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6 再会は突然に2
しおりを挟む「とりあえず部下にこの暴漢を突き出させるけど、いいか?」
そういう肖子豪にゴロツキは任せる事にした。
撃退時の状況を説明すれば、はて岡持ちは武器の括りだったかとばかりに彼は微妙な目をした。
「後でお前のとこの店に行くからよ、包子、サービスしろよ?」
「それは勿論。でも包子だけだよ?」
去り際、ゴロツキを部下に運ばせながら凛風を振り返った青年の言葉に、暗に他の料理も頼めと言ってやれば、彼は呆れと感心の目を向けてきた。
「さすがは商売人」
「アハハ例えどこかの皇子様が来たって、ただでは店から出さないよ」
一瞬咽に餅でも詰まったような顔をしたものの、肖子豪は「ハハハハ! そりゃそうだ!」と快活に笑った。
「あ、お帰り阿風。遅かったけれど何事かあったのかい? あれ? 岡持ちは?」
店に戻った凛風を出迎えたのは山憂炎だった。
戸を開けたら気を揉んだように右に左に行ったり来たりしていて驚いたが、凛風は彼がまだ居てくれた事を心から喜んだ。
「ああ良かった。もう帰ってしまったかと思ってたんですよ。実はちょっと暴漢をのしてまして……。岡持ちはその時にちょっと」
暴漢と言う単語に山憂炎は不安丸出しな顔になった。
蒼白になると凛風の頭に頬に手に肩に、まるで小さな怪我の一つもしてやいまいかとぺたぺたと触って検分してくる。
「そそそそんな輩に遭遇してだだだ大丈夫だったかい? 阿風? ねえ阿風!?」
「だ、大丈夫です。倒したのは私ですし。安心して下さい若様、私は完全完璧に無事ですから」
普段は超自然体で雅やかな山憂炎という人物は、蓋を開けてみれば心配性と言うか尋常ではなく過保護だった。
もしも自分が彼の娘だったら、蝶よ花よと育てられ綺麗な物しか知らないような深窓の令嬢の出来上がりだったに違いない。今現在彼に妻子はいないらしいが、その気になればすぐに相手が見つかるだろう。その時がある意味ちょっと心配な凛風だった。
「全く、この子はこう見えて結構腕っ節は強いって知っているじゃないですか。相変わらずなんですから若様ったら。そこまで心配しなくともそこらの男にゃ負けませんよ」
手が空いたのか、店の奥から母親が姿を見せ苦笑している。
「本当に何か危険があれば金兎雲が知らせてくれますし」
この店が不思議な黄金の兎雲を使うと言う話は、常連客なら周知だ。
「そうはわかっていても、やはりこの目できちんと確認するまでは気が気じゃなくてね」
山憂炎は困ったような笑みを浮かべた。
その顔は過去に何か後悔する出来事でもあったのか、少し物憂げに見えた。
「私はこうして無事ですからそんな顔しないで下さい。でも心配ありがとうございます。ところで、もう食事は終わり……ですよね。時間があればまた色んな話を聞きたかったんですけど、駄目ですよね……」
小さい子のように話を強請る自分に、凛風は気恥ずかしさを感じたが、聞きたいものは聞きたいのだ。
彼の前だと祖父の前のように不思議と小さな自分で居られてしまう。無論祖父へのようにずけずけと物を言う事はしないが、何故か感覚的にそうなのだった。
(見た目は全然違うのに、何故かじい様と似てるって感じるんだよねえ……)
「僕は構わないけれど、お店の方は平気かい?」
「凛風、若様に食後のお茶の一杯くらいサービスしなさい?」
「いいの母さん?」
「もちろん」
「ですって!」
「それじゃあ紫華さんのお言葉に甘えて、もう少しいさせてもらおうかな」
「そうこなくっちゃ!」
凛風は喜んで、山憂炎の話に耳を傾けたのだった。
そろそろ客足も増えてきて話を終えるには良い頃合いになると、今日はこれでお終いと山憂炎が目の前に置かれた茶に手を伸ばした。
自分たちが喋らなければ、案外店内の会話は耳に入るもので、まだ少しゆっくりしていた二人の耳に他の客のこんな会話が飛び込んでくる。
「なあ、まーた第二皇子が代金を踏み倒したらしいぞ?」
(――え? 第二皇子って、子偉皇子だよね)
「へえ~。ついこの前は女関係で揉めて、まーた金銭面で揉めるって何だかなあ」
「だらしないというかろくでなしというか。どうせなら、皇都を騒がせている義賊がいるだろう、ほら黒蛇とか言ったか……そいつに成敗されてくれりゃいいんだがなあ」
