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11 小町からの頼み事

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(最低最低最低サイテー!)

 未だに顔の熱が引かないも、見るからに不機嫌な様子で一人映画館を後にするすずかは、本気で腹を立ててケントと別行動を取っていた。

 ただ、別行動自体は事前に計画していたものだ。

 一緒に映画に行くと教えたら「浮気目撃の絶好のチャンスよ!」とアルトから言われて、確かに二人で出掛ける今日みたいな日が適していると賛同し、アルトと待ち合わせる事にしたのだ。きっとそこに演技相手も来るはずだ。
 本当なら後でケントをその場所に来させるように仕向けるつもりだったが、今のすずかにそれは到底無理だ。気持ちが全然落ち着かない。
 アルトと演技相手には直接会って今日の計画の中止を謝らなければならないだろう。

(ケン兄の意地悪いじわるイジワル! 性格最悪!)

 映画が途中だったおかげで予定よりもだいぶ早い時間に待ち合わせの喫茶店に着いたすずかは、カウンターでミントのケーキとウーロン茶を購入して窓際の席に陣取った。
 ミントケーキの爽快さに少し気分も落ち着くと、時間までウェブ漫画でも読んで暇を潰そうと思い付きスマホを操作し始める。
 連載の続きを読もうか新たな作品を読もうかで少し迷って画面を上下にスクロールしていると、楽しそうに談笑しながら男女数人が通路を通り過ぎて近くの席に座った。
 何気なく視線を向けると、男二人に女一人のようで、しかもその三人の中の一人と目が合った。

(あっ、小町くんだ)

 向こうもすずかに気付いていたようで、軽く手を上げた。
 さすがにそのまま無視するのもあれだったので、少し小さく笑みを浮かべて軽く手を振り返してやる。

(後は気にしない気にしない。さてと、やっぱり連載の続きを読もうっと)

 ちょっと身を屈めウーロン茶をストローで一口飲んでからスマホの画面に目を落とした所で、

「三好」

 小町から声を掛けられた。
 まさか接触してくるとは思いもよらず、すずかは目を丸くして傍に立つ小町を見上げる。

「ええと、どうしたの?」
「一人か?」
「へ? あ、うん今はね。後で友達が来るよ」
「じゃあそれまでこっち来ないか? ……実はちょっと居づらくて」

(居づらい……?)

 最後の方だけ声を潜めた小町の向こうをチラと窺えば、彼と共に入店した一組のカップルが財布を手に今まさに席を立ち、店内前方のカウンターへと注文しにいくようだった。

「坂ノ上の知り合い? ああもしかしてお前、店の中見てここ入ろうって即決したのって……」
「ん? 単に美味しそうなポスターが見えたからだけど? まあ三好が居たのも見えたけどな。ここ駄目チョイスだったか?」

 小町は怪訝にしつつも淡々としていて、彼の友人の方が何故だかたじろいだ。

「え、あ、いや全然大丈夫。それに正直なのはいいが店員に聞こえるから駄目チョイスとか言うなって」
「あー、だよな悪い」
「それじゃあ先に買ってるぞ?」
「おう」

(この人って前にフードコートで小町くんと一緒にいた友達だよね)

 すずかは男性の方の顔に見覚えがあったが、向こうの方は覚えていないようだった。
 カップルが通り過ぎると、小町は念のためかややも小声で話を続けた。

「でさ、あいつら付き合ってるんだけど、今日は何か俺も一緒に遊ぼうって話になって、でもやっぱ俺一人だと向こうも気を遣うと思うんだよな」

 ちょうどすずかが居て良かったとでも言うような口調で小町は続ける。
 まさか向こうから話し掛けてきて、しかも長々と会話をする羽目になろうとは思ってもみなかったすずかは、意外な展開にちょっと頭が追い付いていなかったので大人しく話を聞く事にする。

「だからその、三好の友達が来るまででいいから、俺に付き合って欲しいんだけど、駄目か?」

 輪を掛けての想定外な状況に、すずかはしばし呆気とした。
 それでも何とか反応を返す。

「あ、あ~……なるほどね。それは確かに多少気が引けるよね。でも全然二人の知り合いでもない私が一緒にいたら、もっと気を遣うんじゃないの?」
「そこは大丈夫だと思う。男女で二ぃ二ぃになった方がバランスいいし、かえってあいつらも気楽じゃないか」
「うーんそれも一理あるね」

(だけど、小町くんは平気なの……?)

