5 / 39
5 再会は突然に1
しおりを挟む「ねえ凛風、最近あの人の所によく出前に行くけど、まさか向こうで暮らしたいとか思ってる?」
「へ? ま、まさか~。ハハハ母さんったら私が普通のお嬢さんたちみたいに着飾ってしとやかに微笑するとでも? 無理無理~」
凛風が内心ぎくりとしながら本音を言えば、盛り付けの手を止めた母親白紫華は娘を見て納得したようだった。
それはそれで何か切ないが、今も男の恰好をしているのだから仕方がないのかもしれない。
「ホント凛風って我が娘ながらカッコイイわよね」
「どうも」
その辺の良家の公子たちのように煌びやかに着飾らなくても、仕種一つでカッコイイ女雷凛風は苦笑を浮かべる。
元々、点心と茶を主に提供する飲茶食堂を営んでいたのは、凛風の曾祖父母だ。
祖母白蘭は祖父楊叡と結婚し家を出て仙境に暮らしてしまったから、高齢になった曾祖父母は店を畳むつもりだったらしい。しかし色々あって母親の白紫華が店を継いだ。
店の味が大好きだと言う気持ち一つで若いうちから経営や調理に携わり、曾祖父母がいなくなってからは一人で切り盛りしてきたという。
凛風が店の味を知れたのも、こうして店の味を誰かに届けられるのも母親のおかげだ。
父親のように超難関と言われる科挙を受けて官吏になるのも素晴らしいが、母親のように伝統の味を守っていく生き方も前者に等しく誇れるものだと確信している。
「じゃあ出前行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。頼んだわね」
頷き、岡持ちに完成した料理の皿を入れて蓋を閉めると、表口から出ようと小さな店内を突っ切っていく。
「阿風、阿風」
すると途中横から呼び掛けられた。
(え、この声って……)
「――若様! また来てくれたんですね!」
視線の先、衝立の向こうからひょいと顔を覗かせているのは、扇子の良く似合う美青年だ。
控えめな色合いだが仕立ては決して雑ではない着物を羽織り、彼――山憂炎はにこりとして手を振ってきた。
この店の常連で、見かけも物腰もまんまお金持ちの若様と言った青年は、結ばず背に流した真っ直ぐな黒髪を肩から払うと席を立って傍に来た。
どこでだろうと豪華な食事を食べられるだろうに、彼はよくこの店に顔を出してくれる。
やはりお目当ては伝統の肉包子らしく、よく持ち帰りを頼んでもいく。
話によればどうも皇帝のお膝元、皇都金安に居を構えているようだが、わざわざ三つも四つも街が離れたここ緑安まで足を運んでくれるのは本当に有難かった。
「今から配達だろうに引き留めて悪かったね。行ってらっしゃい」
「あの……もう帰ってしまいますか?」
「いや、阿風が戻るまでは居るよ。安心して出前に行っておいで」
「よかった!」
顔を輝かせると、凛風は駆け出すようにして店を出た。後ろから「走ると危ないよ」と声が掛かったが、それももう聞こえる距離にはいなかった。
近所までなので金兎雲は呼ばないままに走って届け、代金を受け取るや「毎度~!」と軽くなった岡持ちを手に取って返すように来た道を戻った。
山憂炎という男の口からは色々な物語が出てくる。
会う度に彼の話を聞くのが凛風の楽しみだった。
正確な歳は訊いた事はないがたぶんまだ三十前と若いだろうに、まるで長年在野で見聞を広めてきたかのように物事に詳しく、尚且つ引き込まれるような語り口で面白可笑しく話してくれる。
「――誰かあっ誰かあああっ!」
そんな時だ。
急くように裏路地を走っていると、白昼堂々悲鳴が聞こえた。
凛風が即座にその方へと駆ければ、すぐに現場に行き当たった。
「金を寄越せ!」
