催眠アプリを手に入れたエロガキの末路

夜光虫

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スマホ使った

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「――おいキモオタ、ちょっとジュース買ってきなよ」

 休み時間、俺はクラスの不良娘たちに呼び出されて、そんな命令を受けることになった。

 俺は学校で酷いいじめを受けていた。まあ暇さえあればエロ漫画を見てるような奴だ。詳しい事情は察してくれ。

「全員分、ちゃんと買ってこいよ。買ってこなかったら、お前が授業中にキモい漫画見てること、先生に言うからな」

 リーダー格の女にそう脅されて、いつものようにパシリに行かされることになった。女の子に負けて悔しいと思いつつも、言うことを聞くしかなかった。俺はスクールカースト底辺の奴隷だった。

 そんな時、ふと思い出した。昨日、自称宇宙人のお姉さんから催眠アプリの入ったスマホを渡されたことを。

 物は試しだと思って、全員のジュースにナノチップ溶液(催眠アプリの効果を発揮するための前準備として必要なやつ)を仕込むことにした。

 ぶっちゃけ、催眠アプリの効果なんて信じちゃいなかった。異物混入させてそれを飲ませて、単なる憂さ晴らしをしてやるつもりだったんだ。

 旧日本軍の末端兵が気に食わない上官の飯にフケを混入させて意地悪するみたいな、そんなノリだ。

 まあ、授業中にエロ漫画見てヤンキー娘に馬鹿にされていじめられている俺と、劣悪な環境に置かれていた旧日本軍の兵隊さんを一緒にしちゃ、だいぶ失礼なのかもしれないが……。

「お、わざわざプルタブ開けておいてくれるとか、キモオタのくせに気が利くじゃん。サンキュー豚野郎」

 そんなことを言いながら、不良娘たちは缶ジュースに口をつけていった。

 いじめをしていれば普通、報復を受けることを警戒するもんだが、間抜けなほどの無警戒っぷりだった。馬鹿だからそこまで気が回らなかったらしい。

 あるいは、俺のことを異物混入させるほどの愚図だとは思っていなかったのかもしれないが。だったら申し訳ない話だ。

「何見てんだよ豚野郎。もう用は済んだから、あっちでキモい漫画でも読んでろや」

 そう言われて追い払われた俺だが、少し離れたところで、彼女たちがジュースを飲み干すのをじっと眺めていた。それで頃合を見て例のスマホを取り出し、催眠アプリを起動した。

 無数にあるコマンドの中から、まずは「服を脱ぐ」という命令を実行させることにした。

 自分でやっててなんだが、到底あり得ないことだと思い、コマンドを実行させた後でちょっと恥ずかしくなった。俺って何やってんだろう、馬鹿じゃないかって。いきなりスケベなコマンドを選んでるし、どうしようもない奴だなって。

 でも直後、信じられない光景を見ることになった。

「あっついわね」
「そうね」
「脱ぐべ」

 不良娘たちが一斉に制服に手をかけ始めたのだ。

 彼女らはそのまま何の抵抗もなしに、制服、スカート、ブラジャー、パンツ、ソックス、ローファー、それら身に着けていたもの全部を脱ぎ捨てて、そしてすっぽんぽんになった。

 不良のたまり場で普段から人気ひとけがない場所とはいえ、いつ誰が来てもおかしくない。先生が見回りに来てもおかしくない。そんな場所で真っ裸になる。明らかに異常な行動だった。

 嘘だ、あり得ない。あいつらは仲間内でふざけて、そういう背徳的な遊びをしているだけだ。スカートめくりとか、ズボン下ろしとかと一緒で、そういう馬鹿みたいな遊びが流行っているだけ。全ては偶然の産物。

 そう思った俺は、今一度事実を確かめるべく、新たなコマンドを入力してみることにした。今度は「パラパラを踊る」というコマンドを選択した。

「脱いで解放的な気分になったし、何か踊りたい気分だな。パラパラでも踊るか」
「そうね」
「踊るべ」

 不良娘たちは、命令通りにパラパラを踊り始めた。

 裸のまま、軽快に踊り続ける不良娘たち。丸出しの乳とか尻とか、淫らにぷりぷりと揺らしているのに恥ずかしさとか微塵も感じていない様子で、楽しそうに狂ったように踊っていた。アプリでやめろと命令を下さない限り、死ぬまで踊り続けるんじゃないかって思えるくらいだった。

 背徳的かつ耽美的。現実では到底あり得ないエロ漫画の世界が、そこに広がってた。

 とりあえず俺はその様子を隠し撮りしつつ、信じられない思いで見つめていた。たぶん顎が外れるくらい、口は開きっぱなしだったと思う。

 冷静に考えて、不良娘たちがドッキリの仕掛け人なわけない。仮にドッキリだとしても、学校でこんな馬鹿みたいなドッキリを仕掛けてくるわけない。ましてや毛嫌いしていていじめている相手である俺に裸を見せるような、そんな狂った真似をするはずない。

