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第二部
108 地下墓所のアブないおねーさん
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「ソーンダイク家に来たってことは、この家の人間に話を聞きに来たんだよな」
「いや」
「いやって、意味がわからない。なら何しに来たんだ? お茶でも飲みに来たのか?」
時間を無駄にしている暇はないとマルスが声に棘を滲ませれば、ウィリアムは辿り着いた玄関先で呼び出しのために玄関扉に設置された獣顔のドアノッカーを数回叩いた。
しかし、中から応答はない。
「ちっ、面倒な。メイドすらいないのか」
短気なのかこの状況のせいなのか、舌打ちしたウィリアムはもう扉を叩くこともせずに無断で扉を押し開けた。良く油の差されているらしい重厚な木の扉は軋みもせずに玄関ロビーへと空間を繋げる。
「え、開いて……?」
ウィリアムが魔法で鍵を開けたのかもしれないし、元から開いていたのかもしれないが、彼の背に隠れて手元が見えなかったマルスにはわからなかった。
ウィリアムは声も掛けずに中へと入って行く。
「あ、おい何勝手に入って……」
「入って駄目とはこの屋敷の誰にも言われていないだろう」
「いやいやいや普通に駄目だろ!」
咎めたものの、ウィリアムは足を止めないので仕方がなく不承不承とくっ付いて行くマルスは、玄関を入っても物音がせず廊下を奥へと進んでも、使用人の一人すら様子見にも出て来ないのを奇妙に感じた。
「これじゃあ泥棒が喜んで忍び込む。本当に誰も居ないのか……?」
貴族のタウンハウスなのに留守番の一人もいないのを訝しく思いつつ独り言ち、廊下の途中でウィリアムが立ち止まったので倣った。
ウィリアムは入った時点で何らかの魔法を行使していて、彼の周囲には魔力の淡い青い光が纏わり付いている。陽光の下ではわかりにくいが、窓から遠い屋内のやや薄暗い場所ではよくわかった。
「やはり誰もいないようだな。領地の方に戻っているのかそれとも出て行ったか」
「なら帰ろう。長居は無用だろ」
「いや」
「まだ何かあるのか? そもそも人がいないかもしれなかったのに、何しに来たんだよ?」
「念のため確かめに来たんだ。もしも復讐の舞台にするならソーンダイク家と関わりのある場所にするだろうからな。だがどうもここには来ていなかったようだ。無駄足だった」
「復讐? 何の話だよ? さっきからあんたの話には不明な点が多すぎる。アーニーが摩訶不思議にも本当にその例のアーネストって奴だったとして、だからどうだって言うんだ?」
事情を知らないマルスは声音に顕著な苛立ちを滲ませた。
屋敷内へと探索の魔法を行使していたウィリアムは、終了したそれを解いて近くの壁に背を預ける。その表情は緩んだ所などなく険しい。
「ああ、そうだな、まだ話していなかった。なら手短に話しておこう」
そうして、彼は言葉通り簡単にソーンダイクとマクスウェル、二家の因縁を語った。
「……貴族って本当に面倒だな。生まれは選べないけど、貴族じゃなくて良かった」
「その貴族を前にしてよくもぬけぬけと……」
「あんたを貶しているつもりはない。単に僕はそう思うってだけだ」
「真面目かと思いきや、割と自由だな」
正直な意見を漏らすマルスに、ウィリアムはふと苦笑を浮かべそうになり、気付かれていないうちに表情をいつものものにする。
「ああ、そう言えばさっきまであんた屋敷内でも魔法を使っていたみたいだけど、何の魔法を使っていたんだ?」
マルスの好奇心からの問い掛けに、ウィリアムはちょっと驚いたように目を瞠る。
「探索魔法だ。人の有無を調べたんだ」
「ああ、だから誰も居ないと断言を」
「そうだ。……だがよく気付いたな」
「魔力の放出が見えた」
「お前、微細な魔力の流れが見えているのか。どうやら目だけは良いらしい。まあ、あの小精霊が見えていたくらいだしな」
「目? 視力なら良い方だけど?」
「そういうのじゃない」