中年の女性から金品を奪おうと、屈強な男がその手荷物を引っ張っている所だった。発生後すぐに到着したおかげで幸いまだ貴重品は奪われていないようだったが、それも時間の問題だろう。細身の女性と頑丈そうな男とでは根本の腕力が違う。
「その手を放せ下郎が!」
考えている暇もなく声を張り上げ地面を蹴って跳躍し、その勢いのまま岡持ちを男の横っ面に叩き込んだ。
今は祖父の仙術仕様ではない普通の木製の岡持ちは、衝撃面の板が木っ端と砕け、更には骨組みからバラけて地面に散じた。
男は一撃で白目を向いて昏倒する。
岡持ちは古いものだったし手加減はしたつもりだったが、まさか死んではいないかと一応息を確かめればあったのでホッとした。
大丈夫かと震え涙を浮かべている女性を支えて立たせれば、今度は救われた安堵から感謝の言葉を繰り返した。
人通りの多い方へ行くよう促しつつ散らばった荷物を拾い手渡してやれば、女性は素直に了解して何度も頭を下げて去っていった。
「さてと、こいつをどうしようか」
腕組みした凛風は見下ろして盛大に溜息をついた。
放置はできない。
役人に突き出すにせよ処理に携われば時間を要し、その間山憂炎は帰ってしまうかもしれないが、こればかりは仕方がない。ここの住人な以上、街の治安の方が優先事項だ。周辺の治安が悪いと店の集客にも影響する。
そんなわけで渋面を作っていると、路地の向こうからバタバタバタと複数の足音が聞こえてきた。
「悲鳴はこっちの方からだったな」
「はい!」
(もしかして私以外にも誰か駆け付けて来てくれたのか)
早々に片はついてしまっていたが、悪を見過ごせないという同志にも似た誰かが近くに居たのがわかって気分が浮上する。
「あ、人が倒れてます」
「あそこだな!」
そう言って数人の供を引き連れて走って来た人物に、凛風は「えっ」と目を瞠った。
「そこの、何があった? 今さっき女性の悲鳴が聞こえたが……ってまたお前かよ小風!」
凛風に気付いた途端に「ハハハ」と明るく太い笑みを浮かべる相手へと、凛風も「ハハハ」と男前な笑みを返した。
「それはこっちの台詞だよ。それにもう私が助けたから安心して、――子豪兄さん」
兄さんと付けてはいても血縁ではない。
何だか今日は久しぶりの知人に会う日だなと内心で嬉しく思いながら、凛風は目の前で胸を張り堂々と佇む青年を見やった。
偉丈夫と称する以外にない、鍛えられ盛り上がった肩や腕の筋肉が着流したような庶民服の上からでもわかる。太く男らしい眉と同じく堅そうな黒髪は後ろの高い位置で一括りにされている。
鎧を着れば大層見栄えするだろうまさに武人と言った風格漂う精悍な風貌の青年は、状況を理解して腰に手を当てた。
「ホント小風はいつもいい度胸してるよな~。こんなまだちっこい体で暴漢に立ち向かってくとか、頼もし過ぎるだろ」
「……子豪兄さんが大きいんだよ。背丈いくらあるのホント。門構えくらいはあるんじゃないの?」
「ハハハひでえな、んなにねえよ! でもホントお前って初対面の時から俺の扱い泣けてくるくらいぞんざいだったよな」
「あー……その節はホントごめん」
彼と凛風は、今のようにここ緑安の路地裏で出会った。
夕刻、出前帰りに悲鳴が聞こえ、駆け付ければ薄暗い路地裏で女性を襲わんとしている暴漢がいたのだ。
女性は座り込み、その傍には一人の男性が倒れていて、そして彼らの前には険しい顔付きのこの青年がいたのだ。
――貴様何をしている!
凛風が怒りを露わにすれば、彼は目を見開いた。
直後に問答無用で攻撃を仕掛けた凛風だったが、
――あ? え!? いやちょっと待て俺は助けた方だ! 暴漢じゃねえ!
