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チュートリアル
8.とある無転換者の終わり
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8.とある無転換者の終わり
「それじゃ、飲み物持ってくるから……」
「あ、おかまいなく」
伊織を部屋に案内したのはいいが、早くも間が持たなくなってしまった。
二階の一室にある俺の部屋。本棚に机、ベッドといったありふれた家具があるだけで、趣味を匂わせるポスターといった飾り物も無し。
正確には私物の類は全部向日葵に破壊されてしまったからだが、そんな話題のネタも皆無な部屋で二人っきりになったとたん、伊織は落ちつきなく部屋に視線を巡らせてソワソワさせていた。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。あるいは母と妹という連戦から回復していないのかもしれない。
なにはともあれ、俺はいったん席を外すことにした。空気の入れ替えもかねて、伊織がリラックスできる時間を作ってあげようとしたのだ。
家探しされる可能性もあるかもしれないが、エロ本なんてどこにも隠していないので問題ない。年頃の男子高校生としてそれもどうなんだと思われるかもしれないが、グラビアとか見たところで、モデルの女性は性別の変わった反転者なので買う気も湧かないのだ。
でも、そう思っているのは俺が無転換者ってだけで、性別の変わった反転者たちには普通に売れているらしい。
……まったく、怖い世の中になったもんだ。
二階から階段を下りて一階のキッチンへやってくる。
そこには下ごしらえから丁寧に調理されているビーフシチューの香りに満ちていたが、母親である木枯菫は不在であった。
きっと、伊織と夕飯食べる可能性を考慮して買い増しに行ったのだろう。これはおかずがもう一・二品増える可能性がありそうだが、元々そこまで長居させる気もない。
冷蔵庫から麦茶を出して、二つのコップに注ぐと盆に乗せて廊下へ出る。
「あ、お兄ちゃん!」
外遊び用の服に着替え済みな妹(モンスター)とエンカウントした。
「どうした? どっか遊びに行くのか?」
「うん! これから公園でお友達とサッカーをやるんだ」
蜜柑色した半袖のTシャツに紺色の半ズボン。拘束具みたいにビッチリ筋肉を締め付けているように見えるが、運動するには適した服装だ。
しかし、こんな大男がそんな格好で子供と戯れていれば、警察が3ダースほど押しかけてきそうである。
「そっかそっか、くれぐれもまた遊具を壊したりするんじゃないぞ」
「うん、行ってくるね!」
だけど、そんなのもう慣れたもので、俺は笑顔で妹を送り出す。警察も怪我なんてこれ以上したくないはずだから大丈夫だろう。
向日葵は鬼も泣き崩れる戦慄スマイルを披露して、吹き抜けた玄関から出て行った。
「後でまた直しておかないといけないな、玄関」
一般市民の無事を祈りつつ、俺は二階への階段を上がる。
――だが、この時。すでに家を守っていたガーディアンが二名消えてしまったことに対する、事態の深刻さを認識するべきだった。
自分の部屋までやってきて、扉のノブに手をかけようとした際に気が付いた。
ガッサガサ! ゴッソゴソ!
「なんだ?」
騒々しい音が自室から聞こえてきた。まるで何度も服や本を手当たり次第引っ張り出しているみたいな音に、家具がバタバタ倒れるような……ッ!
「――ッ! て、ちょっと待てええええええ!」
慌てふためきノブを掴んでドアを開けようと捻るが、うんともすんとも言わない。
ドアに施錠は無いので、どうやら内側からつっかえ棒されているみたいだ。
「伊織! お前、中でなにやってんだ! さすがに俺も怒るぞオイッ!」
「無い……無い……もう! どこにあるのよ!」
返事の代わりに、部屋からは尋常じゃない声が聞こえてきた。なにやってるのか知らないけど、これは家探しってレベルじゃないぞ!
