凡人は美形悪役に転生するもんじゃない

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2 現れたのは些か様子のおかしい天敵主人公

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「――ええっ!? それではこの精巧な闇魔法陣はスカイラー様が構築されたものなのですか!? ならスカイラー様はレアな闇属性魔法使いだったのですね!」
「ああ。黙っていて悪かった」

 各地に仕掛けたスカイラーの破壊闇魔法の一つは、帝都にある月天宮からそう離れていない教会の、その敷地の外れに位置するとある地下空間にあった。
 基本皇族のみ入れるが、今じゃ苔蒸した地上の入口に見張りもいないしそもそも灌木に入口が半分隠れて誰も目を向けなくなった半ば忘れ去られた――墓所だ。
 故にグリーンを同行させても俺たちがここに来たことすらバレないので誰に文句も言われないだろう。

 ゲームじゃこの場所は訪れた主人公がスカイラーの仕掛けを消したついでに、この皇族ゆかりの古い群墓に眠るレアアイテムを見つけるってボーナスダンジョンとして機能する。

 スカイラーの破壊闇魔法の形状は設置場所により多少異なるが、ここでのそれは墓石の一つに罰当たりにもスカイラーが直接刻んだ精緻な魔法陣がそれだ。
 普通は魔法陣そのものにも魔力は込められているが、入念なスカイラーは補助の魔力源として細かく砕いた魔石を魔法陣の線の上から重ねて塗り込んでいる。それにより魔法陣は発動前でも微かな光を放っていた。塗り込まれた線には芸術品並みにはみ出しや歪みがなく流れるように綺麗に整っている。こうしてみるとスカイラーは手先が頗る器用なんだな。
 きっと内心じゃ不可解に思いながらも付いてきてくれたグリーンも、まじまじと墓石の魔法陣を見つめて丁寧な仕事だと称賛していたっけ。とは言え、彼の魔法関連の知識は一般人レベルだから何を齎すかを読み解けないものの、俺が前以て悪い魔法だと言及していたからか表情は優れなかった。

 そんな中俺はいつでも本格発動OKってスタンバイ状態の魔法陣を前にして立ち、グリーンにこれは俺の仕業なんだと正直に打ち明けたってわけだった。

 グリーンは非難はしてこなかった。むしろ直前とは打って変わって凄い才能だと大絶賛した。こういうのが帝国各地にあると教えても、どうして仕掛けたかを厳しく追及してくる様子もなかった。

「謝らないで下さいよ。スカイラー様は幼少のみぎりよりこの帝国と国中の鏡を滅ぼしたい壊したいと事あるごとに仰っておりましたから、その方法がご自身でようやく確立できたと言うわけですね。私個人としては喜ばしい限りです」
「え、喜ばしい?」
「はい。それを成すことがスカイラー様の幸せなら」
「…………」

 悪役皇子スカイラーよりも全然やべえのがここにいたよ。スカイラーのためなら倫理観丸無視とか……。
 もしやこいつはゲームのシナリオ通り消えてもらった方が世界のためにもい――――いやいやいやいや血迷うな俺。
 俺は悪役スカイラーを踏襲する気はないんだ。彼の周囲の人間たちの末路までを含めてな。将来幸せハーレム希望の俺の身の上にトラウマになるような血生臭さは必要ない。

「グリーン、俺を思ってくれるなら、俺のやることなすことにただのイエスマンはやめてくれ。俺がもしも人として間違った方向に踏み出したらその時はきちんと怒って正してほしい」
「スカイラー様……あなたは既にあなた自身で間違いを悟ったからこそここに来た、そうですよね?」
「ああ、そうだ。だからお前も俺への変に偏った過激な崇拝は捨てろ。その上でお前の手を貸してほしいんだ」
「スカイラー様……っ」

 真の友として忠義の臣としてグリーンに俺を正す役目があるように、俺にも真の友として誠実な主人としてグリーンを正す役目がある。
 俺はじっとグリーンを見つめた。グリーンの方も同様に。
 だが何故だグリーン・クリーンよ、どうしてお前は顔を赤くしてだらだらと変な汗を掻いている? しかも過呼吸気味じゃないかそれ?
 まさか何かの病気の発作か?
 俺は緊迫感すら抱きグリーンへと近付いて手を伸ばす。必要なら介抱をしないとならない。

「大丈夫かグリーン、どこか具合が悪いんじゃないのか?」
「――っ、いっいいえどこも悪くはありません! むしろその逆で絶好ちょ……あぁいいえいいえ気になさらないで下さい!」
「んんー? しかし明らかに様子がおかしいが」
「いえそのっあのっ本当です大丈夫ですからっ、ですからもうこれ以上は色々と危険がっっ」

 ――危険だって!?

