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第二部

99 転がり落ちる日常4

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「ああそうだ、あいつのことも救ってくれてありがとう」
「あいつ?」
「精霊の」
「あー、でもそれに関して私は特に何もしてないわよ」
「でもあんたと親しい鳥なんだろ? 随分懐いてたし。あいつが精霊同士は基本的に他の精霊の生き死にには無関心って言ってたから、誰かが働きかけをしたはずだ。きっとあんただろ」

 夢であの子を捕まえてとは言ったけど、それが助命に繋がったのは偶然と言うか、不死鳥の采配だと思うけども。それに元はと言えば私を助けるために消耗したって話を直接小精霊クンから聞いたし、マルスからこうも感謝感激されるのは少々忍びないってのが本音なのよね。余りこの話を長引かせたくない。

「えーうーん、まあそうなのかしらね。それはそうと、そろそろウィリアムの所に戻りましょ」
「……あんたって時々精霊よりも素っ気ないよな」
「あはは、そう?」

 マルスと握手を交わした辺りで、好奇心から立ち止まってこっちを見ていた人達が、興味を失くしたように動き出していた。
 店の表側は医者が駆け付けてきたりと騒がしくしていたから、近所の人達がチラホラ野次馬しに来ていたのよね。
 マルスも否やはないようで、私に倣って店近くの路地から引き返す。
 一度ウィリアムも交えてアーニーの行方を捜すための方針を決めておきたかった。
 だって巻き込んでおいて今更除け者には出来ないもの。
 駄目って言っても関わってくるに決まってるし。

 それに、私が彼に居てほしい。

 厨房に戻ると、ちょうど兵士の傍にしゃがみ込んでいたウィリアムが腰を上げた所だった。

 何やら真剣な面持ちで思案している。

「何かわかった?」

 声を掛ければ、既にこっちの気配を認知していたのかウィリアムは驚くでもなく顔を上げる。

「多少は。捜している子供は?」

 私は無言で首を左右に往復させた。

「中には居ないみたい。このご近所にも。これからもっと範囲を広げて捜しに行こうと思ってるわ。今ちょうどその相談をあなたともしようって思ってたのよ。で、何がわかったの?」
「そうだな……端的に言えば、彼は魔法で操られていた。その痕跡があった」
「えっ……」

 言葉が続かなかった。
 実際に剣を交えたマルスも大いに驚いているようで、「あの実力で自我がなかったってのか?」と息を呑んでいる。

「……魔法ってそんなことも出来るの?」

 控えめに恐々と問えば、ウィリアムは「出来る」とあっさり過ぎる程にあっさり肯定してくれちゃったわ。マジか……魔法こっわ。

 じゃあ、精神に干渉されて操り人形にされたの?

 ウィリアムがどうやってその痕跡を見つけたのかは、まあ彼の魔法能力によるんだろうから詮索はしないわ。
 だけど、誰かを操って他者を害させるなんて恐ろしい真似が魔法で出来ちゃうのがこの世界の現実なのだと知れば、嫌悪のような感情と共に背筋がぞわぞわした。
 強烈な催眠とか暗示とか洗脳の類に似ているのかも。
 だけど実際にそんな風になった人と関わった経験なんてなかったから、余計に歪に思えて胸糞が悪い。

「犯人は最低ね。そんな術を掛けてこの人大丈夫なの? それに、目を覚ましても操られたままだったりしない?」
「もう気絶した時点で魔法は切れているからその心配はいらないし、現在は深く眠っているようなものだから問題はない」
「そうなんだ」

 まだまだホッと出来ないけど、薄皮一枚くらいはホッとした。

「この人を手駒として使って今回の襲撃を指示した何者かがいるのよね」
「そうだな」

 正直、否定はないってわかってはいても、否定してほしかった。
 音もなく空気が凍り付いて行くような気分。

 魔法が使えてそんな性格悪い真似出来る人物なんて、アーネストくらいしか思い付かないわね。

 やっぱりあいつなの?
 でも彼がザックを傷付ける意味なんてなくない?
 私の居場所を知って狙ってくるなら、あいつなら回りくどい真似をせず直接私の所に来るはずよ。

 そう考えると、奴じゃないのかもしれない。

 ああでも思い返せば、この兵士は厨房じゃ私を掴んでどこかに連れて行こうとする素振りを見せていた。思い返せば日記の隠しメッセージの件だってあったわね。あわやなギロチンもあいつの要らない根回しだったみたいだし、全くふざけたサプライズが大好きな男だわ。

 やっぱり黒幕はアーネストで、目的は私なの?

 はあ、全く以てわからない事だらけよ。
 アーニーだって心配だわ。
 何にせよ、ザックを傷付けたのは許せない。
 誰であれ、この犯人だけはとっちめてやるんだから。

 怒りのままに罵倒を叫びたい衝動を我慢して、代わりに深呼吸して咳払いすると同情と憤りが複雑に絡み合ったような気持ちで警備兵を見下ろした。

「この人を近くの詰め所に連れて行くわ。気の毒だけど、操られていたにしろザックを傷付けた当人には違いないから、ひとまずは拘留なり何なりしてもらうしかないわよね」

 担いで行こうかしらって思って屈んで男性を抱き起そうとすれば、ウィリアムとマルス双方から止められた。

「どうして君はここに二人も男手があるのに、自分よりも大きくて重たい人間を一人で無理して運ぼうとするんだ。協力を仰ごうと言う気にはならないのか?」
「同感。あんたは気負い過ぎ。こういうのも僕の役目だ」
「え、ええと……」

