お待たせ皇子様、出前です!

カギカッコ「」

文字の大きさ
16 / 39

16 仙人たちの上空劇

しおりを挟む

「皇子という点が気に食わぬが、あの兄弟とならばまあ何事もなかろう。護られるまでもなく阿風も何だかんだで強いしの」

 やや時は戻るが、当初は孫娘の予期せぬ同行者に頭に血が上ってしまった楊叡も、接してみれば肖兄弟への印象は悪くなかった。
 だから先に退席する事に不安を覚えなかったとも言える。とはいえ心配してやって来たものの結局言ってしまえば人任せにして孫娘を置いてきた事へ、僅かながら後ろめたさを感じてはいた。
 現在彼は夜の皇都上空を飛翔している。
 ほぼ半分が欠けた歪な月の下、彼の耳に何かが風を切って近付いて来る音が届いた。

「やはり来おった……!」

 毒づいた刹那、

「おーひーさーしーぶーりーでーすー!」

 声が、飛んできた。
 振り返らなくとも誰だかわかる。この声は……あいつだ、と楊叡はじわりと全身に冷や汗を滲ませた。
 妓楼に気配が現れたから逃げたのに、わざわざ自分を追いかけてきたに違いなかった。
 声だけを聞くと昔のままだが、その口調や語尾の上下には別人感しかない。仮に振り返ればダイレクトに視覚が姿を捉え、誰コレ感が半端ないはずだ。仙人の目は時に暗視も出来る。故に見てしまうと精神が無駄に疲れるので、楊叡は全力で無視をこいた。
 しかし、相手は彼の飛翔速度よりも断然速かった。

「お待ち下さい! 何故どうしていつも逃げるんですかー!? この愚臣めに何か至らない点があるからですかー!?」
「そなたは元来わしの臣下ではない。父の臣下だ!」
「いいえ、本当なら代を跨いでお仕えする所存でありましたので、そこは譲れません!」
「面倒な所存だの。ならハッキリと言う、関わりたくないからさっさとね!」
「えーッ嫌ですよ!」
「ではそんなに主従ごっこをしたいのならさせてやろう。即刻帰れ、これは主命だ――山憂炎!」

 楊叡の後ろを追って来たのは一振りの剣と、それに乗り長髪を靡かせる青年だ。
 稀に仙人専用の剣――仙剣に乗って飛ぶ者がいる。
 その技は剣の扱いに長けていて且つ破格なバランス感覚が必要で、余程才能がなければ仙人と言えども行使はできない。
 今は朝廷で文官の真似事をしているが元は武官だからなのか、楊叡同様仙人になった男、山憂炎にはそれが出来た。

「その言い方は酷くないですか、そもそもこの扱いって何でですかーーーーっ!」
「そなたが怖いくらいに変わり過ぎてて受け入れられぬからだーーーーっ!!」
「そんなーーーーっ!」

 楊叡は、武人として数々の戦功を立てていた無情で苛烈なまでの猛将山憂炎しか知らない。
 だから再会した時は本気で誰だかわからなかった。
 確か見知らぬ優男と思っていた相手から、いきなり泣かれ抱き付かれて仰天し蹴飛ばした気がする。
 そして名乗られて愕然としたものだった。
 もさもさしていた口回りの髭が一本もなく、鋭い三白眼でもなし、加えて隆々していた筋肉どこ行ったと叫びたくなるほどに体の線も細くなっていた。若い頃の姿も取れる仙人だが、彼の場合別人の体を乗っ取ったに違いないと本気で思った楊叡だ。
 山憂炎は風圧の中器用に扇子を広げた。

 日替わりで違う扇子を手にしているのは彼のスタイルだが、今は達筆に「太子愛」と書かれた物を手にしている。

 結局はちらっと振り返った楊叡は、気付いて実に嫌そうにそのでかでかと書かれた三文字を見た。

「僕はこんなに大好きなのに酷いですよおーっ、――太子殿下~っ!」
「そう呼ぶでないっ」

 山憂炎は難なく楊叡の横に並ぶと片手で横髪を押さえ流し目を送ってきた。
 巷の女性たちならいざ知らず、妻一筋の男にはもちろんちっとも効果はない。
 そんな事は本人も全く気にしていないのか、彼は楊叡の顔を見やって嬉しそうに扇子を口元に当てた。

「お変わりなきようで何よりです」

 楊叡は飛翔続行のままうんざりした吐息を漏らす。

「もうわしは仙人の身、人間だった頃の諸々とは無縁なのだ。つまりそなたとも、な」
「ふふふ気の迷いですよ、太子殿下」
「ならばそなたは血迷っているのか? 仮にも現在の朝廷に仕える者が分別もなく、現王朝以外の者を太子だなんだと呼ぶでない」

 再会時は仮にも人間時代自分の倍は歳上で父からの信頼も厚かった男を足蹴にしたのだ。
 自分の方こそ礼節も分別もへったくれもなかったのはなかった事にした楊叡が厳しく言えば、山憂炎は破顔一笑した。

「誰が何と言おうと、僕は永遠に太子殿下の一番の臣下です!」

 山憂炎は扇子の面をこれ見よがしに楊叡に見せつけた。

 太子愛……。

(ここまでされると怖いッ!)

