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月夜

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美空編

覚めたくない夢

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教室に着けば虚ろげな顔をした凪先輩と、凪先輩の耳にヒソヒソ話をするかのように口を寄せ、何かを囁く輪廻がいた。
「今すぐそこから離れろよ、輪廻」
「なーんだ、戻ってきちゃったんだ」
残念、なんて言いながら舌を出す。
そんな輪廻の様子にイラつきながら、俺は凪先輩の元へと近づいていく。
「...凪」
そういうとビクンッと反応してこちらを向く。
いつも通り綺麗な瞳をして、こちらを見つめ、首を小さく傾ける。
「本当便利だよねその能力。頭部さえ残っていれば幾らでも人形化出来る。死んだ人間を好きに操れる。脳が残っていれば自動化も可能ってさ」
別に好きでこんな能力を得たわけじゃない。
あの時得たのがこんな能力だっただけで。
俺が望んだ訳じゃないのに。
輪廻に背を向けて、二人で歩く。
自然と無言で歩いてしまっていた。
何か目的を持っているわけでもなく、あてもなく彷徨っている。
そんな俺たちをとがむものも、止める者も何もない。
本当はどこかで全部わかっているけど、見ないふりをする。
輪廻の言葉の意味だって、能力の意味だって。
けど、認めてしまったら。それは俺が空っぽだという事実を認めてしまうようなものなのだ。
それができない。出来ないから。
いつまでも凪先輩に縋って、助けを求めている。
いつかまた、あの日のように自我を持って、俺を止めて欲しい。
「こんなの間違ってるよ美空。変わろ?もう夢から覚めようよ」
なんて言って俺の頬を包み込んで、そっと笑ってくれたら。
俺は夢から覚めることが出来るのに。
俺たちの家に着いたって、心の違和感は埋まらない。
綻びかけた糸をそっと縫い直すように、俺は心に鍵をかけた。
こんなの初めからわかっていたんだから。
凪先輩の体を洗う。
傷ついている箇所があるから、治さなくちゃなんて思って、俺の部屋に凪先輩を連れ込んだ。
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