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12 甘々イケメンアルト君

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「……三好、そいつ誰?」

 アルトにばかり気を取られていたら、隣で小町がやけに低い声で再度そう訊いてきた。

(どうしたんだろ小町くん? 急に何だか面白くなさそうにしちゃったけど)

「友達と一緒だったの?」

 アルトはアルトですずか以外の三人を順繰りに眺めて意外そうに呟いた。

「あ、うんそうなの。偶然ここで会って」

 偶然という言葉に、向かいの席の友誼がちょっと含意のあるような顔をして小町を見やったが、小町本人もすずかもそれには気付かない。
 ただ、アルトはその意味ありげな眼差しを鋭くも察知して小町を値踏みするような目で一瞥したが、小町から不審に思われないようすぐに視線を外した。

 すずかはすずかで両者の間の接点は自分なのだと思い至って、とりあえず先にアルトを紹介する。

「ほらこの子がさっき小町くんに話した離れ難い例の友達だよ。京町さんだから、きょーちゃんです。友誼君と里見さんもきょーちゃんをよろしく~」

 よろしく、と向かいのカップルがアルトへと少し控えめに自己紹介をする傍らでは、

「……何だ、男友達だったのかよ」

 不愛想になった小町が不貞腐れた様子でぼそりと小さく呟いた。

 アルトのキラキラしい色気が友誼たちカップルには影響がなさそうで良かったと内心安堵するすずかは、同時に小町の不機嫌の理由がわからず少々困ってもいた。
 大事な友人のアルトに余り良い印象を抱いていないのは彼の態度で一目瞭然だったからだ。
 こんな露骨な小町も珍しいが、少し悲しい。

「すずか、彼ってこの前フードコートにいた人よね? 友誼くんもだけど」
「うんそう。よく覚えてたねきょーちゃん。こっちは坂ノ上小町くんだよ」
「へえ、彼があの坂ノ上小町くん? すずかは坂ノ上家のお坊ちゃまと友達だったのね」
「え? きょーちゃんってば小町くんを知ってるの?」
「名前だけはね。だって彼は有名だもの。カッコイイって憧れる子は多いのよ?」
「知らなかった……。凄いね小町くん!」

 すずかは素直に称賛を口にパチパチと瞬いて小町を見据えた。

「別にどこも凄くない。親の七光りだろ」

 一方の小町は幾分機嫌を戻したのか視線に恥ずかしそうにしながらも、一人「フードコートの……?」と考え込むようにした。

「もしかして、あんた女子?」

 彼の方も思い出したのか顔を上げるとアルトを驚いたようにして見つめた。
 アルトは肯定の意味を込めてにこりとする。

「何だよそうか。女子か」
「小町くん?」

 すずかが怪訝にするも、小町は直前までのピリピリした雰囲気などすっかり忘れたような晴れやかな表情に戻っている。すずかとしては益々以って不思議だった。

(ケン兄もだけど、小町くんもよくわからないなあ)

「ところで今日はどうして男の恰好してるんだ?」

 小町からの率直な問いは当然と言えば当然かもしれない。
 すずかもまさかアルトが男装で来るとは思ってもいなかったのだし。
 と、ここで小町が探るようにじっとすずかを見据えた。

「もしかして、三好もこれから男のコスプレすんの?」
「ええ?」

 男のコスプレと聞きすずかは思わず噴き出した。
 ついつい脳内でアルトと二人で男装のまま、何故か決め顔で決めポーズを取る様を想像してしまったからだ。

「あはは、しないよお。ただきょーちゃんとデートするんだよ、ね~!」
「デート……」

 顔を見合わせ楽しそうにくすくすと笑う女子二人の様子に、不可解といった面持ちになる小町だが、すずかはいつの間にか全然気を遣わずに小町と話が出来ている事を嬉しく思った。

「んー……、一体全体どういう遊びだよ」
「ふふふ~これにはちょっと事情があるんだけど、女の子同士の秘密です~」

 正直に不審を隠さない小町へと小悪魔的な意味深な笑みを向けたら、彼は何故か息を詰まらせ咳き込んだ。
 すずか本人に誘惑とかそんな自覚はなかったが、アルトが小町への眼差しにどこか同情的な色を過ぎらせる。

「さてと、きょーちゃんも来たし席移るね。ホント久しぶりに小町くんと話せて良かったよ。友誼君も里見さんもありがとう」

 すずかは自分の荷物とトレーを手に席を立つと、元の窓際の席がまだ空いていたのでアルトを促して移ろうとした。

「え、あ、三好待って」

 小町が慌てたように席を立った。
 どうしたのかと通路で立ち止まると、彼はポケットから自分のスマホを取り出した。

「その、ライン交換しないか?」

 すずかは一瞬キョトンとしてしまった。

「あ、いや悪い。久々でいきなりって図々しかったな」
「へ? ああいや全然いいよ。まさかまた連絡取り合えるとは思わなかったから。ちょっと待ってて」

 トレーを置いて荷物からスマホを取り出すと、すずかは小町とラインの交換を行った。

(ふふっ、小町くんと前みたいに仲良い友達として付き合えるのは嬉しいな)