何を言われているのかピンと来ず内心で首を傾げるマルスは、まあいいかと気を取り直す。
「なら二人は、話に出てきた二つの家に関連するどこかに居るかもしれないんだな。で、ここは外れ、と」
「ああ」
「だったらこの建物のどこかにきっと所有する土地屋敷の情報があるよな。一先ずそのリストを家探しでもするか。見つけたら、現在使われてない場所の方が悪事は働きやすいだろうからそこから優先的に行くだろ?」
「ああ……まあ……」
無断侵入には抵抗を見せた割に、まさに泥棒の真似事をするのには躊躇がなく、端正な顔に似合わず粗野な部分があると自分を棚に上げたウィリアムは呆れたが、ふとマルスの言葉に考え込んだ。
「現在使われていない場所……」
ソーンダイク家だけで考えるなら、名実ともの大貴族が広大な領地に当然持っている大邸宅がある。
カントリーハウスと呼ばれるものだ。
現在のそれは場所を移して新築されたものらしいが、元々の邸宅はどうなったのかウィリアムは知らなかった。
そこは亡くなった夫人が暮らしていた屋敷でもある。
解体されず、そのまま残っているとすれば……。
「マルス、急いでソーンダイク家の旧本邸のあった住所を調べるぞ」
「旧……?」
「ああ。ここの当代は一度居を移している」
「そうなのか。了解した」
そうして、使用人の居ない屋敷を文字通り家探しした二人は、この屋敷がまさにただ賓客への体裁を整えるためだけに家具や美術品などが置かれていて、住人の生活感が全くないのだと気付いた。
当主のアーネストには掃除を初め、家事全般を魔法で成してしまえる実力があるので人手が要らないからと言えばそれまでだが、どこか主人の心の歪みが染みついたような孤独屋敷は、終始二人に居心地の悪さを感じさせてもいた。
主不在の地下の魔法実験部屋のような部屋も見つけたが、魔法使いでもないマルスには道具も理論も何が何なのかちんぷんかんぷんだった。
ウィリアムは然したる興味もなさそうにその部屋を後にしたが、マルスは何気なく漁っていた机の上のメモ書きを目にして、見慣れない言葉の並びに少しだけ興味をそそられた。
この世界の文字でミナミカワミコト、ホシミヤアオイ、チキュウとあった。
「意味がわからない。魔法の呪文か何かか……?」
それらのすぐ上にはまるでルビを振るように「南川美琴」「星宮葵」「地球」という、マルスから見れば未知の文字か、或いは模様にしか思えないものもあったし、それらの集団の下にももう一つ「スオウアキ」という綴りと「蘇芳秋」という模様があったが、魔法の呪文や研究資料ならどうせ捜索とは関係ないだろうと戻した。
その後ウィリアムが旧本邸の住所を見つけ、二人はウィリアムの魔法で現地へと飛んだ。
目を開けて呼吸を引き攣らせた一瞬の後に、私は泣く子よりも大きな悲鳴を上げた。
「ひいいーーーーッッ! 何ここ何ここおおおおおーーーーッッ!?」
有名な小説には「トンネルを抜けると雪国」なんて美しい描写があるけど、私の場合、魔法光の眩しさを抜けたら何とそこは薄暗いカタコンペだった。
カタコンペだった……!
もう何て言うか、明暗の変化が名作とは真逆よね。
まあ地下墓所ってのは窓がないからそう思ったんだけど、たぶん地下なのは外れてはないと思う。墓所の部分は目を開けた瞬間に正解だってわかったわ。
だって目と鼻の先にリアル頭蓋骨たちが見えるんですものー……。
どう見ても完成前の人体模型には見えないし、ここが髑髏のレプリカ製作工房だともどう積極的にこじつけようとしても無理だ。
パリなんかにあるようなのと同じく黄色く古びた数多の骸骨が積み上げられた、もろに死ってものを剥き出しにされた壁とか、もうやだ……。
幸い全面じゃなくそれは壁の一部だけだったけど人間の怖気を誘うのには十分に過ぎるでしょ。
しかもミイラとか吸血鬼が入ってそうな棺もちらほらとあるし、もうマジでやだ。何ここ怖いわよ!
おしっこチビらなくてホント全く良かったって思う。
それもこれも一人じゃないからよ……ってああああ忘れてたアーニー!