「馬鹿言うな、むしろ危険があるなら放っておけないだろ!」

 案じてグリーンの肩に触れようとした刹那、俺たちの間を何か細長い物体が物凄い速さで通り過ぎていき、奥に佇む墓石の一つに当たってそれを粉々に砕いた。魔法陣があるのとは別の墓石だ。

「……危険って今のやつか?」
「い、いえ」

 蒼白になりながらグリーンはふるふると首を横に振った。じゃあまだ他の危険があるのか。それも気にはなるが今はこっちを優先だ。

 明らかに攻撃されたんだから。

 もしかすると風化で多少は脆くなっていたかもしれないが石を砕くって相当だろ。俺は内心恐る恐る破壊された墓石を見やってから、次にそれが飛んできた方へと視線をやる。
 確かあの墓石にはまさにレアアイテムが隠されていたはずだ。格納からくり箱みたいになっていて、墓石のどこかを押すと凹む部分があって後は自動的に開く仕組みだったか。
 この分だと一緒に砕けた可能性が大いに高いが、悪役皇子スカイラーな俺には必要ないからよし。
 だって主人公の光属性魔法を高める補助アイテムだもーん。知ーらなーい。

 それより、今さっき狙われたのは俺とグリーンどっちだろうな。
 ま、大方俺か。

 その根拠がたった今俺たちの目の前に現れた一人の背の高い若い男だ。

 旅装マントの下にゴツくはない甲冑を着けた冒険者風のそいつは、大きな剣を背負った背中をピンと伸ばし堂々たる威容で立っていて、真っ黒な前髪の下から覗く燃えるような赤眼でこっちを睨んでいる。

 ――主人公ブラッキー・ホワイトホール。

 進化させたりゲットしたくなるSFちっくな名前なんだってプレイ当初に思ったっけなぁ。

「あんたら、こんなひとけのない所で寄り添って何をしようとしてたんだ……?」

 ぶっちゃけ、それは俺の台詞だ。こいつこそどうしてここにいる?
 ゲームで主人公がスカイラーとここで戦うって展開はない。
 遭遇なんぞしないはずだ。

 陽気時々熱血が歩いていると言っても過言じゃないはずの青年キャラは、その影も形もないくらいに醸すオーラも声も目も荒んでいる。

 俺の知らぬ間にまさかの闇落ちか? プレイヤー好感度No.1主人公に一体何があった?

 俺は砕かれた墓石へともう一度ちらと目を向けた。瓦礫に紛れてブラッキーのだろう短剣が見える。先の通り過ぎた物体はあれか。ひぇ~ああはなりたくない。ま、スカイラーの体じゃあ単なる物理的な刃物攻撃程度じゃ掠り傷一つ負わないが。
 ただなぁー、転生初日からブラッキーと遭遇するとは何てツイてない。
 折角のボーナス美形ライフが一日も経たずに終了とか絶対に嫌だ。そうなれば天の審判所だってもう帰ってきたのと想定外にびっくりだろう。

 かと言って対抗するにしても、俺は土台ブラッキーに勝てる気がしない。

 いくらラスボススカイラーになったんだとしても、俺の戦闘スキルは結局のところ単なるボタン操作でしかないんだからな。実際に体を動かすのとはわけが違う。
 魔法呪文は覚えているからたぶん詠唱すれば魔法は使えると思う。こんなことになるなら魔法発動を宮殿で練習しておけば良かったよ。

「……誰かと思えばブラッキー・ホワイトホールですか」

 温厚なグリーンが珍しく親の敵みたいな目でブラッキーを睨み付けた。
 うぉえっ!? まさかグリーンはブラッキーと面識があるのか!?
 これはちょっと予想外。ゲームじゃ二人の接点はなかったのに、裏設定じゃ知り合いだったのか? だがどこでいつ二人は知り合ったんだ?
 対するブラッキーもさっきから同様にこっちをねっとりした目で見つめてくる。

 気のせいじゃなければ敵意剥き出しのグリーンをではなく、俺を。

 黒幕認定されている段階だろうから正義の王道主人公に殺意を向けられるのは不思議じゃない。しかしちと気になるんだが、あの眼差しは果たして本当に殺意なのか?
 んー例えばそう……ジェラシー、みたいな? そんなような眼差しに見える。なーんてそんなわけないか。ないだろ。ないよな。はぁ、主観って時に当てにならない。
 ただ、そんな小さな違和感を消せないままにブラッキーの視線を受け止めていたら、何だか寒気がしてきた。