何とその攻撃をいなされた。
いとも簡単に無効化されたのは大きな驚きで、そのせいで冷静さを取り戻せたのは幸いだったかもしれない。きちんと彼の訴えを聞けた。
うっかり暴漢扱い……それが自分たちの初対面だった。
更にはどこかに縁でもあるのか、出前先の他の街でも顔を合わせた。
そこでもまた悲鳴が上がって、駆け付けた凛風が暴漢をあっさり倒した所に一足遅れて彼が駆け付けた……と言った次第だった。
――おー、少年は綺麗な顔に似合わずすごいな~! ああ因みに俺は暴漢じゃないぞ!
彼は細身の凛風が大柄な男を足蹴にしている様を目の当たりにして、尻上がりな口笛まで吹いて感心した。
しかも以前の事を根に持っていたのか、放たれた台詞から鑑みるにしっかりこちらの顔を覚えていた。
その後もちょくちょく似たような場面で遭遇し、
――なあ、俺んとこの兵団に入らないか?
とうとう勧誘されるようにもなった。
貴族や商人の中には私兵を有している家もある。
官軍の鎧は着ていないので彼もその手の人間なのだろう。勧誘はその都度断っているが、正直しつこかった……。
まあそんなような縁もあって、彼は部下を引き連れて度々白家の店に顔を出してくれるようになり、親しくなったのだ。
そんな彼の名は――肖子豪。
この国の第一皇子と同じ名前だが、きっと単なる同姓同名。
凛風は一度だって同一人物と思ったためしはなかった。全く微塵も毛ほどもだ。
そもそも一国の皇子がこんな路地裏をほっつき歩いているわけがない。
そう思っていた。
0
あなたにおすすめの小説
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
転生賢妻は最高のスパダリ辺境伯の愛を独占し、やがて王国を救う〜現代知識で悪女と王都の陰謀を打ち砕く溺愛新婚記〜
紅葉山参
恋愛
ブラック企業から辺境伯夫人アナスタシアとして転生した私は、愛する完璧な夫マクナル様と溺愛の新婚生活を送っていた。私は前世の「合理的常識」と「科学知識」を駆使し、元公爵令嬢ローナのあらゆる悪意を打ち破り、彼女を辺境の落ちぶれた貴族の元へ追放した。
第一の試練を乗り越えた辺境伯領は、私の導入した投資戦略とシンプルな経営手法により、瞬く間に王国一の経済力を確立する。この成功は、王都の中央貴族、特に王弟公爵とその腹心である奸猾な財務大臣の強烈な嫉妬と警戒を引き寄せる。彼らは、辺境伯領の富を「危険な独立勢力」と見なし、マクナル様を王都へ召喚し、アナスタシアを孤立させる第二の試練を仕掛けてきた。
夫が不在となる中、アナスタシアは辺境領の全ての重責を一人で背負うことになる。王都からの横暴な監査団の干渉、領地の資源を狙う裏切り者、そして辺境ならではの飢饉と疫病の発生。アナスタシアは「現代のインフラ技術」と「危機管理広報」を駆使し、夫の留守を完璧に守り抜くだけでなく、王都の監査団を論破し、辺境領の半独立的な経済圏を確立する。
第三の試練として、隣国との緊張が高まり、王国全体が未曽有の財政危機に瀕する。マクナル様は王国の窮地を救うため王都へ戻るが、保守派の貴族に阻まれ無力化される。この時、アナスタシアは辺境伯夫人として王都へ乗り込むことを決意する。彼女は前世の「国家予算の再建理論」や「国際金融の知識」を武器に、王国の経済再建計画を提案する。
最終的に、アナスタシアとマクナル様は、王国の腐敗した権力構造と対峙し、愛と知恵、そして辺境の強大な経済力を背景に、全ての敵対勢力を打ち砕く。王国の危機を救った二人は、辺境伯としての地位を王国の基盤として確立し、二人の愛の結晶と共に、永遠に続く溺愛と繁栄の歴史を築き上げる。 予定です……
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~
雨宮羽那
恋愛
魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。
そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!
詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。
家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。
同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!?
「これは契約結婚のはずですよね!?」
……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……?
◇◇◇◇
恋愛小説大賞に応募予定作品です。
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"
モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです!
※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