ハッと思い出して目を落とせば、一緒に転送されてきた幼い少年アーニーは、すっかり薬が効いているのか私のわんわんと響いた五月蠅い悲鳴にも無反応だったし、揺さぶっても起きなかった。
でも呼吸は苦しそうでもなく普通にしているから少し安心した。
「全く冗談抜きにどこよここ?」
私たち以外に動く物はなく、いや動いたらマジでチビるけどねっ、薄ら寒い思いで辺りを見回す。
点在する蝋燭の光のおかげで視界が利くけど、そのせいで陰影がより顕著で陰鬱さに拍車がかかって、まんまお化け屋敷だった。まあでも正直真っ暗じゃなくて良かった。
手探りして髑髏とこんにちはなんてしていたら、心臓発作で髑髏の仲間入りしてたかもしれないしね。
「何故か軍医は一緒に来なかったし、今のうちに出口を探して逃げ出すことが先決よね」
そういうわけで調べてみようと決意した私だったけど、ふと思い立って不死鳥の召喚を試みた。
不死鳥がいれば心強いし、精霊の魔法だって当てにできる。
だけど、予想に反して、念じても声に出して呼び掛けても、不死鳥が現れる様子はなかった。
もちろん借り暮らしの風の小精霊も。
「一体どうしてかしら。まさか地下空間だから? それとも顔に似合わず鳥さんはホラーが苦手とか?」
だけど仕方がない、出て来ないんじゃ私一人で何とかしないと。
一人で動いてアーニーから目を離すのは嫌だったし、最善策としておんぶした。
抱っこでもよかったけど歩き回るにはやっぱりおんぶの方が楽だもの。
そうして壁伝いに周囲をぐるりと探してみたら扉が一つあったけど、喜んだのも束の間で、施錠されているのか押しても引いてもビクともしなかった。
一つ溜息をついてアーニーを抱え直した所で、彼はようやく身じろぎと共に目を覚ましたようだった。
「うー……ぬくぬくです……」
背中から響いた平和そうな声に安堵した。
それにしても第一声が「ぬくぬくです」って……可愛いわね。思わずくすりとしてしまってからまだ半覚醒のアーニーに声を掛けてやる。
「良かった、起きたわね。気分はどう?」
「あったかいですー……って、え……? リズ、お姉さん……?」
「そうよ」
暫し間があった。
たぶん彼なりに自分の頭をしっかりさせて状況を把握しようと頑張った時間なんだと思う。
「あの、ええと、あの、わたしはどうしておんぶされているんですか? ザックおじさんと確かお店にいたはずで……警備隊の人たちが来て、それでハンカチか何かで口を覆われて…………あれ?」
ああきっとそこで薬を嗅がされたんだわ。
もしかしたらその後にも追加されて今まで意識を失っていたのかもしれない。
「そこからは何も覚えてないのね?」
「あ、はい。ところで、ここはどこでしょう?」
遠慮と不思議さ半々にそうに呟いて、視線を巡らせる気配がした。
直後に少し息を呑む音も。
「あ、あの、骸骨が沢山……! ま、まさかここは地獄なんですか? わたしたちは実はもう死んで……!?」
どこかあたふたとした声にちょっと苦笑しちゃったわ。
「大丈夫、まだ死んでないわよ。ここはどこかの地下墓所、お墓よ」
「お墓……。どうして……」
「それは、私にもまだよくわからないけど、今言えることは、さっさとここを脱出しないといけないってことね。だからちょっと下りてもらってもいい?」
「あ、はい。……おんぶ、本当の本当にありがとうございました」
下ろして向き直ったら、アーニーってばちょっと恥ずかしそうにしながらわざわざ畏まってお礼を言ってきた。
「あはは、おんぶくらいお安い御用よ。してほしい時はいつでもしてあげるわよ?」
「えっ!? い、いいんですか?」
「遠慮しないで」
上げた顔の目を真ん丸くしてすっごく驚かれた。
んもう、この子ってば、頬を紅潮させて嬉しそうな顔がまた可愛いわね!
