お待たせ皇子様、出前です!

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12 レッツ妓楼1

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「二人共いつなら大丈夫? なるべく早い方がいいんだけど」

 同行云々には最早開き直るのが妥当だと気分を一新した。

「小風、そこまで急ぐ理由が何かあるのか?」
「い、いや善は急げって言うし、綺麗なお姉さんに会いたいし」

(だって遅くなった分、子偉皇子の悪い噂も増えていくもの)

 不納得そうな肖子豪は、仕方なさそうに嘆息のようなものを吐き出すと、一転満面の笑みを浮かべて弟の肩を労うように抱いた。

「なあ子偉、一回女装してみたらどうだ? そこらの妓女よりも余程美女になると思うぞ。小風だって気に入ってくれるって」
「……兄上がどうぞ」

 実の兄まで自分に女装を勧めて来るなど思いもしなかった肖子偉は愕然として、次にはすっと表情を消してすげなく返すと、兄の手を肩から外した。
 その際の何かを見放したような目が肖子豪を捉えれば、

「ハイごめんなお兄ちゃんの失言だった!」

 彼は神速で撤回した。

(ええと何だろうこの兄弟って……)

「ばーさんの誕生日会も控えてるし、早い方がいいならそうだなあー……いっそ明日にでも行くか? 急か?」

 言葉をかけあぐねていた凛風を余所に、肖子豪が改心もそこそこにいつもの調子に戻る。

「私は大丈夫。子偉殿下はどうです?」
「……大丈夫」
「じゃあ決まりだな」

 肖子豪が卓の方を見やった。

「なあところで、一先ひとまず座らん?」
「言われればそうだね。立ち話もなんだしね」

 三人で卓を囲めば、早速と肖子豪が包子に手を伸ばした。

「ひとえに妓楼っつっても沢山あるが、小風は目当ての妓楼ってあるのか?」

 実に美味そうに頬張る肖子豪の傍らでは、弟の肖子偉がこれまた小動物っぽくふっくらと頬を膨らませている。
 並んで同じ物を食べる二人にほのぼのとしたものを感じ自然と口元を綻ばせながら、凛風は横に首を振った。

「皇都の妓楼ならとりあえずどこでもいいかな。子豪兄さんのおすすめの店とかある?」
「何だよお前、そんなで妓楼行こうとしてたのかよ。中にはぼったくるような店もあるってのに……。前もって俺が話聞けて良かったぞ全く」
「あははホントそうだよね」

 出来るなら男が金持ちからそそのかされたという妓楼に行きたいと思っているが、如何せん凛風にはその候補すら絞れない。
 正直な所意気込みだけではやはり効率が悪く、加えて少し心細く思っていたのは否定しない。肖子豪お勧めなら信頼できるし、手始めにきちんとした店を体験できれば後々自分一人で赴く際への不安も少なくなる。

「初回二人に一緒に来てもらえるのは心強いよ」
「まさか一度きりじゃないのか?」
「そうだけど?」

 ケロリとして答えれば、包子を食べ終えた肖子豪はジト目で凛風を見てきた。

「子偉、お前ホント苦労するかもな」
「あ、兄上っ」

 肖子偉はあたふたした。
 察しの良い相手になら色々と勘付かれてもおかしくない。

「何? 兄弟喧嘩?」
「「違う」」

 しかし幸か不幸か凛風はこの手の勘は人並み以下だった。

「それで時間はどうする? このくらいの時間の方がいいか?」
「うん。そうだと助かる」
「集合場所は? 目立つ場所じゃない方がいいよな」

 肖子豪が考え出す横で凛風は肖子偉を窺った。

「出来れば父さんには言わない方向でお願いしたいんですけど……」
「私も彼には心配事なく家で安眠してもらいたい」

 彼が灯りの見える離宮建物の方に顔を向ければ、それを見ていた肖子豪が意外そうな声を出した。

「へえ? 子偉の世話役って小風の父親なのか」
「うん。出前も一番初めは父さんから頼まれて来たんだよね」
「ほーう。世間は狭いな。確かに黙っておくのが賢明だと思うぞ。いくら客としてだろうと娘が妓楼に行くなんて心穏やかじゃいられないだろ」
「あー、それは一理あるかも。うちの父さん意外と心配性なんだよねえ。私の前ではそういうの隠したいみたいだけど」
「雷凛風、そなたの身の安全は私と兄上で、護る」

 肖子偉は食べかけの包子を手元に置いて珍しくも使命感に燃える目をしている。

「そうですか? ありがとうございます。私も殿下の事を護りますから、どうか安心して下さいね」

 凛風はまるで軍の頼れる上官のように太い笑みを浮かべた。

「……っ、あ、ありがとう」

 肖子偉がその笑みに狼狽うろたえてもじもじする。
 完全に直前までの男らしさはどこへやら~で恥じらう乙女モード全開だ。

「……何か、お前らって違くね?」

 二人を前に頬杖をついた肖子豪が残念そうに一人呟いて、遠い目をした。

 何はともあれ集合場所も決め、そうして当座の予定は決まった。

 決行は明日夜。

 いざ、妓楼へ!




