運命の息吹

梅川 ノン

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3章

ルシアの発情

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 一年の時が過ぎた。ルシアは匂い立つように美しく成長した。元々の美しさに更に磨きがかかったようだ。その身から発する芳香も隠すことができないようになっていた。
 乳母のセリカも、侍医もそれを案じた。ベータでも感じる匂い、ましてやアルファなら……もしどこかのアルファがその匂いに引き付けられたらと……。万が一にも間違いがあってはならないと、神経をとがらせた。
 ルシアに最初の発情が訪れた。本人には急なことだが、周りの者たちはそろそろと予想していたことだった。
 侍医は、即座に用意していた抑制剤を飲ませた。効き目を見極めながら、慎重に量を調整する。
 それをセリカは不安げに見守る。身の内からくる熱で熱いのだろう、額に浮かぶ汗を拭いてやりながら、背を優しく撫でてやる。
 ルシアは、熱の籠った自分の体を持て余した。熱く、そして疼くような感覚にも苦しむ。これが発情? オメガだから? お母さまもこんなふうだった? 覚えていなかった。
 ルシアが母の発情を覚えていないのは当然だった。番がいるオメガにも発情期はあるが、番のアルファが、抑えることができる。しかし、番のいないオメガの発情は薬で抑制するしかなく、通常それはとても辛いものだった。
 それが、番のいないオメガは可哀そうだとされる理由で、オメガが番を求める理由でもあった。
 ルシアは、こんな時こそ兄王が傍にいて欲しいと思った。しかし、国王である兄王が、多忙であることは十分理解していた。
「ルシア様、大丈夫ですか? なにかお望みになることはありませんか?」
 セリカが、ルシアの頭を撫でながら優しく問う。
「うん、大丈夫……兄上様に来ていただきたいけど、我儘だよね」
「ルシア様は我儘なんてことありませんよ。望んでいるだけですもの。我儘とは、だめだと分かっていることを、覆そうとすることですよ」
 それでも、ルシアは兄王に来て欲しいと、自分から願うのは僭越だと思いセリカの言葉に頷くだけだった。
 セリカはそんな、健気なルシアが哀れでそして心の底から愛おしいと思った。
 そして、ルシアには幸せになって欲しい。オメガの幸せは、やはり番を持つことだろうと、このルシアの状態を見て改めて思う。
 亡くなったルシアの母親の発情の状態と明らかに違う。これが番の有る無しなんだと、ベータのセリカは思うのだった。

 フェリックスは、王宮でルシアに発情期がきたことを知る。かねてからそれは、そう遠い事ではないと思ってはいた。
 実際にその知らせを受けると、まだ幼さを残した少年のルシアが、大人の階段を一段上ったことに感慨深い。なんとなく、父親のような気分にもなる。実際ルシアにとって、己は父王の代わり、つまり父親のようなもの。
 そうなると、ルシアをどこの馬の骨にもやれないという気持ちになってくる。フェリックスは、ルシアに対して庇護欲と共に独占欲も強めていた。どこにもやりたくない、ならば己が番うしかなかろうと。

 ルシアの発情がきたとの一報の翌日、続報がきた。曰く、薬で抑制しているがかなり辛そうな様子であると。
 すぐに奥の宮に行ってやりたかった。しかし、番のいないオメガの発情に当たられたら、アルファの理性は保てない。番う前にルシアを抱くわけにはいかない。
 なし崩し的にルシアを己の者にしてはいけない。きちんと手順を踏んで、正式にルシアを国王の番にせねばと思っている。
 それは国王としての矜持でもあり、兄としての思いでもあった。
 フェリクスは、奥の宮の執事、侍医そして乳母にルシアの発情が落ち着いたら直ちに宮殿に伺候するように命じる。
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