とはいえ、この扉は向日葵に破壊されて買い換えたばかりの特別製。それでも向日葵なら二回殴れば壊れてしまう程度の品だが、普通の人間ならビクともしない強度だ。
つまり、大人しく内側から開かれるのを待つしかないという状況だが……。
「いや、まだ手はある!」
俺は自室の隣にある向日葵の部屋へと移動する。
そこは、妹である向日葵の部屋だった。
まだ性別という意識が確立していない小学生のためか、部屋はかつてそのままの女の子らしい内装が施されていた。だが、女の子向けなキラキラした玩具はコナゴナになり、可愛らしいヌイグルミや人形は、人類外握力で弄ぶり回され床にうち捨てられている。
別に、わざとこんな真似をして見せしめにしているわけじゃない。向日葵が遊ぶと、すぐにこの状態になってしまうからだ。
無残な状況に息を飲むも、明日には我が身かもしれない玩具(しかばね)の山を踏み越えて、俺の部屋と向かい合わせになっている壁際までやってきた。
そこは一見なんともないように見えるが、近づくと細かなヒビが無数に残っている。
というのも、甘えん坊な向日葵は、早朝に俺を襲撃……いや、起こしに来ることがあるのだが、ドアを壊すくらいなら良しとして、壁を破壊して侵入してくることも多々あった。
玄関同様、この家のあらゆる場所は、向日葵に何度も粉砕されてボロボロな状態にあるのだ。
今にも崩れ落ちそうになっている壁にソッと手を添えて、何度も補強して出来た壁の隙間から、俺は自室を覗き込んだ。
「あいつ、なに探しているんだ?」
鬼気迫る顔で、伊織は部屋中をかき回していた。本棚から洋服ダンスの中、ベッドの下から机の引き出しまで、あらゆる中身が外へ引っ張り出されては散らかしている。掃除することを考えると、頭が痛いの一言だ。
しかし、伊織は物色している様子もなく、ひたすら何かを探し続けているみたいだった。
「絶対、絶対どこかにあるはずなのに、なんで無いのよ! しかも、これだけ荒らしてもエロい本の一冊も出てこないとか、あいつどうかしてるんじゃない!」
そんな反転世界で傷付いたガラスのハートをしばかれて、俺はついカッとなる。
(ふっざけんな! 部屋に押し入って一切合財散らかしている奴に言われ――あっ)
ガラガラガラガラ!
つい力がこもって壁ドンしてしまった結果、かろうじで形を維持していた部屋の壁はあっさりと崩壊してしまった。
遮る物が無くなり、荒れ果てた自分の部屋が目の前に広がる。その中央には、突然の侵入者に驚きの表情を浮かべている伊織がいた。
「おい、伊織。こいつはどういうつもりだ? どうしてこんな真似をするんだ」
「チッ! めんどくさいことになったわね」
それは、教室で聞こえた出所の分からない舌打ちであった。
伊織の顔がそれまでとは一変していた。視界に映る全てに怒りを向けてくる瞳。口元から愛らしい笑みは消え、苛立たしげに唇を噛んでいる。
「お前ひょっとして、学校とかではずっと猫被っていたのか?」
「やかましい!」
血走った瞳をさせた伊織は、罵声とともに制服のポケットから何かを取り出した。
「――お、オイ! なんだよそれは!」
伊織が手にしているのはスタンガンだった。
ビリビリとした先端を相手に押し当てることで、電流で相手を再起不能にさせる武器だ。本来は護身用として売られているらしいが、それが持ってはいけない立ち位置にいる人が握っちゃってますよ、店員さん。
「うらああああああ!」
伊織がバチバチとした青白い電流と音を鳴らすスタンガンを手に飛びかってきた。
「うお、お、おおおお!」
俺は反射的に真横に飛び退ってギリギリ回避に成功する。
「ちょ、それ当たったら痛いってもんじゃないだろ!」
「うるさい! なんでかわすのよ!」
わたわたと、俺は自分の部屋の中央付近まで移動すると、位置が入れ代わる形となった伊織と向き合う。
伊織は不満そうな顔のまま、片手でスタンガンを突き出すように構え直す。
「どこよ」
「へ?」
「とぼけないで。どこに隠しているのかって聞いているのよ」
伊織の問いかけ。しかし、その意図が読めずに俺の口から間抜けな声が漏れた。
「いや、あの、どこにあるのか聞かれても……いったいなにを探しているんだよ?」
伊織が「チッ」と再び舌打ち。いや、本当になにがなんだか分かりません。俺はそこまでされるような真似を、この転入生にしただろうか?
