どうせかなり優しい設定なんだろう。
今の所持ポイントは2000ポイント。換金するならば銀貨2枚分、普通の宿なら食事を付けても銀貨1枚で事足りるみたいだから、銀貨2枚と引き換えても問題は無い。
ーーーま、とりあえずは1枚だな。
問題は無くても、後悔はあるかもしれないだろう。まずは村への道をあるきながらyamazonの商品をじっくり見るべきだ。
日用品や護身道具など、いずれ手に入れるべきものは山ほどある。神様はポイントがマイナスになってもいずれ返済すれば大丈夫と言っていたが、やっぱりメンタル的に初っ端から借金は避けたい。
サバイバルナイフ、懐中電灯、ロープに保存食、水、服。1000ポイントを使って手に入れられるものはこんなところだった。スマホからポンッと出てきたそれらのアイテムは、これまたスマホのアイテムボックスアプリをタップすると綺麗に吸い込まれた。一覧の中から使いたいアイテムをタップすれば手元に出てくる、とんでもない便利アプリだ。
「そういや、なんで白金貨は交換できないんだろうな」
yamazonの交換メニューに唯一ない、白金貨。ただ価格が高いだけなら他と同じく交換は出来るはずだが。
まあ、そうはいっても100万なんて大金をコイン1枚に交換する度胸が俺にできるだろうかね……。
スマホを弄りながら歩く。典型的な歩きスマホだが、以前のように周りから疎まれることも無ければ事故に遭うこともない。なによりこの世界のことを知るのは楽しくてたまらない。
吹き抜ける風は心地よく、おまけで入っていたカメラアプリの気遣いが凄く嬉しい。
村までの道のりはあと半分といったところだろうか。森を抜けた辺りから何となく整備された道があるのでその上を歩く。
「おわっ!」
歩きスマホをしていると、何か柔らかい物を踏んずけて転んだ。慌てて起き上がりスマホからナイフを取り出しそちらを見ると、そこには。
「す、スライム……?」
半透明な水色の、ゼリーのような魔物。魔物の中では最弱で、村人でも討伐できる。
さっき見た内容ではそんな感じだし、見たところでも脅威は感じられない。とうのスライムも怯えているのか、小刻みに震えて逃げる機会を伺っているようだった。
ーーー別に殺す必要も無い、か。
伝わるかどうかは分からないが、ナイフを収めて『向こうへ行け』と手をひらひら振ってみる。それが伝わったのか、今なら逃げられると思ったのか、スライムはぴょこぴょこ跳ねながら逃げていった。
「何もせず逃がすなんてな……」
テンプレ通りのチート主人公なら、こういう場面でスライムを従魔にしたり魔法の実験体にしたりするんだろうな。最弱の魔物相手にとんでもないオーバーキルをして『俺めっちゃ強いやん』みたいなことをやるんだろう。
読んでいてつまらないとか、酷い主人公だとかは思わなかった。普通に楽しんでいた。ファンタジーってのはそういうものだから。
強い奴が自分より少し弱い奴を、若しくは自分より少し強い相手を多人数で、爽快感と共に打ち倒す。そんな現実では有り得ない英雄を映し出す。それがファンタジーだ。
けれど、俺が今いる世界はファンタジーじゃない。俺もあのスライムも、ちゃんと生きている。脇役だとしても、ただの雑魚キャラだとしても、ひとつの命がある。
それをぞんざいに扱うことは絶対にしちゃいけない。俺はそう思ってる。それが日本の流儀で、人間としての他の生き物に対する感謝で、矜恃だ。
ティロン!
「なんだ今の音?」
突然頭の中にゲームの効果音のような音が響いた。文字通り、頭の中にだ。
称号「弱きを挫かず」 を手に入れました。
500ポイント を手に入れました。
謎のアナウンスに、慌ててスマホを確認する。すると確かにポイントが増えていた。
ーーー称号?
何か一定の条件を満たすことで得られる名誉報酬であり、ステータスにも表示される。ウィキにはそう書いてあった。
「こんなことで称号が貰えるなんてな……」
ひょっとして『世界で初めてスライムを殺さなかった』とかなのか?
だとしたら不名誉な称号だな。こんなもん見られたくないが『スキャン』のスキル持ちには本人の許可無く見えちまうんだったか。
もしかしたらスライムの恩返しなんてのもあるかもしれないな。あのスライムがでっかくなったら体に金銀財宝を貯めて戻ってくる的な。
スライムと仲良くなれれば最高級の人をダメにするソファになってくれそうだ。もちろん従属魔法を使えば従魔として言うことを聞いてくれるだろうが、そこまでする気は無い。そうなってくれたら面白いな、程度の考えだ。
そのくらいが、ちょうどいい。
ほんの少しだけ重くなった足取りを、俺は村へと進めた。
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