 奴とこれ以上目を合わせたら駄目だって俺の直感が訴える。

 側近曰く良く当たるってスカイラーの直感がNOを告げてくる。

 これ以上はブラッキーの何かまずいスイッチが入りそうだから、と。

 んで、さりげなく視線を逸らした。

「……やっぱり僕はその扱いかよ」

 その扱い?
 低い声を発したブラッキーがギリリと奥歯を軋ませた音がここまで聞こえた。ぎゃーっちょっと顔を合わせただけで相当お怒りのご様子ですよ!?
 やっぱりって発言の真意はよくわからないが、こんな人知れずの場所を選んで闇魔法を設置した卑怯なスカイラーに憤るのはわかる。
 こりゃさっさと逃げるに限るな。
 今日のここの魔法解除は諦めて、後日また出直すか。

「グリーン、行くぞ」
「え、スカイラー様!? よ、宜しいのですか?」
「何がだ?」
「あの男を放置してですよ。常々鬱陶しい消したいと呟いていたじゃないですか。今日だって奴の月天宮奇襲計画を察知して、それならと月天宮に誘き寄せて逆に返り討ちにする作戦でしたよね? ですのにこうして作戦を忘れたかのように出掛けてきたのでちょっと驚きましたよ」
「え……グリーン?」

 そうだったのかスカイラー? グリーンとの極秘作戦中だったのか?

「スカイラー様の意表を突かれたというそのお顔。新鮮ですね。ふふ、スカイラー様は私が何も知らないとお思いですよね?」

 うん? その台詞からするとスカイラーは話していないのに、ところがどっこいグリーンは作戦を知っているって感じか? え、何で? 呟きまで拾える魔法のマイクか何かでスパイされていた、とか? ああだからブラッキーの存在を知っていたのかも? あはは、だが忠犬グリーンに限ってそんなある意味背信行為みたいな真似するか~?
 ………………。
 無言になり大きく疑惑を膨らませていると、グリーンが急にハッとして勢いよく腰を折った。

「スカイラー様、このグリーン早とちりしてしまいました。去ると見せかけて隙を狙っていたのですね。ここまでの一連が全て作戦のシナリオ通り。最終的にはここへと誘き寄せて人知れず始末するおつもりだったのでしょう? さすがはスカイラー様です。それなのに私が愚かなばかりに邪魔をしてしまいうっかり台無しにするところでした。誠に申し訳ありません!」
「あ? あ~~え~~っと、まあ少し灸を据えてやろうかと思ってな」
「少し灸……? 葬らないのですか? 折角目撃者もなくそうできるチャンスですのに?」

 ハハハハ、話を適当に合わせるんじゃなかった。実はグリーンの方も闇落ちしてるのかー? そして知るのがちょっと怖いから敢えて情報収集方法も聞かないぞ~?

「よく聞けグリーンよ。俺は無駄な争いは好まない。この先の旅を考えるとな、体力の浪費は得策ではないんだ。だからそいつには構わず俺たちは俺たちの道を行く。成すべきことをしに行く、わかったな?」

 グリーンはまだ少し不服と戸惑いを見せたが、敬愛する主人の言うことだからと自分を無理矢理納得させたのか頷いた。……うーむ、こいつには一生俺への諌言は無理だろうなー。

「そういうわけだ、ブラッキー・ホワイトホール。悪いが今はお前と遊んでやる暇はない。これで失礼する。皇族でもないお前が無断でこの墓所に立ち入ったことは不問に付してやる。そっちも長居はしないことだな」

 俺は内心じゃ攻撃されやしないかとヒヤヒヤしながらも、出口に向かうにはブラッキーの横を素通りしないとならないので喋りながら近付いた。グリーンも俺に従っている。
 俺たちが近付く間、主人公ブラッキーは視線を動かすだけでその場を微動だにしない。
 直近の会話は油断させるもので実は俺たちが不意打ちしないか警戒しているのと、逆に不意打ちできないかと隙を窺っているに違いない。

 俺はとうとうブラッキーの横を通り過ぎ、背を向けたまま前進する。

 本当は猛ダッシュしたいが、ほら野生の熊に遭遇した場合下手に走って逃げると熊を刺激してむしろ追い掛けてきて危険だって聞くだろ。それと一緒だ。
 敵にはこちらの余裕を見せてやりながら確実に一歩一歩を踏み締めて距離を稼ごう。マジでどういう知り合いなのかブラッキーのことが嫌いなんだろうグリーンも頼むから余計な揉め事は起こすなよ?

「――待てよスカイラー!」

 ブラッキーが叫んだ。
 クッソ~、見逃してはくれないか……!
 俺は手に汗を握ってゆっくりと踵を返した。

 するとどうだろう、何故かブラッキーはとてもびっくりした様子でたじろいだ。

 は、何? 俺はお前に呼び止められたからこそ振り返ったわけだが?