「……3年前。世界が変わってしまったあの日。あなたは綺麗な石を持ち帰ってもいるはずよ」
「3年前……石……」
3年前のあの日というのは、おそらく全ての性別が入れ替わるという大転変が起こった日だ。
あの時の俺は中学になる直前の小学生で、その日は隕石が地球に墜ちると騒がれてて、そして、
「――ッて、まさか!」
俺の脳裏に、記憶の隅に追いやろうとしていたソレが蘇る。
「やっぱり、心当たりあるじゃない」
ハッと我に返る。伊織には確信の笑みが浮かんでいた。
「ならソイツを出しなさい! 素直に渡せば痛い目に遭わなくて済むわよ」
「し、知らない!」
伊織がどうしてそのことを知っているのか、目的がなんなのか分からない。
それでも、俺にはソレを渡すことはできなかった。
「そう。残念だけど、仕方ないわね」
伊織の手にしたスタンガンが、再び青い火花を発する。
――――来るか!
また突撃してくると思った俺は、今度はランダムに避けるのではなく、かわすと同時に部屋の外へ出ることを考える。
俺の部屋のドアは一部の家具で塞がれているため、すぐにはどかせない。
となると、目指すのは部屋が繋がってしまっている向日葵の部屋のドアだった。
しかし、そちらへ向かうには伊織の後方まで走る必要があった。
俺は伊織が攻めてくるのを待つが、伊織は余裕気な表情を浮かべて、空いてるもう片方の手をポケットに入れたかと思うと、
「それ!」
ポケットから抜き様に、なにか袋状の物を俺の足下目掛けて投げ付けてきた。とたん、煙幕みたいな焦げ茶色の煙が噴出する。
「な、なんだこれ……ぬッ! なあああああ! 目がいてええええ!」
瞬間、滲みるような激痛が、目と鼻腔を襲った。
「どう? 胡椒やら唐辛子やらの刺激物をブレンドした自家製目つぶしよ。催涙スプレーが売り切れてたから代用したんだけど、効果ありみたいね」
「ひでえ!」
「うるさい! 力で無転換者の男に劣るあたしが、正面から取っ組み合いをするとでも―――ん、きゅわああああああああん!」
突然池に落ちた猫みたいな悲鳴が上がり、様子がおかしいと感じて、痛みを堪えながら薄目を開けて確認する。
そこには顔を覆いながら床を転げまわっている伊織の姿があった。どうやら、狭い室内で目潰しなんか散布したもんだから、自分の方まで巻き込まれたらしい。
「あーもー! なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないのよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「いいえ、あたしのセリフよ!」
あまりにも傍若無人な伊織の振るまいには怒りを通り越して爽快ですらある。
それにしても、さっきから伊織の様子。主に口調に違和感を感じているが……それよりまず逃げないければと思って、視界も不安定な部屋を移動して出口を目指す。――しかし、
「なっ!」
数歩進んだところで、突然体勢を崩して床に突っ伏してしまう。
散らかっている部屋の障害物に躓いたわけじゃない。左足の足首が引っ張られるように倒されたんだ。
もしかしたらもしかするかもと、嫌な予感とともに後ろへ視線を向ける。
そこには目元を真っ赤に泣き腫らして、足に掴みかかっている伊織がいた。
慌てて振りほどいて、尻餅をついたまま後ろへ下がって少しでも距離を取ろうとする。
「ドコに行く気よ」
「どこって、お前……」
「絶対、絶対に逃がさない。これが、最後のチャンスなんだから、ここでしくじるわけにはいかないのよ!」
ゴクリと喉が鳴る。危険を知らせるアラームが頭ん中でフィーバーしている。なにが怖いって? こいつの尋常じゃない執念だ。
「さあ、あなたもあたしと同じ無転換者だっていうんなら――――【蒼隕鉄】の欠片を渡しなさああああああい!」
伊織がスタンガンを手に飛びかかる。ナイフを突き刺すかのようにスタンガンを振りかぶる。
殺意が練られていても不思議じゃない一撃に対して、俺は――伊織へ両の手を伸ばした。
「この――いまどきの、無転換系男子を…………なめんなああああ!」
「えっ――――」
伊織の両肩を掴んで、そのまま後方へ勢いを利用して投げ飛ばした。