 心の中だけの問い掛けに当然彼が答えるはずもない。
 中三で疎遠になった男友達の一人の小町とは、今までこれと言った接点がなかっただけに、突然の申し出にはかなり戸惑っていた。
 しかし小町の方はすずかが感じるような屈託を感じていないのか、或いは表面上見せないだけかもしれないが、助力を求めてとは言え話しかけてきてくれた。自分の友人たちにすずかを紹介しても良いと思ってくれているようなので、悪感情を持たれているわけではないのかもしれない。

(うーん、これを機に以前みたいな友達に戻れるなら、それはそれで嬉しいかも)

 微力ながらも彼の助けになるのなら、すずかの結論は一つだ。

「うん、事情はわかった。いいよ」

 小町はほっとした様子で相好を崩す。

「サンキュな。助かる」

 小さい頃は知らない相手に少し気後れしていた節はあったものの、今のすずかは特に人見知りもなく、初対面の相手に変に臆する事はない。
 そんなわけで席を移動した。
 小町が事後承諾ではあったが連れの二人にも確認を取れば、二人は快諾してくれた。
 友誼ゆうぎというらしい小町の友人とその彼女の里見さとみの四人で、互いの学校の話などをして過ごした。
 そろそろアルトが来る時間が近付いた頃、向かいの席では二人の世界に入ったカップルが堂々とイチャ付いている前で、こっちはこっちで会話をとでも思ったのか、小町がどこか惑うような面持ちで横目にすずかを見てきた。

「な、なあ三好、お前さ」
「ん? ああ二人のアオハルな様子なら気にしないよ。付き合い立てなんでしょ。今が一番親交を深めるいい時期だろうし思う存分やれって感じだよね」
「い、いやそっちはどーでもいー」

 どうやら全く別の話題を呈しようとしていたらしい。
 先を促すように待っていると、小町はやはり何か思い切りの悪そうな様子でいる。

「小町くん? 言いにくい事?」
「えっ、あー、そのー……三好ってもうあいつとの交流はないんだろ?」
「あいつって?」
「花柳ケント」

 思わぬ名前が出て来てすずかはビックリした。

(え、何でここでケン兄……?)

 でもまさか結婚しましたなんて言えない。

 どうせ離婚する身なのだから要らない事を知られるのは後々面倒でもあった。

「急にどうして彼のことを……?」
「いや、ないなら別にいいんだけど」

 そう言った小町の横顔は別にいいと思っているようには見えない。
 何か引っ掛かる事があるのかちょっと憤っているようにも見えた。

「あのええと、交流がない……わけじゃあないかな」
「そうなのか? だったら何であいつは……!」
「え?」
「あっいや、その、三好はうちの学校に戻れないってこの前言ってただろ、あんまここでするような話じゃないけど、金の問題なのかなって思ってさ」

 確かにここでするような話ではなかった。
 けれど小町は揶揄するとか貶すとかそういう思惑があるわけではないのだろう。
 かつての仲の良かった時期も、小町はそういう人の嫌がる露骨な事を口にする人間ではなかった。
 ならばどうして距離を置かれたのかという疑問は湧くが、訊ねた所で今更だ。

(たぶんきっとこれは純粋に私の家の事情を慮ってくれてるんだよね)

 相変わらずいい人なようで何よりだと思う。

「戻らないのは、私が友達と離れたくないからなんだ。今から来る友達の事なんだけど。あ、ちょうど良いし来たら紹介するね!」
「友達……そっか。そうだったのか。じゃあ家が苦しくてとかじゃないんだな」
「まあそうだね。心配してくれてありがとう。でもどうしてケン兄の名前が出てくるの?」
「ケン兄……って呼んでるのか」

 呼び方に何か思う所があるのか、小町は鼻の頭にしわよ寄せた。

「小町くん?」
「あ、いや……あいつ、三好と俺が仲良かった時にさ」

 小町が続きを口にしようとした矢先、入店の自動ベル音が鳴ってすずかは何となく目を向けた。
 入店者がすずかを見つけてぱあっと表情を明るく輝かせる。

「お待たせ~すずか!」
「へ? え? きょーちゃん!?」
「……誰?」

 隣の小町から何故か不機嫌そうな声が聞こえた。
 そこに気が回らないすずかはアルトを一目見て驚き、困惑していた。

「ど、どうしたのそのカッコ?」
「変?」
「ううん! すっっっごく男前! 惚れる!」
「へへへ、でっしょ~!」

 すずかたちの視線の先に佇むアルトは、服装からしても、誰がどう見ても乙女をときめかす美少年にしか見えなかったのだ。

「さってすずか、魅惑のデートの開始よ?」

 男装の彼女がふふんと楽しそうに微笑めば、まるでそこがアイドルのコンサート会場のように、店内の女性客の大半が目をハートにした……ような気がするすずかだった。
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