俄然おんぶしてあげる気になるじゃないの。そんなじゃおねーさん張り切っちゃって、高い高いだって三階くらいまで放り上げちゃうわよ~。
「リズお姉さん?」
「はっ、ううん何でもないわ」
アブないおねーさんになり掛けたから咳払いして常識人たる自分を取り戻した。
「いや」
「いやって、意味がわからない。なら何しに来たんだ? お茶でも飲みに来たのか?」
時間を無駄にしている暇はないとマルスが声に棘を滲ませれば、ウィリアムは辿り着いた玄関先で呼び出しのために玄関扉に設置された獣顔のドアノッカーを数回叩いた。
しかし、中から応答はない。
「ちっ、面倒な。メイドすらいないのか」
短気なのかこの状況のせいなのか、舌打ちしたウィリアムはもう扉を叩くこともせずに無断で扉を押し開けた。良く油の差されているらしい重厚な木の扉は軋みもせずに玄関ロビーへと空間を繋げる。
「え、開いて……?」
ウィリアムが魔法で鍵を開けたのかもしれないし、元から開いていたのかもしれないが、彼の背に隠れて手元が見えなかったマルスにはわからなかった。
ウィリアムは声も掛けずに中へと入って行く。
「あ、おい何勝手に入って……」
「入って駄目とはこの屋敷の誰にも言われていないだろう」
「いやいやいや普通に駄目だろ!」
咎めたものの、ウィリアムは足を止めないので仕方がなく不承不承とくっ付いて行くマルスは、玄関を入っても物音がせず廊下を奥へと進んでも、使用人の一人すら様子見にも出て来ないのを奇妙に感じた。
「これじゃあ泥棒が喜んで忍び込む。本当に誰も居ないのか……?」
貴族のタウンハウスなのに留守番の一人もいないのを訝しく思いつつ独り言ち、廊下の途中でウィリアムが立ち止まったので倣った。
ウィリアムは入った時点で何らかの魔法を行使していて、彼の周囲には魔力の淡い青い光が纏わり付いている。陽光の下ではわかりにくいが、窓から遠い屋内のやや薄暗い場所ではよくわかった。
「やはり誰もいないようだな。領地の方に戻っているのかそれとも出て行ったか」
「なら帰ろう。長居は無用だろ」
「いや」
「まだ何かあるのか? そもそも人がいないかもしれなかったのに、何しに来たんだよ?」
「念のため確かめに来たんだ。もしも復讐の舞台にするならソーンダイク家と関わりのある場所にするだろうからな。だがどうもここには来ていなかったようだ。無駄足だった」
「復讐? 何の話だよ? さっきからあんたの話には不明な点が多すぎる。アーニーが摩訶不思議にも本当にその例のアーネストって奴だったとして、だからどうだって言うんだ?」
事情を知らないマルスは声音に顕著な苛立ちを滲ませた。
屋敷内へと探索の魔法を行使していたウィリアムは、終了したそれを解いて近くの壁に背を預ける。その表情は緩んだ所などなく険しい。
「ああ、そうだな、まだ話していなかった。なら手短に話しておこう」
そうして、彼は言葉通り簡単にソーンダイクとマクスウェル、二家の因縁を語った。
「……貴族って本当に面倒だな。生まれは選べないけど、貴族じゃなくて良かった」
「その貴族を前にしてよくもぬけぬけと……」
「あんたを貶しているつもりはない。単に僕はそう思うってだけだ」
「真面目かと思いきや、割と自由だな」
正直な意見を漏らすマルスに、ウィリアムはふと苦笑を浮かべそうになり、気付かれていないうちに表情をいつものものにする。
「ああ、そう言えばさっきまであんた屋敷内でも魔法を使っていたみたいだけど、何の魔法を使っていたんだ?」
マルスの好奇心からの問い掛けに、ウィリアムはちょっと驚いたように目を瞠る。
「探索魔法だ。人の有無を調べたんだ」
「ああ、だから誰も居ないと断言を」
「そうだ。……だがよく気付いたな」
「魔力の放出が見えた」
「お前、微細な魔力の流れが見えているのか。どうやら目だけは良いらしい。まあ、あの小精霊が見えていたくらいだしな」
「目? 視力なら良い方だけど?」
「そういうのじゃない」