これは伊織と下校中、ずっと腕を組んでいたことで感じた体重の軽さと、腕のリーチの差からなんとなくできるんじゃないかと思えたからだ。伊織自身も目つぶしでちゃんと狙いが定まってなかったのもあるが、もう二度とやりたくない。
伊織はそのまま後方へ飛んでいき「ギャン!」という悲鳴とともに落下した。
恐る恐る近づいてみると、伊織は仰向けで眠るように目を閉じている。
どうしてこんなマネをしたのかって、とっちめてやりたかったが、倒れたままの当人は起き上がる気配を見せなかった。
もしかしたら打ち所がやばかったのかもしれない。
俺は伊織をそっと肩を揺すってみる。
さっと見た感じ、目立った外傷はなさそうだけど、改めて男にしては華奢過ぎると思ってしまい、その寝顔を眠り姫のイメージと重なってしまった。
「おい、伊織。大丈夫か?」
慌ててイメージを振り払い、意識があるかと声を掛ける。
この時、持っていたスタンガンは床に転がっていたため、危険は無いと判断していた。
すると、伊織の目蓋がゆっくり開かれる。
俺がホッと胸を撫で下ろした直後、
「――かかったわね!」
伊織の口元が不適に歪んだ。
何も持っていないと判断していた伊織の手には、スタンガンではない、別の何かが握られていた。
それは、赤い液体の入った小型のカプセルが装着され、ピストル型の形状をした器具。伊織は油断していた俺の首にそいつを押し当てると、
パシュン!
空気が抜けるみたいな音を立てて、俺の体に何かが撃ち込まれた。
「な、なにをした!」
反射的に俺は伊織から離れる。
撃ち込まれた箇所には痛みはない。でも、これと似たようなやつを映画で見たことがあった。たしか、SFやスパイ物なんかでよく使用されていた、針のない特殊な注射器に似ていて……。
「――ぐッ! な、なんだ?」
理解した瞬間。体が沸騰するみたいに、内側から熱が襲いかかる。
視界もぼやけて、立っているのもままならなくなり、俺はそのまま膝をついた。
「まったく、大人しく出していれば、こんな手荒なことしなかったのに」
顔が、全身が……燃えるように熱い。
溶けてしまいそうなほど、温度が上昇して、身体の自由がきかなくなっていく。
呼吸もろくにできなくなり、意識が吹っ飛びそうになる。
「安心しなさい。死ぬようなことにはならないから。ただし、死んだほうが良かったかもって思うかもしれないけどね。どれもこれも、あんたが素直に渡さないから悪いのよ」
「なん……だと……」
「フフフ、それじゃしばらくの間、おやすみなさい。目覚めたあとの反応が楽しみね」
伊織が何を言っているのか、その意味を理解することなく、俺の意識は伊織の言葉通り、眠りへと落ちていった……。
「それじゃ、飲み物持ってくるから……」
「あ、おかまいなく」
伊織を部屋に案内したのはいいが、早くも間が持たなくなってしまった。
二階の一室にある俺の部屋。本棚に机、ベッドといったありふれた家具があるだけで、趣味を匂わせるポスターといった飾り物も無し。
正確には私物の類は全部向日葵に破壊されてしまったからだが、そんな話題のネタも皆無な部屋で二人っきりになったとたん、伊織は落ちつきなく部屋に視線を巡らせてソワソワさせていた。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。あるいは母と妹という連戦から回復していないのかもしれない。
なにはともあれ、俺はいったん席を外すことにした。空気の入れ替えもかねて、伊織がリラックスできる時間を作ってあげようとしたのだ。
家探しされる可能性もあるかもしれないが、エロ本なんてどこにも隠していないので問題ない。年頃の男子高校生としてそれもどうなんだと思われるかもしれないが、グラビアとか見たところで、モデルの女性は性別の変わった反転者なので買う気も湧かないのだ。
でも、そう思っているのは俺が無転換者ってだけで、性別の変わった反転者たちには普通に売れているらしい。
……まったく、怖い世の中になったもんだ。
二階から階段を下りて一階のキッチンへやってくる。
そこには下ごしらえから丁寧に調理されているビーフシチューの香りに満ちていたが、母親である木枯菫は不在であった。
きっと、伊織と夕飯食べる可能性を考慮して買い増しに行ったのだろう。これはおかずがもう一・二品増える可能性がありそうだが、元々そこまで長居させる気もない。
