私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ

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 大昔は平民で、行商人から始まったアインナーズ家。見事な商才で豪商と呼ばれるようになると、王から貴族として認められた。
 今では伯爵にまでなったアインナーズ家の令嬢──レイナは、幼少期からずっと一つ歳上のリリアナ・バイスター伯爵令嬢に目をつけられている。
 淡い水色の髪と、深い海のような青色の瞳を持つレイナは、大人の女性らしい魅力がある顔立ち。
 対してリリアナは、桃色の髪に金の瞳を持ち、幼さの残る可愛らしい顔だ。
 リリアナがレイナに抱く感情は、無いものねだりではあるが、それが嫉妬となってしまう。

 貴族の中でも上品さが求められる世界で、リリアナの巧妙ないじめは誰にも気づかれないように行われてきた。
 言葉の端々に込められる棘、冷たい視線、誰もが見えない場所で繰り返される侮蔑の数々。それらは、レイナの心に深く刺さり、彼女に孤独を植え付けた。

 しかし、レイナには親同士が決めた婚約者がいる。
 アインス・ガルタード侯爵家の嫡男である彼は、黒髪と妖艶な紫色の瞳を持つ美丈夫で、若い令嬢たちからは「惑わしのアインス様」と噂されているほどの魅力を持つ。
 アインナーズ伯爵家にとって、格上の貴族であるガルタード侯爵家との繋がりができるのは大きい。
 また、ガルタード侯爵家にとっても、国中の商人を束ねるアインナーズ伯爵家との婚約は願ってもないものだった。
 婚約者としては申し分ないが、二人の間に深い交流はなく、互いにあまり興味を示していない。政略的な考えのもとに組まれた婚約だ。

 ある日、華やかなパーティに参加したレイナは、周囲の令嬢たちと少し距離を取り、一人静かにアインスを待っていた。
 そんな彼女に目をつけたリリアナが、子爵家や男爵家の取り巻きの令嬢たちを引き連れて近づいてくる。

「まあ、今日も地味な装いね、レイナ。そんな格好じゃ、アインス様が興味を示さないのも当然よね」

 皮肉たっぷりの言葉に、取り巻きの男爵家や子爵家の令嬢たちは口元を隠しながら笑う。
 飽きもせず、よくもまあ嫌味が続くものだ。レイナは何も言わず、ただその場を去ろうとした……が、リリアナが歩み寄り、意図的にドレスの裾を踏む。

 ──ビリッとスカートが破ける嫌な音。バランスを崩したレイナはその場に転んでしまう。
 破れたドレスの裾からは、美しい肌が顕になり、周囲の視線が彼女に集まった。

「あらあら、レイナったらそんなに肌を見せて! 殿方の気を引くのに忙しいのね?」

 高笑いをするリリアナ。取り巻きの肩に手を添えながら、醜悪な笑みを浮かべている。
 悔しさと羞恥で顔を赤らめながらも、レイナは無理やりに立ち上がり、ドレスを整えながら貴族らしく振る舞う。
 リリアナを鋭く睨みつけ、侮辱を受けたことを無言で抗議したが、リリアナは何事もなかったかのように微笑んでいる。

「レイナ……君はなんてはしたない女なんだ! わざと肌を見せつけるようなドレスを着て……視線を集めるのがそんなに楽しいのか?」

 低く響く声に振り返ると、そこにはアインスが立っていた。
 彼の紫色の瞳には冷たい失望が宿っており、レイナの乱れた姿に冷淡な視線を向けている。

「アインス様……何を……?」

 震える声で彼の名を呼んだレイナだったが、アインスはそれに応えず、冷ややかに言い放つ。

「俺の名を呼ぶな、売女ばいため! 婚約は破棄させてもらう!」

 彼女の胸にその言葉が突き刺さり、レイナは震える手でドレスを掴む。
 愛のない婚約とはいえ、アインスのことを理解しようとしていた。気持ちなど、後からいくらでもついてくる……そう思っていたのに。
 レイナは、悲しげな瞳をアインスに向けることしかできなかった。
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