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第1章・旅立ち
12.青年と黒狼
しおりを挟む窓から差し込む陽の光が暖かい。寝ぼけ眼を擦り、身を起こすとそこには一人の少女が。
「おはよう、ユウスケ」
「おはよう、ティナ」
「朝ごはん出来てるから、あの子も連れて早めに来てね」
「ああ、ありがとう」
ティナは昨日、話をした後に部屋を出ていったと思ったが起こしにでも来てくれたのだろうか。
寝間着替わりの軽装からいつもの服に着替える。これは昨日エリューシャさんに言われたことだが、冒険者なら武器のひとつくらいは身に付けておいた方がそれっぽく見えるからそうした方がいいらしい。俺としては武器も道具もアイテムボックスに収納出来るから必要は無いのだが、確かに行く先々で冒険者であることを疑われていちいちギルドカードを見せるのも面倒だ。今日は武器屋にでも行ってみよう。
今の所持ポイントは2700ポイント。所持金は金貨4枚に銀貨12枚、銅貨2枚。昨日のヒナミ草は思ったよりも金になった。これならそこそこの良物が買えるはず。
一先ず今はレイアスを呼びに行こうと、彼女の部屋の前まで行く。
「レイアス、起きてるか?」
声をかけて少しすると、ドアが開いた。そして俺は大きな衝撃を受けた。
「ん、おはよう主」
眠そうに応えるレイアスは一糸まとわぬ姿だったのだ。
「なななっ、何で裸なんだよお前!」
慌てながらも、とりあえずこの状況を見られるのはマズいと思い部屋の中に入りドアを閉める。
「何でと言われても……主の前で隠す必要も無いだろう?」
本心で言ってるのかまた寝惚けているのか分からないが、とりあえずこの状況は非常にマズい。さっきから見ないようにはしているがレイアスはかなりの美形でスタイルも良い。俺は昨日のこともあって若干ムラムラしてるし、たぶんレイアスは俺がそういうことを求めても拒まない。
「主? 大丈夫か?」
「とっ、とりあえず服着てくれ……」
必死で目を塞ぎながらレイアスに懇願する。間違っても間違えちゃいけない。意志薄弱を否定出来なくなる。
「分かった」
レイアスが着替えている間、必死になって早起きな息子を寝かしつける。後ろから聞こえる生々しい着替えの音に邪魔されながらも、なんとか落ち着かせる。
「着替えたぞ」
「おう。レイアス、これからは俺の前だからって裸になったりしないでくれよ?」
「分かった。人間の姿は制約が多いな」
やれやれといった様子でレイアスは首を振る。そりゃあオオカミ基準で考えれば窮屈かもしれない。
「気に入らないか?」
「いや、これも悪くはない。人としての生活も案外楽しいものだ。何より、主と同じ目線で隣を歩くのはとても気分が良い」
「そうか。なら良かった」
俺が人の事を入れるかは分からないが、本当に変わったヤツだ。エリューシャさんの様子を見た限りでは人に害を与える魔物みたいだったが、レイアスにはそんな様子は全く見られない。とても紳士的……まあ人間基準の常識が通じない部分もあるが、とても頼りになる相棒だ。
「とりあえず今日は武器屋とギルドだな。また良さそうな仕事があったら受けるつもりだけど、レイアスはどうする?」
「無論、私も行くさ。主ほどの力は無くても足代わりくらいにはなれる」
一頭で天災級なんて言われてるあたりレイアスも相当に強いはずだが、謙虚な奴だ。機会があったらそのうちレイアスの本気がどのくらいなのか見せてもらうのもいいかもしれない。従魔契約をしたことでステータスを見れるようにはなったが、理論と実践は別物だからな。
そういえば従魔契約の時、詠唱で黒狼の姫と呼ばれし者とか言ってたがアレはどういうことなんだろうな。
「なあレイアス」
「何だ?」
「従魔契約の時に言ってた『黒狼の姫』ってどういうことなんだ?」
「そのままの意味だ。私の種族名がブラッディウルフというのは主も知っているだろう」
「ああ」
昨日エリューシャさんが言っていた種族名だ。前世と意味が同じならブラッドってのは血とかそういう意味合いになるはず。
「私の父上はブラッディウルフの一族の長なのだ。だから私は姫と呼ばれていた」
過去形……?
「だったら何で旅なんか……?」
「既に私たちの一族は亡きものだからだ。父上も友達も皆が生まれた地に還り、僅かに生き残った者たちは世界を放浪している」
胸に痛みがズキンと走る。これは、従魔契約で繋がったレイアスの感情だろうか。
表情は穏やかだ。小さく笑みすら浮かべ「昔の話だよ」などと話す。だが、だったらこの痛みは何だ。なんでそんなに寂しそうな雰囲気を纏ってる。
俺はそのままレイアスを抱き寄せた。
「主……?」
辛いに決まっている。大切だった人達がいなくなり、1人で世界をさ迷うなんて。自分にしか目を向けてこなかった俺とは違う。手を差し伸べてくれた神様がいた俺とは違う。
ーーーこいつは、ずっと1人だったんだ。
それが何年、何十年のことだったかは分からない。けど、せめて俺がここにいる間くらいはこの痛みを癒して、もう感じないようにしてやりたい。
「よく頑張ったな。もう、お前は1人じゃないんだ」
少しばかり俺より高い頭を撫でる。愛情を持って、今までの辛さが少しでも紛れるように。
「あ、主……体が、おかしいんだ……」
レイアスの体は微かに震えている。
「こんなに嬉しいのに、力が入らない……。それに、目から水が出てきて止まらないんだ……」
「……はは」
ついつい俺まで涙が出てきた。
「それはな、涙っていうんだ。嬉しい時とか、悲しい時とかに自然と出てくるもんだ。我慢しなくていい」
「涙……これが……」
レイアスは手で拭うこともせず、俺の腕の中ではらはらと泣き続けた。まるで今まで溜めてきたものを全て吐き出すかのように。
「主、ありがとう」
レイアスは泣き腫らした顔で、それでも綺麗な笑みを浮かべながら言った。
「私にもう一度帰る場所をくれてありがとう。私の主になってくれてありがとう。ずっと、これからもずっとあなたに尽くさせてくれ」
はち切れんばかりの笑顔だった。胸をキュッと締め付け、愛情をとめどなく溢れさせる。
離したくない。離れたくない。
「こちらこそ、俺の相棒になってくれてありがとう。これから色んな場所を旅して、色んな景色を見よう」
この感情を何と言うのだろう。
「これからもずっと、一緒にいよう」
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