冷蔵庫から麦茶を出して、二つのコップに注ぐと盆に乗せて廊下へ出る。
「あ、お兄ちゃん!」
外遊び用の服に着替え済みな妹(モンスター)とエンカウントした。
「どうした? どっか遊びに行くのか?」
「うん! これから公園でお友達とサッカーをやるんだ」
蜜柑色した半袖のTシャツに紺色の半ズボン。拘束具みたいにビッチリ筋肉を締め付けているように見えるが、運動するには適した服装だ。
しかし、こんな大男がそんな格好で子供と戯れていれば、警察が3ダースほど押しかけてきそうである。
「そっかそっか、くれぐれもまた遊具を壊したりするんじゃないぞ」
「うん、行ってくるね!」
だけど、そんなのもう慣れたもので、俺は笑顔で妹を送り出す。警察も怪我なんてこれ以上したくないはずだから大丈夫だろう。
向日葵は鬼も泣き崩れる戦慄スマイルを披露して、吹き抜けた玄関から出て行った。
「後でまた直しておかないといけないな、玄関」
一般市民の無事を祈りつつ、俺は二階への階段を上がる。
――だが、この時。すでに家を守っていたガーディアンが二名消えてしまったことに対する、事態の深刻さを認識するべきだった。
自分の部屋までやってきて、扉のノブに手をかけようとした際に気が付いた。
ガッサガサ! ゴッソゴソ!
「なんだ?」
騒々しい音が自室から聞こえてきた。まるで何度も服や本を手当たり次第引っ張り出しているみたいな音に、家具がバタバタ倒れるような……ッ!
「――ッ! て、ちょっと待てええええええ!」
慌てふためきノブを掴んでドアを開けようと捻るが、うんともすんとも言わない。
ドアに施錠は無いので、どうやら内側からつっかえ棒されているみたいだ。
「伊織! お前、中でなにやってんだ! さすがに俺も怒るぞオイッ!」
「無い……無い……もう! どこにあるのよ!」
返事の代わりに、部屋からは尋常じゃない声が聞こえてきた。なにやってるのか知らないけど、これは家探しってレベルじゃないぞ!
とはいえ、この扉は向日葵に破壊されて買い換えたばかりの特別製。それでも向日葵なら二回殴れば壊れてしまう程度の品だが、普通の人間ならビクともしない強度だ。
つまり、大人しく内側から開かれるのを待つしかないという状況だが……。
「いや、まだ手はある!」
俺は自室の隣にある向日葵の部屋へと移動する。
そこは、妹である向日葵の部屋だった。
まだ性別という意識が確立していない小学生のためか、部屋はかつてそのままの女の子らしい内装が施されていた。だが、女の子向けなキラキラした玩具はコナゴナになり、可愛らしいヌイグルミや人形は、人類外握力で弄ぶり回され床にうち捨てられている。
別に、わざとこんな真似をして見せしめにしているわけじゃない。向日葵が遊ぶと、すぐにこの状態になってしまうからだ。
無残な状況に息を飲むも、明日には我が身かもしれない玩具(しかばね)の山を踏み越えて、俺の部屋と向かい合わせになっている壁際までやってきた。
そこは一見なんともないように見えるが、近づくと細かなヒビが無数に残っている。
というのも、甘えん坊な向日葵は、早朝に俺を襲撃……いや、起こしに来ることがあるのだが、ドアを壊すくらいなら良しとして、壁を破壊して侵入してくることも多々あった。
玄関同様、この家のあらゆる場所は、向日葵に何度も粉砕されてボロボロな状態にあるのだ。
今にも崩れ落ちそうになっている壁にソッと手を添えて、何度も補強して出来た壁の隙間から、俺は自室を覗き込んだ。
「あいつ、なに探しているんだ?」
鬼気迫る顔で、伊織は部屋中をかき回していた。本棚から洋服ダンスの中、ベッドの下から机の引き出しまで、あらゆる中身が外へ引っ張り出されては散らかしている。掃除することを考えると、頭が痛いの一言だ。
しかし、伊織は物色している様子もなく、ひたすら何かを探し続けているみたいだった。
「絶対、絶対どこかにあるはずなのに、なんで無いのよ! しかも、これだけ荒らしてもエロい本の一冊も出てこないとか、あいつどうかしてるんじゃない!」
そんな反転世界で傷付いたガラスのハートをしばかれて、俺はついカッとなる。
(ふっざけんな! 部屋に押し入って一切合財散らかしている奴に言われ――あっ)
ガラガラガラガラ!