 はい、小姑が二人出来ました……なんてのは冗談だけど、言われてみればそうよね。
 ウィリアムはぶっちゃけ部外者だし、マルスは弟分だって意識があったから私が頑張らないとって思っちゃった。よくよく考えなくても二人の方が断然腕力だってあるのにね

「どうもありがとう。じゃあ運ぶのはお願いします」

 私はアーニー捜索の方に精を出そうっと。
 警備兵は左右から肩を支えられ、ウィリアムの馬車に放り込まれて最寄りの王都警備隊の詰め所に連れて行かれた。
 馬車の定員はオーバーしていなかったけど詰め所が店から割と近かったのもあって、男性の身はウィリアムに任せて私はマルスと共に道中アーニーを捜しながら徒歩で馬車を追い掛けた。

 ウィリアムに遅ればせながら詰め所に到着すると、件の兵士は未だに意識が戻っていなかったけど、横たわる診察台の上で手錠をされていた。

 何故に診察台かってのは、一応は軍医の診察を受けたからよ。

 体に問題はなさそうだって。ウィリアムも心配無用って言ってたし、お墨付きが二つでこの兵士も後は安心して目を覚ますだけね。

 広い王都の幾つかの区域を掛け持ちしているベテラン軍医は、各詰め所に診察室が設けられているらしく、警備兵達の怪我も当然彼が診ている。

 先に着いていたウィリアムに合流する形で、私はマルス共々そこに通されていた。

 よく見る紺色じゃなく医療関係者は黒なのか、黒い制服に身を包んだベテラン軍医のおじさん……と言うよりもオジサマは、事が事なだけに近所の医院に運ばれているザックの件でも何か気掛かりがあればいつでも相談に来るようにと、優しいオジサマスマイルで言ってくれた。
 そんなオジスマ万歳な軍医ってばこれがまた、まんま柔和な内科医とか小児科医って雰囲気なのよね。
 一応科を跨いで全般は網羅しているけど、専門は外科なんだとか。
 診察室の薬棚には消毒液や麻酔やなんかの様々な薬瓶が並んでいた。加えて言えば、部屋の奥にはここには置けない薬品備品を保管する小さな倉庫があるようだった。
 ああ何だか保健室が懐かしい。

 兵士の男性が目を覚ましたら知らせてほしいとお願いして、ウィリアムとマルスと診察室を出ようとして、私は間抜けにも何か円筒のような物を踏ん付けて危うく転びそうになった。
 咄嗟に腕を伸ばしたウィリアムとマルスに左右から支えられて転びはしなかったけど、びっくりしたまま見下ろせば、足元には薬の小瓶が見えた。

「大事はないかい? 済まないね、さっきゴミ箱を倒した時に転がり出たままだったようだ」
「い、いえこちらこそすみません」

 軍医は申し訳なさそうに言って小瓶を拾い上げてゴミ箱に放ったけど、私は無意識に一瞬だけゴミ箱を見つめてしまった。
 黒っぽい何かの細い端が見えて、だけどそれはジャストミートで落とし込まれた小瓶と共にひらりと奥へと見えなくなった。

「リズ、平気?」

 マルスの問いにハッと我に返った。
 今自分が何をぼんやり思っていたのか、思考の尻尾を掴めなかった。

「あ……はは、二人のおかげさまで?」
「それは何よりだな」

 これはウィリアム。
 彼はあろう事か、揶揄からかうように口角を上げて口ぱくだけで「ドジっ娘」と付け足したから、こっちも微笑み返して足を踏ん付けてやったわよ。
 でもドジってその通りなのよね。私ってばさあ次は早くアーニーを捜さなきゃって思って、自分で思った以上に気が急いていたみたい。
 足元もろくに見ずに出ようとしていたんだもの。注意力散漫もいい所だわ。こんなんじゃアーニーも見落としちゃうかもしれない。
 少し落ち着けって自分に言い聞かせた。

 詰め所の兵士にはアーニーが見当たらないって話もしておいた。

 まだ大ごとにはしない方向で、見掛けたら保護してくれるよう頼んだ程度だったけど。
 その際詰め所勤務の兵士が「大変だったな」って気遣ってくれながら、通常巡回時に件の兵士と組んでいる兵士が今日は非番なのだとも教えてくれた。
 この事件はまだ公にはされていないから、明日出勤して知ったらショックだろうとも言っていた。
 私は脳裏にもう一人の若手警備兵の顔を思い浮かべた。
 それはそうよね。相棒がこんな風になって悲しまないわけがない。
 私がしてあげられるのは、黒幕を憎んであの兵士を憎まず……くらいかしら。
 ザックが快復したら、ザック自身の意見も聞いて情状酌量もしてあげたい。

 まあ、先の話はそんな所で、ホント早く始めるべきはアーニーの捜索よ。

 本当にどこに行っちゃったのかしら。

 詰め所前の路肩で待機していたウィリアムの馬車の傍に立って、私は送ってくれようとする彼へと首を振った。

「悪いんだけど、ウィリアムは先にお店に戻っててほしいの。ザックのことでも何か連絡があるかもしれないし、アーニーの顔を知ってる私とマルスでその辺をもう少し捜してみるから。それで、もしアーニーが……髪の毛がこのくらいの金髪の男の子が帰ってきたら、お世話してあげて」
「仕方がないな。俺はその子供の顔を知らないからな。効率を考えればそう分かれるのが妥当か」

 髪の長さは肩くらいってのをジェスチャーで示せば、ウィリアムは心得たというように小さく頷いてくれた。
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