何を言われているのかピンと来ず内心で首を傾げるマルスは、まあいいかと気を取り直す。
「なら二人は、話に出てきた二つの家に関連するどこかに居るかもしれないんだな。で、ここは外れ、と」
「ああ」
「だったらこの建物のどこかにきっと所有する土地屋敷の情報があるよな。一先ずそのリストを家探しでもするか。見つけたら、現在使われてない場所の方が悪事は働きやすいだろうからそこから優先的に行くだろ?」
「ああ……まあ……」
無断侵入には抵抗を見せた割に、まさに泥棒の真似事をするのには躊躇がなく、端正な顔に似合わず粗野な部分があると自分を棚に上げたウィリアムは呆れたが、ふとマルスの言葉に考え込んだ。
「現在使われていない場所……」
ソーンダイク家だけで考えるなら、名実ともの大貴族が広大な領地に当然持っている大邸宅がある。
カントリーハウスと呼ばれるものだ。
現在のそれは場所を移して新築されたものらしいが、元々の邸宅はどうなったのかウィリアムは知らなかった。
そこは亡くなった夫人が暮らしていた屋敷でもある。
解体されず、そのまま残っているとすれば……。
「マルス、急いでソーンダイク家の旧本邸のあった住所を調べるぞ」
「旧……?」
「ああ。ここの当代は一度居を移している」
「そうなのか。了解した」
そうして、使用人の居ない屋敷を文字通り家探しした二人は、この屋敷がまさにただ賓客への体裁を整えるためだけに家具や美術品などが置かれていて、住人の生活感が全くないのだと気付いた。
当主のアーネストには掃除を初め、家事全般を魔法で成してしまえる実力があるので人手が要らないからと言えばそれまでだが、どこか主人の心の歪みが染みついたような孤独屋敷は、終始二人に居心地の悪さを感じさせてもいた。
主不在の地下の魔法実験部屋のような部屋も見つけたが、魔法使いでもないマルスには道具も理論も何が何なのかちんぷんかんぷんだった。
ウィリアムは然したる興味もなさそうにその部屋を後にしたが、マルスは何気なく漁っていた机の上のメモ書きを目にして、見慣れない言葉の並びに少しだけ興味をそそられた。
この世界の文字でミナミカワミコト、ホシミヤアオイ、チキュウとあった。
「意味がわからない。魔法の呪文か何かか……?」
それらのすぐ上にはまるでルビを振るように「南川美琴」「星宮葵」「地球」という、マルスから見れば未知の文字か、或いは模様にしか思えないものもあったし、それらの集団の下にももう一つ「スオウアキ」という綴りと「蘇芳秋」という模様があったが、魔法の呪文や研究資料ならどうせ捜索とは関係ないだろうと戻した。
その後ウィリアムが旧本邸の住所を見つけ、二人はウィリアムの魔法で現地へと飛んだ。
目を開けて呼吸を引き攣らせた一瞬の後に、私は泣く子よりも大きな悲鳴を上げた。
「ひいいーーーーッッ! 何ここ何ここおおおおおーーーーッッ!?」
有名な小説には「トンネルを抜けると雪国」なんて美しい描写があるけど、私の場合、魔法光の眩しさを抜けたら何とそこは薄暗いカタコンペだった。
カタコンペだった……!
もう何て言うか、明暗の変化が名作とは真逆よね。
まあ地下墓所ってのは窓がないからそう思ったんだけど、たぶん地下なのは外れてはないと思う。墓所の部分は目を開けた瞬間に正解だってわかったわ。
だって目と鼻の先にリアル頭蓋骨たちが見えるんですものー……。
どう見ても完成前の人体模型には見えないし、ここが髑髏のレプリカ製作工房だともどう積極的にこじつけようとしても無理だ。
パリなんかにあるようなのと同じく黄色く古びた数多の骸骨が積み上げられた、もろに死ってものを剥き出しにされた壁とか、もうやだ……。
幸い全面じゃなくそれは壁の一部だけだったけど人間の怖気を誘うのには十分に過ぎるでしょ。
しかもミイラとか吸血鬼が入ってそうな棺もちらほらとあるし、もうマジでやだ。何ここ怖いわよ!
おしっこチビらなくてホント全く良かったって思う。
それもこれも一人じゃないからよ……ってああああ忘れてたアーニー!