つい力がこもって壁ドンしてしまった結果、かろうじで形を維持していた部屋の壁はあっさりと崩壊してしまった。
遮る物が無くなり、荒れ果てた自分の部屋が目の前に広がる。その中央には、突然の侵入者に驚きの表情を浮かべている伊織がいた。
「おい、伊織。こいつはどういうつもりだ? どうしてこんな真似をするんだ」
「チッ! めんどくさいことになったわね」
それは、教室で聞こえた出所の分からない舌打ちであった。
伊織の顔がそれまでとは一変していた。視界に映る全てに怒りを向けてくる瞳。口元から愛らしい笑みは消え、苛立たしげに唇を噛んでいる。
「お前ひょっとして、学校とかではずっと猫被っていたのか?」
「やかましい!」
血走った瞳をさせた伊織は、罵声とともに制服のポケットから何かを取り出した。
「――お、オイ! なんだよそれは!」
伊織が手にしているのはスタンガンだった。
ビリビリとした先端を相手に押し当てることで、電流で相手を再起不能にさせる武器だ。本来は護身用として売られているらしいが、それが持ってはいけない立ち位置にいる人が握っちゃってますよ、店員さん。
「うらああああああ!」
伊織がバチバチとした青白い電流と音を鳴らすスタンガンを手に飛びかってきた。
「うお、お、おおおお!」
俺は反射的に真横に飛び退ってギリギリ回避に成功する。
「ちょ、それ当たったら痛いってもんじゃないだろ!」
「うるさい! なんでかわすのよ!」
わたわたと、俺は自分の部屋の中央付近まで移動すると、位置が入れ代わる形となった伊織と向き合う。
伊織は不満そうな顔のまま、片手でスタンガンを突き出すように構え直す。
「どこよ」
「へ?」
「とぼけないで。どこに隠しているのかって聞いているのよ」
伊織の問いかけ。しかし、その意図が読めずに俺の口から間抜けな声が漏れた。
「いや、あの、どこにあるのか聞かれても……いったいなにを探しているんだよ?」
伊織が「チッ」と再び舌打ち。いや、本当になにがなんだか分かりません。俺はそこまでされるような真似を、この転入生にしただろうか?
「……3年前。世界が変わってしまったあの日。あなたは綺麗な石を持ち帰ってもいるはずよ」
「3年前……石……」
3年前のあの日というのは、おそらく全ての性別が入れ替わるという大転変が起こった日だ。
あの時の俺は中学になる直前の小学生で、その日は隕石が地球に墜ちると騒がれてて、そして、
「――ッて、まさか!」
俺の脳裏に、記憶の隅に追いやろうとしていたソレが蘇る。
「やっぱり、心当たりあるじゃない」
ハッと我に返る。伊織には確信の笑みが浮かんでいた。
「ならソイツを出しなさい! 素直に渡せば痛い目に遭わなくて済むわよ」
「し、知らない!」
伊織がどうしてそのことを知っているのか、目的がなんなのか分からない。
それでも、俺にはソレを渡すことはできなかった。
「そう。残念だけど、仕方ないわね」
伊織の手にしたスタンガンが、再び青い火花を発する。
――――来るか!
