廃村双影

藤雅

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第一部 禁忌の村へ

「犠牲者」

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瀬川の身体が闇に呑み込まれる——。

 片桐は本能的に彼の腕を掴んだ。だが、指先に伝わる感触はまるで冷たい泥のように不確かで、掴んだはずの瀬川の腕が、影とともにズブズブと沈んでいく。

「瀬川!! しっかりしろ!!」

 床下から滲み出す黒い影は、まるで生きているかのように蠢きながら、瀬川の身体を引きずり込もうとしていた。

「影が……俺を……」

 瀬川の声が震えていた。彼の顔は恐怖に歪み、唇は乾ききっていた。

「諦めるな! まだ戻れる!」

 片桐は全力で彼を引き上げようとした。だが、その瞬間——。

ズズズ……

 瀬川の影が、別の影と融合するようにうねった。

 黒い波紋が床一面に広がり、まるで闇そのものが瀬川の身体を飲み込んでいく。

 片桐の腕に、冷たく湿った何かが絡みついた。

「……な、なんだ、これ……!?」

 それは、ただの影ではなかった。人の形をした何かが瀬川の背後に現れ、彼の身体に寄り添うように立っていたのだ。

「瀬川! 後ろに……!」

 だが、瀬川はもうこちらを見ていなかった。

 彼の瞳は虚ろに開かれ、その口がゆっくりと動く。

「……影が……俺を……」

 次の瞬間、彼の身体は完全に影へと沈み、床下の闇へと吸い込まれていった——。

ボフッ……

 何かが消滅するような音を最後に、そこにはもう瀬川の姿はなかった。

 ただ、彼が立っていた場所に、濃い影だけが残されていた。



 片桐は呆然と立ち尽くしていた。

 まるで、現実感がなかった。

 さっきまでここにいたはずの瀬川が、一瞬にして消えてしまった。

「……瀬川?」

 彼の名前を呼んでみるが、返事はない。

 代わりに、部屋の静寂が重くのしかかる。

「嘘だろ……」

 片桐は震える手で、瀬川が消えた床下を覗き込んだ。

 そこにはただの闇が広がっているだけだった。

 いや、それだけではなかった。

 床下の奥——暗闇の先で、誰かがこっちを見ている。




 片桐は息を呑み、後ずさった。

 床下の暗闇の中に、確かに何かがいる。

 それは、瀬川の形をしていた。

「……おい、瀬川か?」

 震える声で呼びかける。

 だが、それはただ、黒い塊のままそこに佇んでいた。

「……たすけ……て……」

 掠れた声が闇の奥から響いた。

「瀬川!!」

 片桐は再び床下に手を伸ばそうとする。だが、その時——。

 カン……カン……

 どこからか鈴の音が響いた。

 その瞬間、影の塊が僅かに揺れ、消えた。

「……今の音は……?」

 片桐は息を詰めたまま、辺りを見渡す。

 だが、何の変化もない。

 ただ、彼の影が僅かに揺れているように見えた。




「……影に飲まれた者は、この村のどこかに囚われるのか……?」

 片桐は震える手で自分の影を見つめた。

 そして、気づいた。

 自分の影の形が変わっている。

 さっきまでの影とは違う。

 それは、もう一人の影を抱えているように見えた。

「まさか……瀬川の影が……?」

 影に取り込まれた者は、完全に消滅するのではない。

 影の中に取り込まれ、この村の一部として存在し続ける——。

 瀬川もまだどこかにいるのかもしれない。

「……必ず助け出す」

 片桐は拳を握り、立ち上がった。

 瀬川を失った今、彼は一人になった。

 だが、戦いはまだ終わっていない。

 この影の呪いの正体を暴き、村から脱出する方法を見つけなければならない。

 その時、霧の向こうから静かな足音が聞こえた。

コツ……コツ……コツ……

 振り返ると、そこには——

 瀬川の形をした影が立っていた。
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