悔しくも自覚させられまして~幼馴染の強かな計画~

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『女除け、なるほどね……ふーぅむ、だけどそんな真似して良いの? 偽装だってバレたら怒られるわよ。あなたを色んな集まりに出席させてたのはそういう縁が目的だったんだろうし、ブラック家の皆は絶対反対すると思うけど』
『いいんだよ。どうせ興味ないし』
『興味が、ない……?』

 マーヤはパッチリした大きな目を更に丸くした。
 今の今までそんながあるかもしれないなんて思いもしなかった。

『まさか、エディって男が好きっていうそっち系の人なの……?』
『はあ? いきなり何を言い出すんだよ』
『だって女の子に興味ないんでしょ?』
『興味ないってそういう意味じゃないって……』

 何やら呆れたようなどことなく不貞腐れたような声を出すエディは、がくっと項垂れて参ったような諦めたような溜息をついた。

『まだそういうの考える時期じゃないって話』
『ああー……ってあなただってそういう時期だと思うけど』
『とは言え、マーヤ程には焦らなくてもいい』
『ああそうですかっ!』

 カチンときたが、しかしまあその通りでもあったし正直な所一人きりで社交界に戻るよりはマシかもしれない、と彼女は思った。

 何故なら、きっと普通に社交界にいるだろう元婚約者と自分一人で顔を合わせるのを想像すると、きゅっと心臓が竦むような嫌な動悸がするからだ。

 決してかつての甘い鼓動ではない。

 ただ、最近は平静を保てているが、失恋の傷は全然古傷ではないのかもしれない。

 そこは自分でもまだよくわからなかった。

 以前の婚約破棄現場では、衝撃的過ぎて相手を面罵するなんて思い付きさえしなかった。そのまま呆然として家に帰って以降、社交界への一切の出席をやめたので、当然彼とも一度も顔を合わせないまま現在に至っている。
 今の自分が彼の顔を見たら酷い奴だと泣いて喚くのだろうか。
 そんなみっともない真似をしたくはないが、感情が制御できなければそうなる可能性は皆無ではない。
 ぎゅっと胸の前で拳を握り込んで、マーヤは幼馴染を見つめた。

『じゃあ、あたしからも条件』
『何だ?』
『あの人……元婚約者の前では一人にしないで。絶対一緒にいて』

 思ったよりも声が上ずってしまってちょっと恥ずかしくなって俯いた。

『ちょっとまだ顔合わせてみないとわからないけど、悲しかったのが甦って酷く取り乱すかもしれないから、そこだけはお願い』

 しばし間があった。

 人の流れのある社交の場では必要な挨拶や付き合いもあるだろうしで、必ずしもそんな都合よく行くばかりではないのだとマーヤだってわかっている。
 それでも言わずにいられなかった。
 エディの頼みを断ろうとは思わない。
 先の理由に加えて、両親もさすがに失恋とは別の意味での心配をし始めているようだったから、渡りに船と彼らを一時的にせよ安心させられるなら良いとマーヤの方も思ったのだ。その相手が良く知るお隣さん家の息子ならその安堵も大きいだろう。
 しかし、いざ頼みを受けて公の場に戻るにしても、自分は所詮普通の人間で、やっぱり本音を言えば不安で誰かに頼りたかった。
 それがエディなら、持ちつ持たれつだしでちょうど良い。

『ごめん、無理な要望なのはわかってる。そっちはそっちの交友だってあるだろうし、そうそういつも首尾よくはいかないわよね。絶対って言ったけど、まあそこは出来る限りでいいから』

 要はマーヤ自身が周囲に注意して、もしも元婚約者を見掛けた時は彼に近寄らなければいいだけの話だ。

 向こうだってわざわざ追い掛けてまで婚約破棄した娘の顔を拝みたいとは思わないだろう。

『……まだ、あの男を引き摺ってるのか?』

 問い掛けの声はいやに落ち着いていて、するりと耳に入ってきた。

 てっきり面倒臭がられると思っていたのでちょっと意外に感じて彼の方を見やれば、存外真面目な眼差しとぶつかった。
 揺るぎのない真っ直ぐな瞳に一瞬微かに息が詰まった。
 びっくりしてドキリと心臓が跳ねた。

 エディはどこか怒っているみたいだった。

 いつまでうじうじしている、さっさと立ち直れと叱責したいのを堪えているのかもしれない。

『好きとかそういうわけじゃないわ。単に一人で会っちゃったら心細いって言うか……。ずっと引き籠ってたから臆病になっちゃったみたい』
『本当に、もう何とも思ってないのか?』
『少なくとも前みたいな憧れはないわよ。大体、エディだったらあんな事されていつまでも好きでいられる?』
『……まあ、俺の運命の相手なら?』
『はあ? 何よその不明確な神秘論。もっと現実的に物を見なさいよね』