「おいおいあからさまな暴言はよせよ。どこに朝廷のお偉いさんの耳目があるかわからないだろ」
「ここは地方の大衆食堂だぞ、平気だって」
「それはそうかもしれないが……。まあ、他の皇子たちは妃の身分が低いから太子の座は遠いし、第二皇子がこれじゃあ、太子は第一皇子で決まりだな」
「だろうな。まあ順当だし、無駄な争いはない方がいい」
「もっともだ」
今まで自分も肖子偉の悪い噂の数々を耳にしてきた。どうしてまたそんなにポンポンと出てくるのか不思議なくらい、悪行を重ねているようなのだ。
「阿風? どうしたの、そんなに眉間を寄せて小難しい顔しちゃって」
山憂炎が長い指を伸ばして眉間をちょいちょいと突いてきた。
「皇子様の噂に腹でも立てた?」
「いえそれは別に。ちょっと混乱してるだけです」
「混乱? よくわからないけれど君にしては珍しいね。悪い奴だと非難しないなんて」
「え……えーと、噂ですし、そういうのって当てにならない時ってありますし」
まさか直接本人と面識があって、その結果噂を鵜呑みに出来ない……とは言えない。
しかし山憂炎はさして気にした様子もなく茶を飲み干すとおもむろに席を立った。
「阿風、直接本人を知らない人間が何をどう言おうと、真実は変わらずそこに横たわっているものだよ」
「え?」
瞬く凛風が顔を見上げる前に背を翻して厨房の方へと行くと、彼は調理場との仕切りを兼ねた簾の向こうに頭を突っ込んだ。
「ごちそうさまでした。今日もとても美味しかったですよ、また来ますね」
「こちらこそありがとうございます。注文されてた持ち帰りの包子は今包みますから少し待ってて下さいね」
奥から声が返り、程なく包みを手にした母親が出て来た。それを受け取ると山憂炎は店を出る。
「また来るよ」
「はい。必ず来て下さいね! お体に気を付けて」
「ありがとう。阿風も本当の本当の本当の本当に気を付けるんだよ! いいね!!」
「あ、はい……」
店の外まで見送りに出た凛風へと脅迫にも似た念押しをかける彼は、気が済んだのか頬を緩め包みを抱えた方とは別の手を軽く上げると、袖を返して通りを歩いていく。
凛風は黒髪を靡かせる優美な後ろ姿をしばし見送った。
「……そろそろ子豪兄さんも来るかな?」
後で店に来ると言っていたのを思い出せば、多めに包子を仕込んでおこうと母親の待つ厨房へと足を運んだ。
同時刻。店の傍の家屋の隙間。
「――げっ、あれはもしかしなくとも山憂炎」
意気揚々と白家の食堂に向かっていた肖子豪は、店から出て来た青年を一目見て、反射的に家と家の細い隙間に隠れ冷や汗を浮かべていた。
図体がでかいので大丈夫かとは思ったが、隙間には何とかギリギリはまれた。気付いた通行人が狭い場所に無理無理体をねじ込んでいる変な若者……つまり肖子豪をギョッとして見ていくが、そこは鍛錬の賜。
(無になれ俺、無だ……!)
いつもは一緒に連れてくる部下たちは、今日はお荷物を預けてきたので同行はしていない。彼らまでいたら隠れられなかったのでかえって幸いだった。ただ、彼らからは「包子の持ち帰り分を必ずですよ」と何度も念を押された。
山憂炎からもしもここで姿を見られれば「あぁまたどこぞをほっつき歩いていたのですね。筋肉だけではなくもう少し脳味噌も鍛えましょうね?」と嫌味を言われるのは間違いない。
何故か彼は自分に厳しい。
すぐ下の弟には菓子をやったりしていて優しいのに、一体どうしてなのか。
しかも日頃仲良くしたいと欲するその弟は、いつも逃げるようにして自分から隠れてしまうのに、山憂炎は普通に会話出来ている。何度そんな場面を見た事か……。
そこがまた羨ましく、妬ましく……転じてブラコン肖子豪は逆恨み的なジェラシーを彼に感じていた。
「くそー白家にまで押しかけて来てるのかよ。小風とも親しげだし」
彼がこの店を知っているとは思わなかった肖子豪としては、メラメラと対抗心が燃え上がる。
「よおおおーっし、今日はあいつよりも多く食べてやる!」
そう意気込む肖子豪だったが、
「……あ、やっべ。抜けねえー」
しばらく格闘したが駄目で、最終的には通行人に引っ張り出してもらった。
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