 まさか皆で仲良く妓楼行きを決定していようとは夢にも思わず、いつものように残って仕事をしていた雷浩然だが、時間を忘れ書き物机でしばらく筆を動かしていると、衣擦れの音と共に聞き慣れた控えめな声が耳に届いた。

「――雷浩然、今夜もありがとう」

 柔らかな声質に顔を上げれば、お開きとなったのか肖子偉が部屋の入口から入って来た。
 建前としては仕事が終わらないからと残業しているのだが、肖子偉は自分が敢えて残っている律儀さをちゃんとわかってくれている。
 その証拠の先の感謝の言葉に微笑みを返し、雷浩然は古い書物を一纏めにして書き物机の端に寄せると、意識して椅子からゆっくりと腰を上げた。
 衣擦れさえ耳に際立つ静かな夜に性急な動きは無粋だと何となくそうした。

「何も不都合はございませんでしたか?」
「何も。……むしろ私がこの性格のせいで迷惑を掛けたと思う」

 肖子偉の傍まで歩み寄って問いかければ、彼は被らず腕に掛けていた布に目を落とした。そんな消極的な台詞を口にしてはいるが、どことなく嬉しそうに見えた。

「何か良い事でもありました?」
「……うん、まあ」

 第二皇子は、はにかむように笑った。
 ここ最近、彼のその微笑に出会う度に思う事がある。

(きっとリー貴妃きひも、入宮以前はそのような顔で笑ったのかもしれないな)

 黎貴妃とは肖子偉の生母だ。
 心を病み、体も心に引き摺られて悪くした彼女は既にこの世の人ではない。
 この国の後宮制度では上から、皇后一人、貴妃二人、妃四人、それ以下は不定となっている。
 彼女は元々が四人の妃――四妃のうちの一人だったが、皇子を産んでその一つ上の貴妃の位を賜った。

 後にも先にも彼女のたった一人の子、それが肖子偉だ。

 黎貴妃は公式行事で見かけても、心配事でもあるのかいつもどこか沈んだ顔をしていたのを雷浩然は記憶している。
 肖子偉が十一か十二の歳の頃、後宮内部でいさかいを起こした後、彼女は儚くなった。
 何があったのか詳細は外宮勤務の自分たち一般の官吏は知る由もないし、まして当事者に訊く事ももう出来ない。
 けれど流言飛語は人の世にあっては常のもの。

 黎貴妃が自分の息子の将来を案じ、その立場を確たるものとしたかった……という話は根拠がどうであれ巷では周知だ。

 当時は母貴妃と共に後宮で暮らしていた肖子偉が、他者からの好奇や興味には敏感で、そう言う感情を持たれるのをいとうきらいがあるというのも、そこに起因しているのだと容易に想像できた。

「では諸々の片づけをしてから今夜は辞させて頂きます。殿下もお早くお休み下さいね」
「わかった。夜だし、気を付けて帰ってくれ」
「お気遣いありがとうございます」

 先に部屋を出ていこうした肖子偉だったが、ふと足を止めて振り返った。

「雷浩然、その、彼女に――雷凛風に出前を届けさせてくれて、本当にありがとう」

 自分が意図したわけではなく店の事情からの必然なのだが、皇子の喜色が滲み出るような表情から心からの言葉だとわかって受け取った。
 恥ずかしかったのか「で、ではお休み」とくるりときびすを返し廊下を急ぎ足で自室へと向かう足音が遠ざかる。
 廊下に出て見送っていた雷浩然は、遠くを曲がる背に律儀に拱手すると、袖を翻して仕事部屋への敷居を跨ぐ。

「殿下はそんなにも白家の包子がお好きなのか」

 確かに肖子偉は包子が好きだ。
 しかし、違う。
 この恋愛方面への頓珍漢ぶりは、さすがは凛風の父親だった。
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