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第一章

27 或いは悪役、或いは純愛

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 ある時、常闇のどこかで彼は目覚めた。
 彼はワイバーンをとある王国の王都へと向かわせた張本人だった。
 兵隊と、そして聖女という存在によって襲撃は失敗したようだったが。

「剣と魔法がメインの世界なのかここは。面白いね。それにしても僕が悪魔? 魔族? 何であれそんなのは悪役だよね普通。なら折角だからその役に準じようか。けれど何の役だろう? きっと僕の奥さんだったら僕がこの世界の何なのかを知っていたんだろうけど、彼女はいない」

 最愛の人を想う時、目の前の魔物を引き裂きながら彼はその顔に穏やかな笑みを湛える。頬には殺して飛び散った魔物の血が付着したが別段気にも留めない。嫌悪も優越も、特にこれといった感情が湧かないのだ。

「にしても、ここがまさかあの男が実際にいる世界だとは何て幸運だろう。彼女が知ったら泣いて悔しがったろうなあ。あの推しのセオ様に会えるなんてあなたってばずるいわ~っ、とかね」

 彼はふっと笑みを消す。

「前世じゃ、彼が小説のキャラで良かったと心底思ったっけ。生身の人間だったならきっと僕は彼には勝てなかった。彼女と結婚なんて不可能だった。彼が創作物の男だったからこそ彼女は現実では僕を選んでくれたんだ」

 それでも彼は死ぬまでセオドア・ヘンドリックスというキャラクターが大嫌いだった。

 彼の妻はずっと心にセオドアを秘めていた。

 彼女は自分の女なのに、常に絶対に勝てない相手に盗られているような気持ちは生涯拭えなかった。
 お互いに背中が丸くなっても彼女はセオ様セオ様と口癖のように語った。目を輝かせて頬をほんのり染めて。
 隣に自分が寄り添っていてさえも。
 だから彼はセオドアが誰より嫌いだ。
 愚かな嫉妬なのは自覚している。
 一度死して尚、こうして前とは違う存在として生まれてさえ。

「奥さんからは逆恨みって詰られそうだけど、殺しはしないんだし、馬鹿な夫の嫉妬心とこれくらいは許してくれよ。セオドア・ヘンドリックスが治める国を潰すくらいはさ。さて、次は何を仕掛けてみようか」

 ここが実はリアルな夢であれ幻の現実であれ他の何かであろうとも、思い切り羽目を外して。

「うーん、セオドアをギャフンと言わせるためには、まずは例のその聖女をどうにかすべきかな」

 思案し計画を練る彼は鋭い爪に引っ掛けていた魔物の残骸を振り落とし、にんまりと口角を押し上げた。




 大河の如く長いこの世界の歴史の流れの中、偶然か必然か同時期に別の自分に目覚める因縁、前世から導かれた奇縁、変容してしまったストーリー。

 この世界の運命の悪戯は、あたしの知らない所でも確実に進み、そしてまた交錯しようしていた。
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