 この催眠アプリは本物。そしてそんなオーバーテクノロジーなものを持っているなんて、あのお姉さんは本当に宇宙人だったんだなって、理解できたよ。

 その後の話は、言うまでもない。催眠アプリの魅力にとりつかれた俺は、俺をいじめていた不良共にあんなことやこんなこと――おおよそ盛りのついたガキの考えつくようなこと、下衆な欲望の限りをぶつけて復讐した。アプリのコマンドは無数にあって、思ったことは何でも実現できた。

 一度手を出してしまうとたがが外れ、もうとまらなかった。催眠アプリをどんどん悪用していった。

 手の届かなかった幼馴染、憧れのクラス委員長、美人女教師、初々しい教育実習生、いけ好かないイケメンの彼女、その他大勢。片っ端から全部俺のものにして、口に出すのも憚るくらいの下衆な行いをした。まんまエロ漫画に出てくるような、そんな感じのことだ。

 彼女たちは自分の人生が狂ったとは微塵も思っていないけど、傍から見れば大きく狂ってしまったのだろう。俺をいじめていた不良娘たちはともかく、何の罪もない彼女らには酷なことをしてしまったと、今になっては思う。

 俺は高校のみならず、大学、社会人と、その後の人生においても、催眠アプリを使ってやりたい放題やりまくった。催眠アプリがあったおかげで人生楽勝だった。

 条件があるので何でもできる万能の力というわけではなかったけど、催眠アプリによってたいていの願いは叶えることができた。人間の抱くであろう百八の煩悩の内、ほぼ全てと言っていいくらいの欲望を満たすことができた。

 宇宙人のお姉さんの言っていた通りだった。催眠アプリを手に入れてからというもの、俺の人生は大きく変わった。

 無論、悪い意味でだ。禁断の果実を手にしたアダムとイヴのように、俺はみるみる転落していった。

 転落とは言うものの、それは傍から見れば転落には見えなかったことだろう。周囲の人間にとっての俺とは、不思議な魅力と才能を持ち、天に駆け上るような大出世を果たした数多の成功者の内の一人でしかなかったに違いない。

 だが自分ではわかっていた。分を弁えない不相応な地位にいるって。催眠アプリがなければ、俺は確実にこの地位にはいなかったって。俺はズルをしてこの地位を得たのだと、心の底ではわかっていた。

 良識を持った人間からしてみれば落第。地球人ホモサピエンスとして失格だ。

 でも引き返すことなどできず、俺は欲望の続く限り、悪行を重ねてしまった。宇宙人のお姉さんに言われたことをちゃんと守っていたので、誰も俺を咎めなかったしな。

 一種の中毒状態に陥っていたのだろう。第三者が関わってくれない限り、この中毒状態からは逃げ出せなかった。

 もらったスマホが壊れてくれれば、あるいは中毒状態から抜けられたのかもしれない。だけども、生憎とスマホが壊れることはなかった。

 うっかり水に落としてしまったことも、高いところから落としてしまったこともあったが、まったく壊れなかった。きっと象が踏んでも壊れないに違いない。

 クルージングしてる際に海に落としてしまったこともあった。うっかり盗まれてしまったこともあった。

 だけど失ったことに気づいて後悔して絶望していたら、気づいたら手元に戻っていた。紛失した翌日の朝には、枕元にスマホが置かれていたんだ。「いい子にしてる君にプレゼント。今度はなくしちゃダメよ?」って書置きつきで。まるでサンタクロースが良い子にしてた子にプレゼントを届けてくれるみたいだったよ。

 まあ俺は全然良い子じゃなくて、駄目駄目な大人だったけどもね。スマホが無事に戻ってきたから明日からも美女と楽しいことができるなって、そんな最低なことを考えていたけども。

 修理要らずで、盗難・紛失にもスピーディーな対応。催眠アプリ入りの高性能スマホ、一生涯補償付きで、お値段はなんとゼロ円!

 謳い文句を考えるならそんな感じかな。

 そんな素晴らしいものをくれた宇宙人のお姉さんには、当時の俺としては、感謝しかなかった。

 俺は狂ったように催眠アプリを使い続けたよ。楽しくてしょうがなかった。スクールカーストの底辺だったのに、地球人ホモサピエンスの頂点にいるかのような良い思いが出来たんだからね。

 でも長い人生だ。たまに怖くなることもあった。失くしても戻ってくるなんて、まるで呪いの人形みたいだと思った。

 タダより怖いものはない。お姉さんがこんなものをくれた理由を考えると不安になった。

 そんな時は不安から逃れるように催眠アプリを使い、酒池肉林の生活を送って忘れることにした。嫌なことは忘れてエンジョイアンドエキサイティング。全部前向きに、楽観的に、俺に都合の良いように解釈する。

 完全に麻薬中毒者か何かだったのだろうな。刹那的快楽にただただ溺れていた。

 そんな暮らしを続けてどれくらい経っただろうか。人生も半ばを過ぎた頃の話だ。
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