「あ、友誼君たちは別に小町くんに気を遣ってとかじゃなさそうだし、普通にしてて大丈夫そうだね」

 小町が安心できるようにと、当初彼が気にしていた遠慮の必要がない事をこそっと告げてやる。

「ああ、それは俺も思った。俺が変に気負い過ぎてただけだったな。でもサンキュな。三好が居てホント良かった」
「そう? 私としても役に立てたなら良かったよ。それじゃあね」
「ああまたな」

 また。

 社交辞令的な挨拶だろうとすずかは気にしなかったが、アルトは友人たちのいる席に戻る小町の背中を何かを懸念するように見据えていた。

「きょーちゃん? 何か頼んできたら?」
「え? あ、ああそうね。じゃあ行ってくる」

 席に座ってアルトを見送って、すずかはちょうどスマホに入ってきた着信に目を落とした。
 さっそく小町からだ。
 可愛らしいクマの「今日はありがとう」スタンプだった。
 思わず小町の方を見てしまうと、彼は微苦笑を浮かべていた。

(照れながらもこんな可愛いスタンプ使ってくれたんだ)

 すずかは友人の意外な一面に自然と笑いが込み上げて、思わず小さくアハハと笑ってしまった。
 度肝を抜かれたアルトといい、小町といい、ケントとの喧嘩の憂欝なんてどこかに飛んでいってしまうような明るく可笑しな時間に気持ちが癒された。
 そうしているうちにアルトがトレーを手に戻ってきて、すずかは早速と今日の計画の中止を彼女に告げた。

「え、喧嘩したの? それは喜んでいいのか悪いのか微妙だけど、それなら仕方がないか」
「せっかくキメてきてくれたのにごめんね。それにしてもまさかきょーちゃんが相手だなんて思わなかった」
「うふふ、驚かそうと思って」

 そう言ったアルトは向かいの席からすずかの長い黒髪を指先で一房掬った。
 そして挑発的な上目使いで唇を笑ませる。

「だって全然知らない相手より私の方が断然いいでしょ?」

 そうすると、傍から見ればまさに男性が女性を口説いているようにしか見えない。
 すずかは両手で頬を押さえて興奮した。

「きゃー痺れる~! それは当然!」
「ふふっでしょ~!」

 テンションも高く互いの目を見つめ合って、すずかの方が先に堪え切れず俯いて「くくくくっ」と笑い小刻みに肩を震わせる。
 これも傍から見れば大層照れているようにしか見えない。

 近いものの会話が聞こえない席でその光景を見ていた小町は呆れたような顔をした。

 彼はどうにも気になってしまいちらちらとすずかたちの方を窺っていたのだ。

「……何をやってるんだかな、あそこは」

 小町の向かいの席ではその呟きを耳にして、友誼がこう思っていた。

(それは坂ノ上、お前にも言える事だぞー)

 と。
 友誼もようやくすずかの事をフードコートで会った相手だと思い出しており、小町が小町呼びを唯一許している相手なのだとも気付いていた。これまで誰にも靡く様子のなかった友人の変化は友誼からすれば劇的で、それ故に成就させてやりたいと密かに思った。

「なあ坂ノ上、そういやこの前お前が、出席必須で面倒とかボヤいてた慈善パーティーの同伴者は決まったのか?」
「ん? 何だよ唐突に」

 話し掛けられて夢から覚めたようなハッとした面持ちで自分に目を向けてきた小町をどこか微笑ましく眺める友誼は、持ち前の明るさでにっこにことして教師のように指を一本立てる。

「いやさ、まだなら三好さんを連れてったらいいんじゃないかと思って」
「――!」

 そこまではまだ考えていなかったんだろう小町は、天啓でも得たような面持ちで友を見つめる。

「それはいいかも。三好もそう言う場所は初めてじゃないだろうし」

 どうやって誘おうかと思案し始める小町は、もう一度すずかの方をそっと盗み見て口元を綻ばせた。

 他方、すずかとアルトはまだまだ甘甘だった。

「でもさきょーちゃん、中止にはなったけど、今日は今日で本番への予行練習って事でイチャイチャしようね!」

 はにかんだすずかからのアプローチに、アルトは両眉を上げておやおやというような顔付きになると、にんまりとする。

「そのイチャイチャ受けて立つわ」

 彼女はわざわざやや角度を付けての流し目という、グラビアもかくやの決めのポーズでイケメンっぷりをアピールした。




 ガラス張りの店内、窓際の席、目立つ相手と同席中。

 長い時間そんな場所に居れば、付近ですずかを捜している相手からだって見つけ易いというものだ。
 ほとんどすずかが突っぱねる形ではあったが、喧嘩別れだったので仕方がないと彼は一度は一人で帰ろうとしたのだが、やっぱりどうしても心配で引き返し捜していたのだ。
 すずかへと「今どこにいる」とメッセージを送っても一向に返信がなかったので散々捜した。

 しかし、やっと見つけたと思えば、喫茶店で楽しそうに男といるときた。

「…………白昼堂々とよくもまあ。こっちの気も知らないで」

 店の斜め前の路上に停めた車の中で、花柳ケントは頬のヒリヒリを我慢して、車窓越しに自らの妻の笑みを睨んだ。
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