婚約破棄されたので、隠していた力を解放します

ミィタソ

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偽りの理想

四十話 王子の側近

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 ロジェン・ベイリーの屋敷は、王都の中心部から少し離れた場所にあった。表向きは静かな貴族の邸宅に見えるが、裏では”影の取引”が行われているとも噂されている。

 私は扉の前で軽く息を整えると、ノックした。

「どなたでしょう?」

 扉を開けたのは、使用人らしき初老の男だった。

「セシリア・バートレイです。ロジェン様にお話があって参りました」

 名を告げると、男はわずかに眉をひそめた。

「旦那様はお忙しいのですが……」

「フェリクス王子に関することでお話ししたいのです」

 私がそう付け加えると、男の目が一瞬だけ鋭くなった。

「少々お待ちください」

 男は扉を閉め、中へと戻っていった。

 しばらくすると、再び扉が開き、使用人が私を中へと招き入れる。

「ロジェン様がお会いになるとのことです。こちらへどうぞ」

***

 案内されたのは、書斎のような部屋だった。

 壁一面に本棚が並び、重厚な机の奥には一人の男が座っていた。

「……これはこれは、セシリア嬢」

 ロジェン・ベイリーは、ゆったりとした口調で私を迎えた。

 40代半ばくらいの男。痩せぎすで、目の奥には鋭い知性が宿っている。

 彼は手元の書類を閉じると、穏やかな笑みを浮かべた。

「まさか、あなたが私を訪ねてくるとはね。いったい、どんなご用件かな?」

 私は彼の視線を真正面から受け止めた。

「単刀直入にお伺いします。フェリクス王子は、裏で何を企んでいるのですか?」

 ロジェンの表情が、一瞬だけ変わった。

 だが、それはほんの一瞬のことで、すぐに微笑みが戻る。

「これは驚いた。そんなことを尋ねるなんて、あなたは随分と王子に関心がおありのようだ」

「王妃の座を提示された以上、当然です」

 私が静かに答えると、ロジェンは愉快そうに目を細めた。

「なるほど、なるほど……王子はあなたを選ばれたわけですね」

「答えを聞かせていただけますか?」

 ロジェンは少し考える素振りを見せた後、静かに言った。

「……フェリクス王子が目指しているのは、新しい王国の形です」

「新しい王国?」

「そう。彼は、現体制を変えようとしているのですよ」

 ロジェンはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見やった。

「貴族と平民の間には、今も埋めようのない壁がある。あなたもよくご存じでしょう?」

 私は黙って頷く。

 この国では、貴族と平民の格差が激しく、身分による差別は当たり前のものとされていた。

 ロジェンは続ける。

「王子は、その壁を壊したいとお考えなのです。身分に関係なく、実力のある者が報われる国を作る――それが彼の理想だ」

「……理想だけを聞けば、悪い話ではありませんね」

 私がそう言うと、ロジェンはくすりと笑った。

「ええ、そうでしょう? ですが、現実はそう甘くはない。貴族たちは自らの特権を手放したがらないし、改革には強い抵抗が伴う」

「だから、裏で”影の商人”と繋がっている……ということですか?」

 ロジェンは何も言わなかった。

 だが、沈黙こそが答えだった。

 フェリクス王子の”改革”のために、裏の勢力と手を組み、必要な資金を集め、影で動いている――。

 その一環として、“奴隷売買”までも利用している可能性がある。

(本当に、それが正しいやり方なの?)

 理想だけを見れば、確かにフェリクス王子の考えは理解できる。

 けれど、手段を選ばないやり方には、強い違和感を覚えた。

「あなたは、王子のやり方を正しいと思っていますか?」

 私がそう尋ねると、ロジェンはゆっくりと微笑んだ。

「……私の意見など、どうでもいいことです。重要なのは、あなたがどう判断するかですよ」

 私は彼の言葉に、思わず息をのんだ。

 この話を聞かされたのは、きっと”試されている”のだ。

 私は、フェリクス王子の婚約を受けるのか。

 それとも、彼を拒み、別の道を選ぶのか。

「……」

 私は静かに目を閉じ、答えを出そうとした。
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