ハッと思い出して目を落とせば、一緒に転送されてきた幼い少年アーニーは、すっかり薬が効いているのか私のわんわんと響いた五月蠅い悲鳴にも無反応だったし、揺さぶっても起きなかった。
でも呼吸は苦しそうでもなく普通にしているから少し安心した。
「全く冗談抜きにどこよここ?」
私たち以外に動く物はなく、いや動いたらマジでチビるけどねっ、薄ら寒い思いで辺りを見回す。
点在する蝋燭の光のおかげで視界が利くけど、そのせいで陰影がより顕著で陰鬱さに拍車がかかって、まんまお化け屋敷だった。まあでも正直真っ暗じゃなくて良かった。
手探りして髑髏とこんにちはなんてしていたら、心臓発作で髑髏の仲間入りしてたかもしれないしね。
「何故か軍医は一緒に来なかったし、今のうちに出口を探して逃げ出すことが先決よね」
そういうわけで調べてみようと決意した私だったけど、ふと思い立って不死鳥の召喚を試みた。
不死鳥がいれば心強いし、精霊の魔法だって当てにできる。
だけど、予想に反して、念じても声に出して呼び掛けても、不死鳥が現れる様子はなかった。
もちろん借り暮らしの風の小精霊も。
「一体どうしてかしら。まさか地下空間だから? それとも顔に似合わず鳥さんはホラーが苦手とか?」
だけど仕方がない、出て来ないんじゃ私一人で何とかしないと。
一人で動いてアーニーから目を離すのは嫌だったし、最善策としておんぶした。
抱っこでもよかったけど歩き回るにはやっぱりおんぶの方が楽だもの。
そうして壁伝いに周囲をぐるりと探してみたら扉が一つあったけど、喜んだのも束の間で、施錠されているのか押しても引いてもビクともしなかった。
一つ溜息をついてアーニーを抱え直した所で、彼はようやく身じろぎと共に目を覚ましたようだった。
「うー……ぬくぬくです……」
背中から響いた平和そうな声に安堵した。
それにしても第一声が「ぬくぬくです」って……可愛いわね。思わずくすりとしてしまってからまだ半覚醒のアーニーに声を掛けてやる。
「良かった、起きたわね。気分はどう?」
「あったかいですー……って、え……? リズ、お姉さん……?」
「そうよ」
暫し間があった。
たぶん彼なりに自分の頭をしっかりさせて状況を把握しようと頑張った時間なんだと思う。
「あの、ええと、あの、わたしはどうしておんぶされているんですか? ザックおじさんと確かお店にいたはずで……警備隊の人たちが来て、それでハンカチか何かで口を覆われて…………あれ?」
ああきっとそこで薬を嗅がされたんだわ。
もしかしたらその後にも追加されて今まで意識を失っていたのかもしれない。
「そこからは何も覚えてないのね?」
「あ、はい。ところで、ここはどこでしょう?」
遠慮と不思議さ半々にそうに呟いて、視線を巡らせる気配がした。
直後に少し息を呑む音も。
「あ、あの、骸骨が沢山……! ま、まさかここは地獄なんですか? わたしたちは実はもう死んで……!?」
どこかあたふたとした声にちょっと苦笑しちゃったわ。
「大丈夫、まだ死んでないわよ。ここはどこかの地下墓所、お墓よ」
「お墓……。どうして……」
「それは、私にもまだよくわからないけど、今言えることは、さっさとここを脱出しないといけないってことね。だからちょっと下りてもらってもいい?」
「あ、はい。……おんぶ、本当の本当にありがとうございました」
下ろして向き直ったら、アーニーってばちょっと恥ずかしそうにしながらわざわざ畏まってお礼を言ってきた。
「あはは、おんぶくらいお安い御用よ。してほしい時はいつでもしてあげるわよ?」
「えっ!? い、いいんですか?」
「遠慮しないで」
上げた顔の目を真ん丸くしてすっごく驚かれた。
んもう、この子ってば、頬を紅潮させて嬉しそうな顔がまた可愛いわね!
俄然おんぶしてあげる気になるじゃないの。そんなじゃおねーさん張り切っちゃって、高い高いだって三階くらいまで放り上げちゃうわよ~。
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