 楊叡の慄きも知らない相手はどこかドヤ顔だ。
 山憂炎は戦場で鬼神とまで言われた厳めしい姿が嘘のように、平時は自分を猫可愛がる男だった。
 だから甘やかされるようで余計に苦手なのだ。

「はあ、もう執拗に追いかけてくるでない。わしに会いたい時は山の上まで来い。そなたは白家の包子パオズ贔屓ひいきにしてくれているようなので、そこだけは感謝している」

 それまで得意げにしていた山憂炎はぎくりとした。
 以前肖子偉に包子をあげ、それがきっかけで出前に繋がった事がバレたら「これ絶対にまずい!」と思ったが故に。
 もしかしたらいつか肖子偉から雷浩然、雷浩然から白家そして果ては楊叡に繋がったらいいな~……という、アホみたいな楽観的打算があった。しかしそれがまさか実現すると彼も本気で思っていたわけではない。故にこの事は墓まで持っていこうと決めた。

「わ、わかりました。ありがとうございます!」

 ともかく最高の言質は得られた。今夜はもう彼は心の主君を追いかけなかった。




 所は戻って、皇都金安のとある妓楼内。
 凛風は大きな鏡の前で右に左に体を捻りつつ、自分の全身を眺めて感心の唸りを上げていた。

「おー、馬子にも衣装」
「うふふ何を言ってるのよ。あぁ~ん女の子だったってわかっても揺るぎなくいいわあなたって!」

 今度は鏡面に近付いたり離れたりする凛風は、最早曹依依の涎塗れの称賛を半分も聞いていない。
 曹依依には頼み事をするに当たって性別を告げていた。
 そう誠実に向き合わなければ、頼みを聞き入れてもらえないと思ったからだ。
 とある客たちの足止めと、更には凛風自らで彼らの相手をしたいという無理なお願いをしていたのだ。
 理由は半分だけ正直に打ち開けた。

 ――その客の同席者がどこかの妓女へと狼藉ろうぜきを働き、それを他者になすりつけている。偶然廊下で立ち聞いてしまったのだが自分は放置できない質で、その真相をもっと詳しく知りたい。

 そう訴えたのだ。
 同じ妓女の事件だったからか曹依依には一考の余地を与えたようだが、まあ最終的に協力してくれたのは、常連客肖子豪の知り合いだからというのが大きいだろう。
 慣れないひらひらの多い装束への着替えを手伝ってくれながら、曹依依は彼の本来の身分を知っていると教えてくれたのだ。

「凛風ちゃん、二人には本当に内緒で良かったの?」
「はい」
「でも、潜入捜査みたいな真似は危険じゃない? 相手は男なんだし」
「多少の荒事には心得もありますから心配無用ですよ」
「そう?」
「正直巧く会話を誘導できるかはわからないですけど、犯人の素性だけでもわかれば大きな一歩なんです。最低でも顔は拝みたいと思っています」

 仕上げに鏡の中の美しい少女の髪にかんざしを挿してやりながら、曹依依は心配そうに顔を曇らせた。

「私も同席するけど、変な事されそうになったら本当に迷わず逃げるのよ?」
「そこは大丈夫ですって。自分、鍛えてますから!」
「……あのね、慣れない服だと冗談抜きで動きづらいわよ。特に露出やひらひらの多いこの手の服は」
「あはは大丈夫ですって、どうせ何もないですよ」

 お気楽にそう言って笑う少女に曹依依は余計に不安そうにする。彼女を頂くなら自分が!とか思って先を越される心配をしているわけではない。……いや一割くらいは思っていた。

「そろそろ行きましょうか、凛風ちゃん……いいえ凛凛リンリン
「はい、依依姉さん」

 敵の部屋へと依依の妹分、新人妓女凛凛として赴くのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

転生賢妻は最高のスパダリ辺境伯の愛を独占し、やがて王国を救う〜現代知識で悪女と王都の陰謀を打ち砕く溺愛新婚記〜

紅葉山参
恋愛
ブラック企業から辺境伯夫人アナスタシアとして転生した私は、愛する完璧な夫マクナル様と溺愛の新婚生活を送っていた。私は前世の「合理的常識」と「科学知識」を駆使し、元公爵令嬢ローナのあらゆる悪意を打ち破り、彼女を辺境の落ちぶれた貴族の元へ追放した。 第一の試練を乗り越えた辺境伯領は、私の導入した投資戦略とシンプルな経営手法により、瞬く間に王国一の経済力を確立する。この成功は、王都の中央貴族、特に王弟公爵とその腹心である奸猾な財務大臣の強烈な嫉妬と警戒を引き寄せる。彼らは、辺境伯領の富を「危険な独立勢力」と見なし、マクナル様を王都へ召喚し、アナスタシアを孤立させる第二の試練を仕掛けてきた。 夫が不在となる中、アナスタシアは辺境領の全ての重責を一人で背負うことになる。王都からの横暴な監査団の干渉、領地の資源を狙う裏切り者、そして辺境ならではの飢饉と疫病の発生。アナスタシアは「現代のインフラ技術」と「危機管理広報」を駆使し、夫の留守を完璧に守り抜くだけでなく、王都の監査団を論破し、辺境領の半独立的な経済圏を確立する。 第三の試練として、隣国との緊張が高まり、王国全体が未曽有の財政危機に瀕する。マクナル様は王国の窮地を救うため王都へ戻るが、保守派の貴族に阻まれ無力化される。この時、アナスタシアは辺境伯夫人として王都へ乗り込むことを決意する。彼女は前世の「国家予算の再建理論」や「国際金融の知識」を武器に、王国の経済再建計画を提案する。 最終的に、アナスタシアとマクナル様は、王国の腐敗した権力構造と対峙し、愛と知恵、そして辺境の強大な経済力を背景に、全ての敵対勢力を打ち砕く。王国の危機を救った二人は、辺境伯としての地位を王国の基盤として確立し、二人の愛の結晶と共に、永遠に続く溺愛と繁栄の歴史を築き上げる。 予定です……

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!? 「これは契約結婚のはずですよね!?」  ……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……? ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募予定作品です。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

処理中です...