 するとエディはフッと笑った。
 堂々として、きっと数多の女の子たちを魅了した笑みで。

『なら、お前もそうしろよ。むしろ会う前からビクビクしてるなよ。この俺様が恋人として紹介する以上、嫌な思いはさせるかっての』
『あなたって無駄に自信家になったわよねえ……』
『ははっ無駄に自信でもつけないと欲しいものは手に入らないだろ』
『野心家にもなったみたいねー』
『野心?』

 エディは思いもかけない言葉でも言われたようにキョトンとしたものの、にやりと口角を持ち上げてみせた。

『まあ欲張りにはなったかもな』

 歯を見せてシシシと悪戯笑いをすると、エディはむしろ逆にその元婚約者を見返してやれと言わんばかりに社交界でブラック家の自分と付き合うメリットを並べ立てた。
 容姿、家柄、能力、財力、男除け等々と実に流暢に語った。

『……男除けって、あたし一応次の相手探さないといけないんだけど』
『好きでもない奴に言い寄られてもいいのか?』
『それは……』
『誰か気に入ったのがいたらまず俺が品定めしてやるよ』
『どうしてあなたがするのよ』
『俺のためだ。恋人に他の男がいるなんて思われたら女除けにならないだろ?』
『それは一理あるけど……』

 そう言えば偽装恋人の目的はそれだったと思い出す。
 納得していると、意外にも気弱な声が聞こえた。

『あのさ、頼むからしばらくは誰にも惚れてくれるなよ?』

 こちらを見ないままの横顔には駄々っ子が浮かべるような不満と、そして何かを懸念するような色もある。
 もう一つ、探るような懇願も。
 令嬢たちに日々アプローチされまくってエディも余程疲れて切羽詰まっていたんだろう、とマーヤはそう思った。
 今まで好みの女性はいなかったのだろうか、とふと疑問に思ったがいなかったからこうして頼まれているのだと思い直す。

『安心してよ。あたし、本音を言えば恋愛事は当分遠慮したいから。仮面夫婦ならぬ仮面恋人をしかと務めさせてもらうわね』

 何故か一時酷く静かになったというかエディが絶句して、マーヤは首を傾げた。

『エディ? どうかした?』
『や、お前さ、それでいいのかよ?』
『何が?』
『枯れてんなー』
『大きなお世話! 取引成立ね!』

 今度は逆にマーヤの方が切り株からすっくとお尻を上げて腰に手を当てエディを見下ろした。キッと睨む感じで。

『それじゃ今日はもう帰るから。偽恋人が必要な集まりがある時は事前に知らせてね。女子には色々と準備があるんだから』
『わ、わかったよ』

 いつもいつも女性たちからはキラキラうっとりした目で見つめられるばかりで、こんな胡乱な眼差しを向けられたりしないから免疫がないのか、ちょっとキョドる様に多少留飲が下がった。
 くるりと背を向けて歩き出すと、彼は慌てて立ち上がって付いてくる。

『あなた反対方向でしょ?』

 肩越しに振り返るとそうだけどと彼は小さく言ってそのままの声音で続けた。

『なあ、明日もここ来るよな? この際色々と俺の人生相談聞いてほしいんだけど』
『雨じゃなければね』
『ホントか? やった! んじゃ明日な~!』
『いやちょっと雨じゃなければだってば!』
『わ~かってる~って!』
『いやいや絶対わかってないでしょ! って話聞け~ッ!』

 叫んだが彼は後ろ手を振りながら颯爽と駆け去っていった。
 彼は昔から人の話を聞かない所がある。ああやって上機嫌だと大抵がそうだ。
 昔もよくこうやって約束をして、翌日雨が降っても彼は日によっては傘も持たずにここに来ていて、だから更に翌日風邪を引いていた。どうやら雨が降る前に家を出たせいらしい。だったら一旦戻れとがっくり呆れたものだ。
 領地境の森と言っても子供の足でも双方の屋敷から容易に辿り着ける距離だったし、森の奥ではなくて入って間もないといって良い場所でもあった。両家共同での管理が徹底し危ない肉食獣だっていない。戻るのだって容易なはずなのだ。
 朝ブラック家の方から遣いの人間が訪れて、わざわざエディが寝込んで遊べないとの言伝を寄越してくる度に、マーヤはエディは馬鹿なのかもしれないと思ったものだった。
 報せを寄越すのは律儀だが、だったら最初から雨の日はなしだと理解してほしいものだった。

『はあ……明日、晴れると良いけど』

 マーヤは木々の間に広がる今は晴れている青空を仰いだ。
 さすがに成長してくれたと思いたい。
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