「ふっ何だブラッキー、まさかこの俺の美貌に中てられたか?」

 一目見れば麗しさが心地好くて中毒性のある美形だからなスカイラーは。反応がどこか可笑しくて揶揄してやったら、ブラッキーはむすっとした顔付きになった。
 ……って俺は何を愚かな真似をーっ! 熊いやいや天敵を刺激してどうするーっ!!

「ハハハ、なーに、ちょっとした冗談だ。真に受けるなよブラッキー?」

 焦りを必死に押し殺し敢えての冷笑で余裕を噛まして、俺は再び去ろうとした。
 その矢先だ。

「スカイラー様!」

 余裕ぶって目を離したのはやはり悪手だったのか、グリーンの緊迫した声が届く。
 反射的にブラッキーを顧みると、案の定俺へと飛ぶような猛突進で迫ってきているじゃーあーりませんかっ。さすがは冒険系ヒーローの鍛え抜かれた脚力だ。
 俺も滑らかなステップで突撃を回避しようと試みたが、僅差で向こうが早かった。ぐわっとブラッキーの陰が大きくなり一気に肉薄されたんだと悟る。うわっこれはド突かれるパターンか!

「――っ!?」

 気付けば掻っ攫われるように踵を浮かせられて運ばれて背中を石壁に押し付けられていた。憐れ俺の帽子は地面に落ちて取り残される。加減されていたのか少しも痛くはなかったが。案じたグリーンが離れた所から俺の名を連呼して駆けて来ようとする。
 ひえーっさっきまでいた地点からこんなに離れたのか。主人公すげー。そんなすげーアクロバティックブラッキーさんは腕を一振りしてグリーンの足元を的確に狙った光魔法の白い楔を投げ放ち足止めする。ひえ~っ忍者顔負けだ。

「スカイラー・ヘルス、僕をおびき寄せるつもりだったって本当なのか? つまりあんたは僕のことを考えていたと? 嘘じゃなく?」
「だ、だったら何だ」

 グリーンはすぐにでもまたこっちに来ようと動くだろう。それなのにブラッキーはもうグリーンを気にしていないようだった。そもそも長時間の足止めは必要ないのかもしれない。俺をサクッと殺すだけなら。
 そんなブラッキーは妙に真面目な面持ちで真正面から俺を見据えると、実に悩ましそうに溜息を落とした。

「スカイラー、今日のあんたは熱でもあるのか? 僕と会話をするし僕を名前呼びするし無視もしない。微笑みすら向けてきた」
「は、い?」

 何を言いたいのかピンとこない。これは直前のこいつの台詞からの俺の即席の憶測だが、これまでスカイラーは顔を合わせてもブラッキーのことをガン無視して名前も口にしなかった、とか? あと微笑みと言っても冷笑だがそこはいいんだろうか。俺ならちょーうムカつくぞ。

「しかもこそこそと宮殿を抜け出すし、全くあんたらしくない」

 ぎくっ。

「そ、そうか? 俺をよく知りもしないで勝手なイメージを持たれてもな」

 この外見は敵味方様々な方面からスカイラーに理想の男性像を押し付けてきた。彼が自分の顔を嫌うのもそれらが理由の一部だ。大きなものとしては幼少期に男女問わずの小児愛者のクズ貴族連中から愛玩物だと盥回しにされた言葉にするのも憚られる虐待の過去がある。まあ魔法使いだったおかげで抵抗できて最後まではされなかったようだが。

 スカイラーは現在でこそ次期皇帝と有望視されている皇子だが、小さい時は全く見向きもされなかった皇子なんだよな。当時は幅を利かせていた正室の子供ではなかったが故に大切にされていなかった。むしろ死んでもいいとすら思われていたようだ。皇位継承争いの醜い一面だな。

 だから彼が大胆にも大掛かりな闇魔法を仕掛け、帝国が滅んでもいいとすら思っていたのは決して誇張でも嘘でもない。マジ本気のリベンジだ。
 そんな子供時代があったからこそ強かに成長して大人になってこうして帝国内での力を手にしたわけだから、ある意味皮肉だよな。酷い目に遭わなければ図太く生きられなかっただろうから。
 鏡を見たくないのだって嫌な思い出が蘇るからと、確かそういう設定だった。

「よく知りもしないって? へへ、あんたのことなら結構知ってるよ」
「それは敵として、だろ?」
「それだけだと思うか?」

 やけに意味深に聞こえるな。不本意にも依然壁ドンされている俺が訝りに眉を寄せた時だ。

 ふわりと頬に柔らかな髪先が掠めたかと思えば、ブラッキーからガブリと首に噛み付かれていた。
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