『殿下、私は偽物の妃です』赤狸に追放された妃は青の国で逃げた妃の代わりに・・・殿下は冷めた豹君主

江戸 清水

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殿下は実はお優しい?・・・『何がお好きですか?』

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「タオさん、ごめんなさい。」
「崖から転げ落ちてこの程度で済んだのはまさに神がお守りくださったのですよ」
「あ、あはは 私の受け身もなかなかだったかと……」
「まっ。ご無事で何より。セリ様、ユア様にはくれぐれもお気をつけて」
「な 何故でしょうか?私が誤って馬を崖の方へ走らせてしまっただけで……」
「本当ですか?本当に誤ってですか?」
 タオさんは意味深で相変わらずの真顔だ。
「ええ……たぶん、カヤさんはどこですか?」

「セリ様、サンサ殿下がお見えです」
「あ、タオさんその羽織、タイガ様に返さないと」

「それは私のだ」
 え?サンサ殿下の羽織。いつ私にかけてくださったのか。
 森に居らしたの?!

「サンサ殿下……あ ありがとうございました。森に探しに来てくださったのですか?」

 こちらを見ずに立つ殿下に青の羽織を渡した。
 タオさんはそれを見届けるとさっと部屋から出ていく。

「傷だらけになろうと逃げたかったか?」
「えっまさか。違います。ユア様と馬で競争をして私が誤って崖に……」
「…………」
 殿下は私の顔をちらりと一度みて背を向けた。
「次からは出かけるなら誰かに言ってから行け」
「はい。申し訳ございません」
「今日はこのままここで寝ろ。騒ぎで遅くなった。私も疲れた。」
「ああ はい。おやすみなさいませ」

 ああ……こんな調子で尽くすとか余命宣告をどうとか出来るのだろうか。サンサ殿下はこのお城で一番接しにくい人。
 意地悪とか言葉が悪いとかならまだしも……何を考えているのか分からない。
 タオさんが戻って来た。

「セリ様、今日は仕方ありませんが明日からは毎晩殿下とお休みになってください。殿下は、少々言葉数が少ない方ですが……。セリ様のやり方で殿下を気にかけてさえいればきっと、大丈夫です」
「あの、私には何もわからなくて、本物のセリ様がどんな方で何が得意で、色々と教えていただきたいのですが。」
「何も分からないから良いのです」
「はい?」

 タオさんは何も教えてくれない。はあ……私のやり方?って何……。
「あの、では余命はいつなのですか?」
 肝心な余命の日時を聞いていなかった。
「余命は……次の生まれ月だと聞いております」
「それはいつですか?」
「私も知りませぬ。代々将来の君主の御誕生は極秘でございますから。」
「ああ……なるほど。え では……」

 ◇

 眠れずにベッドの中で何度も寝返りをうち、きしむ板の音だけが響き渡る。
 誕生月はいつだろう。考えた所で分かるはずもない。
「はあ……」
 昨日は初日なのに、殿下のベッドではぐっすり眠れた。不思議……。
 眠れずに羽織を着て、部屋を出る。月が鯉の池に揺れ浮かぶのをただ眺めていた。

「なんだ。あんな怪我をしたというのにまだうろうろしてらっしゃったか、身体に触りますよ」
「あ、タイガ様。先ほどはありがとうございました。湯に浸かれば随分と温まって傷も擦り傷でしたので平気です。」
「サンサ殿下が、傷に良い薬湯を用意させていた。礼なら殿下に言えば良いでしょう。ああっしかしセリ様は変わり過ぎて殿下が戸惑うのも仕方ない」

 サンサ殿下が……羽織も薬湯も……。

「サンサ殿下は意外にお優しいのですね……。私が変わったとは……?」

 タイガ様はじっと私の目を見入る。

「目つきも、ものの言い方も、全ておかしいです」
「おかしい?変ということですか?」
「いや、俺の知るセリ様はもっとつんけんした、金持ちのお嬢といったところでしょうか……。」
「……そうですか。殿下は何をお望みでしょう……あ、こんな事タイガ様に、聞くべきではないですが……」
「さあ。俺にも分かりませぬが。殿下は冷静でひとりでも生きていけるような男、王として、ましてや神託により告げられた妃をとれと言われ、死ぬと言われ、何を望んでいるか。俺なら……誰かに優しくされたいって思うかなと……思います。」
「優しく……ですか」
「さ、戻られよ。せっかく温まったのに夜風で冷めます。」
「はい。ありがとうございます」

 タイガ様に頭を下げ部屋へと戻ろうと橋を歩く。すると黒いしなやかに揺れる長い髪と長い衣を靡かせる人影が歩いてくる。真っすぐな姿勢を崩すことなく私の前で止まった。

「まだ眠っていないのか」
「あ サンサ殿下。あの、ありがとうございました。薬湯まで……」
「ああ」
「……あの 殿下……いえ サンサ様は……何がお好きですか?」
「……何を言っておる」
「え。あ 食べものとか、場所とか、色とか……」
「はよう、寝ろ。」
「あ、はい。おやすみなさい」

 隣をさっと通るサンサ様は
「米 川 緑」
 と小さく呟いた。
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