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12章 春遠き、春近き

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 成利の表情から、微笑みが消えた。ここ森崎城に来た当初は、硬い表情だったが、最近は随分と柔らかくなり、時に微笑みを見せることもあった。それが、消えてしまったのは、久世の恐れた通りだった。
 久世は、大高城の落城は、四国で朝行の書状にて知った。松川への怒りと共に、それを知った時の、成利の衝撃を思いやった。故に、この件は自分が伝えるまでは、成利の耳には入れるなと、固く命じた。
 成利の受けるだろう衝撃と、その後にくる悲しみを救ってやらねばならない。それが出来るのは、己のみと思うからだった。

「なにっ! 仙殿がうなされているじゃと!」
 葉月が、ここ最近夜中に、成利がうなされていることを伝えると、久世は驚きの声を上げる。
「毎晩か?」
「はい、ここ三日ほどは……三郎さんでも、あたしにも宥められなくて……体に触れると余計に嫌がるので」
「何故もっと早く知らせぬか! 三郎を呼べっ!」

 呼ばれた三郎は、すぐに飛んで来たが、その全身は憔悴していた。ここ最近は、うなされる成利のために、眠れぬ夜を過ごしていたからだ。
 久世は、三郎の顔を見るなり、ことの次第を性急に質した。
「つまり、うなされるようになったのは、落城を知ってからということか。以前はそのような事、なかったのか?」
「はい。それは……」
 三郎は、言いにくそうにする。
「わしには、隠し立てするでない。詳しく聞かねば、対処のしようもない。このままでは、そなたも辛いであろう」
「実は、駿河から帰還した後もしばらくありました。しかし、ここ何年かは落ち着ておられたのでございます」
「駿河か……やはりあの頃の傷は深いということか……その頃は、誰か宥めることは出来たのか?」
「乳母が宥めておりました。その乳母は亡くなったのですが、その頃には落ち着いておられたので……」
 つまり、駿河での悪夢でうなされていたのを、乳母が宥めていた。おそらく時間が薬になったのだろう、落ち着いていたのが、落城の衝撃で甦ったと言うことか。宥め役は、以前は乳母だったと言うことは、湯殿と同じ理屈だと、久世は考える。
「あいわかった! 今度うなされるなら、わしを即座に呼べ! よいか、すぐにじゃ!」
「し、しかしながら夜分ですが……」
「寝ていてうなされるのじゃから当たり前じゃ! とにかくすぐに呼ぶのじゃ!」
 断固とした命令口調に、三郎は平伏して久世の元から下がった。

 二人の立場の違いを思えば、今の久世の物言いは、当然ではあるが、再会以来同輩に対する物言いだったのが変わった。しかし、三郎は全く不快には思わない。むしろ、自分に対する物言いが変わるほど、成利の事が心配なのだろうと、ありがたくさえ思うのだ。
 しかし、うなされる成利の姿を見せて良いのだろうかという、戸惑いもある。主の自制を失った姿を、見せることになるのは、避けたいと思った。
 成利が狂態を見せても、久世は見捨てないだろうか……。受け止めて欲しいと望みつつも、不安も隠せない。
 しかし、これだけは断言できる。久世が、受け止める以外に、成利が救われることはない。どうか、受け止めて欲しい、三郎は心の中で祈った。
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