また突撃してくると思った俺は、今度はランダムに避けるのではなく、かわすと同時に部屋の外へ出ることを考える。
俺の部屋のドアは一部の家具で塞がれているため、すぐにはどかせない。
となると、目指すのは部屋が繋がってしまっている向日葵の部屋のドアだった。
しかし、そちらへ向かうには伊織の後方まで走る必要があった。
俺は伊織が攻めてくるのを待つが、伊織は余裕気な表情を浮かべて、空いてるもう片方の手をポケットに入れたかと思うと、
「それ!」
ポケットから抜き様に、なにか袋状の物を俺の足下目掛けて投げ付けてきた。とたん、煙幕みたいな焦げ茶色の煙が噴出する。
「な、なんだこれ……ぬッ! なあああああ! 目がいてええええ!」
瞬間、滲みるような激痛が、目と鼻腔を襲った。
「どう? 胡椒やら唐辛子やらの刺激物をブレンドした自家製目つぶしよ。催涙スプレーが売り切れてたから代用したんだけど、効果ありみたいね」
「ひでえ!」
「うるさい! 力で無転換者の男に劣るあたしが、正面から取っ組み合いをするとでも―――ん、きゅわああああああああん!」
突然池に落ちた猫みたいな悲鳴が上がり、様子がおかしいと感じて、痛みを堪えながら薄目を開けて確認する。
そこには顔を覆いながら床を転げまわっている伊織の姿があった。どうやら、狭い室内で目潰しなんか散布したもんだから、自分の方まで巻き込まれたらしい。
「あーもー! なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないのよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「いいえ、あたしのセリフよ!」
あまりにも傍若無人な伊織の振るまいには怒りを通り越して爽快ですらある。
それにしても、さっきから伊織の様子。主に口調に違和感を感じているが……それよりまず逃げないければと思って、視界も不安定な部屋を移動して出口を目指す。――しかし、
「なっ!」
数歩進んだところで、突然体勢を崩して床に突っ伏してしまう。
散らかっている部屋の障害物に躓いたわけじゃない。左足の足首が引っ張られるように倒されたんだ。
もしかしたらもしかするかもと、嫌な予感とともに後ろへ視線を向ける。
そこには目元を真っ赤に泣き腫らして、足に掴みかかっている伊織がいた。
慌てて振りほどいて、尻餅をついたまま後ろへ下がって少しでも距離を取ろうとする。
「ドコに行く気よ」
「どこって、お前……」
「絶対、絶対に逃がさない。これが、最後のチャンスなんだから、ここでしくじるわけにはいかないのよ!」
ゴクリと喉が鳴る。危険を知らせるアラームが頭ん中でフィーバーしている。なにが怖いって? こいつの尋常じゃない執念だ。
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殺意が練られていても不思議じゃない一撃に対して、俺は――伊織へ両の手を伸ばした。
「この――いまどきの、無転換系男子を…………なめんなああああ!」
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もしかしたら打ち所がやばかったのかもしれない。
俺は伊織をそっと肩を揺すってみる。
さっと見た感じ、目立った外傷はなさそうだけど、改めて男にしては華奢過ぎると思ってしまい、その寝顔を眠り姫のイメージと重なってしまった。
「おい、伊織。大丈夫か?」
慌ててイメージを振り払い、意識があるかと声を掛ける。
この時、持っていたスタンガンは床に転がっていたため、危険は無いと判断していた。
すると、伊織の目蓋がゆっくり開かれる。
俺がホッと胸を撫で下ろした直後、
「――かかったわね!」
伊織の口元が不適に歪んだ。
何も持っていないと判断していた伊織の手には、スタンガンではない、別の何かが握られていた。
それは、赤い液体の入った小型のカプセルが装着され、ピストル型の形状をした器具。伊織は油断していた俺の首にそいつを押し当てると、
パシュン!
空気が抜けるみたいな音を立てて、俺の体に何かが撃ち込まれた。
「な、なにをした!」
反射的に俺は伊織から離れる。
撃ち込まれた箇所には痛みはない。でも、これと似たようなやつを映画で見たことがあった。たしか、SFやスパイ物なんかでよく使用されていた、針のない特殊な注射器に似ていて……。
「――ぐッ! な、なんだ?」
理解した瞬間。体が沸騰するみたいに、内側から熱が襲いかかる。
視界もぼやけて、立っているのもままならなくなり、俺はそのまま膝をついた。
「まったく、大人しく出していれば、こんな手荒なことしなかったのに」
顔が、全身が……燃えるように熱い。
溶けてしまいそうなほど、温度が上昇して、身体の自由がきかなくなっていく。
呼吸もろくにできなくなり、意識が吹っ飛びそうになる。
「安心しなさい。死ぬようなことにはならないから。ただし、死んだほうが良かったかもって思うかもしれないけどね。どれもこれも、あんたが素直に渡さないから悪いのよ」
「なん……だと……」
「フフフ、それじゃしばらくの間、おやすみなさい。目覚めたあとの反応が楽しみね」
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懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
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