私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ

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 レイナは新しい日々を送っていた。
 貴族の令嬢としての華やかな生活ではなく、商人の世界で生きる道を学ぶ日々だ。
 ダグラスの指導のもと、市場に出向いて人々の話に耳を傾け、取引を立ち会い、どのようにして価格が決まるのか……どのように駆け引きが行われるのかを間近で見る。
 日に日に増す責任に、体も心も疲れるが、それ以上に自分が強くなる実感があった。

 夜になると、父の書斎でその日の出来事を報告するのが日課となっていた。

「今日は、見習い商人が値段交渉に失敗する場面を見ました。相手の言葉に流され、全ての主導権を失ってしまったのです。改めて、取引には強さと自信が必要だと感じました」

ダグラスは静かに頷き、穏やかながらも深い声で返す。

「良い学びだな、レイナ。取引とはただの言葉のやり取りではない。相手の心を読み、常に先を見据えることが重要だ。だが、決して人を侮ってはいけない。相手の価値を理解し、それに敬意を払うことが真の取引の心得だ」

 レイナは父の言葉に感銘を受けながら、胸に刻み込むように聞き入る。
 商人としての鋭さと誠実さを同時に求められる世界に足を踏み入れ、自分が少しずつ変わっていくのを感じた。

 そんなある日、アインナーズ伯爵家に一通の手紙が届いた。
 ダグラスが以前送った手紙、つまりアインスとの婚約破棄についての抗議に対する返答だった。

 ダグラスはその手紙を開き、内容に目を通すと、口元に冷たい笑みが浮かんだ。
 手紙には、こう書かれていた。

『婚約には、愛が必要だろう。同じ父として、ダグラス殿も分かると思うが、我が子に幸せを感じて欲しい。親として当然の願いだ。申し訳ないが、婚約は破棄させてもらう』

 レイナも父の横からその手紙に目を通し、ふと眉をひそめた。
 内容は丁寧ながら、どこか無責任で、自分たちが被った侮辱には一切触れていない。

 ダグラスは手紙を折り、机に置くと、皮肉な笑みを浮かべながら呟いた。

「なるほどな……ガルタード侯爵家は、よほど息子が可愛くて仕方がないらしい。息子が他人を踏みにじっておいて、その上で幸せにしたい、か……」

 レイナは口を噤み、父の表情を静かに見つめた。
 いつもは威厳に満ちた父が、今はまるで無礼な子供を相手にしているかのような冷淡な目をしている。

「うちの娘に酷い目を見せておいて、これだけで済ませるつもりか……まったく、世の中にはいろんな人間がいるものだ」

 ダグラスは自嘲気味にそう言うと、レイナに目を向けた。

「だが、レイナ。どう動くかは、自分次第だ。このまま泣き寝入りするか、それとも、この屈辱を踏み台にしてさらに強くなるか。お前はどうしたい?」

 レイナは少しの間考えたが、すぐにまっすぐな目で父に答えた。

「私は、この経験を力に変えたいです。アインス様の言葉や行動に負けず、アインナーズ家の誇りを守りたい。そして、私自身が変わり続けて、二度とあのような屈辱を味わうことがないように」

 ダグラスは満足そうに頷き、娘の肩に手を置いた。

「いい覚悟だ、レイナ。人を裏切り、己の欲望を満たすためだけに生きる者など、いずれ自ら滅ぶ。正しく強く生きる者こそ、本当の勝者になる。だが、最後の最後で道を決めるのはお前だ」

 レイナはその言葉を胸に刻み、再び決意を固めた。
 自分はもう、かつてのような純粋で甘い夢を抱く子供ではない。
 誇りをもって、現実に向き合う覚悟ができたのだ。

 翌日から、レイナはより一層学びに打ち込んだ。
 市場では計算された言葉遣いや鋭い観察眼が要求され、時には厳しい商談をも経験した。
 貴族の華やかさとは異なる、真の力を身につけるための日々が続く。
 その中で、レイナの心は少しずつ強く、鋭く、そして誇り高く変わっていった。
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