13 / 32
チュートリアル
12.伊織のマンションへ 前編
しおりを挟む
12.伊織のマンションへ 前編
「ねえねえ、〝桜子〟ちゃん。姫園伊織って偽名なんだよね?」
「……ええ、そうよ」
「それって、鬼龍院桜子って名前だと目立つからなの?」
「……それもあるけど、反転者は男が女の、女が男の名前を使っているのが当たり前。それなら、なんの変化もなかった無転換者の男のフリをするんなら、無転換者の女であるあたしも、男の名前に変えなきゃ不自然になるのよ」
「じゃあ、今回が特別名乗っているわけじゃなく、普段から姫園伊織で過ごしているんだ」
「……ええ。顔を子供から今のあたしになるまでの過程を知ってる、家族や親戚といった一部の人間の前以外ではね」
「ところで、お風呂ではどこから洗うタイプ?」
「――あーもー、鬱陶しいわね! どうしてそんなこと答えなきゃならないのよ!」
時刻は6時半を過ぎ去ろうとしている。
夕日も沈み、まもなく夜のとばりに街は包み込まれることだろう。
そんな境界線にある夕闇の下。幼馴染の反転者と、転入生の無転換者が、にぎやかな様子で言い合いながら歩いている。
そして、その後ろを微妙な距離を維持しながら、数十分前まで無転換者であり、現反転者の女になっている俺、木枯荒野がついて歩いていた。
俺たちは伊織の言っていたワクチンの実態を知るために、伊織のマンションを目指していた。どうやら、伊織の言っていた研究所なるものは、そのマンションにあるらしい。
しかし、なぜか関係のないはずの紅葉も面白がって付いてきてしまったのだ。
念願の転入生との下校イベントだとはりきっている紅葉は、あれこれ会話のネタを引っ張り出してきての質問攻めで、伊織をげんなりさせていた。
「でも、どうしてわざわざ男の無転換者のフリをしてるの? 女の反転者のフリをしたほうが簡単で済んだんじゃないかな?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。このオリジナルな女の無転換者であるこの、あ・た・し・が、どうして反転者なんて劣化した偽物を名乗らなきゃならないのよ」
伊織は反転者という言葉に、明らかな敵意を露わにした。
「劣化って……そこまで言うか?」
「なによ、文句ある? そもそも本来なにも被害をこうむらなかった無転換者であるこの、あ・た・し・が、どうして地デジに移行した後のブラウン管テレビみたいな珍品扱いされなきゃならないのよ。あんたも無転換者だったんなら、あたしの気持ち分かるでしょ!」
確かに分からなくはないけど、そこまで嫌ってはいないぞ、俺。
「ふーん、荒野とはまた違った形でねじ曲がっちゃってるみたいだね」
だけど、反転者である紅葉は気を悪くした様子もなく、キシシシと笑っていた。
「だけど、男の無転換者のフリをしているのって、本当にそれだけが理由なのかな?」
「――――ッ!?」
なにか含みを持たせた紅葉の指摘に、伊織の顔色が変わる。
「どういうことなんだ?」
「単純な好き嫌いの問題じゃないかもってことだよ。ボクたち反転者間でもね、無転換者の多くは素性を隠して反転者に混じっているんじゃないかっていうのが噂になっているんだけど、伊織ちゃんはそういう一目を避けるタイプとは違ってあるみたいだから、もしかしたら〝無転換者の女の子〟のままではいられなくなる理由でもあったんじゃないかなーって思ったんだ」
「うるさいわよ、反転者。そんなの、理由は単純。あたしは反転者に混じってコソコソ生きるくらいなら死んだ方がマシってだけ。だから男の無転換者のフリをしているのよ」
それでも〝男の無転換者〟に化けるのにはプライド的に問題ないらしい。
「そういうわけで、あたしのことは〝桜子〟ではなく〝伊織〟って呼ぶようにしなさい」
「うん! 分かったよ、伊織ちゃん!」
「男の名前なんだから『ちゃん』とか付けないでよ!」
「えー、でも、結構昔から伊織って名前は女の子ってイメージも強いんだよ」
すっかり紅葉にペース握られてしまった伊織がギャーギャー騒ぎ立てている。これは目的地にたどり着くまで続きそうな雰囲気だった。
……それより、俺にとっての問題はこっちだ。
俺は俺で非常に耐えがたい状況に陥っているのである。
人の行き交う通りを歩く俺の服装は、女子の制服を着たままだった。
伊織からワクチンの話を聞いた直後、俺は元々あった男子用の制服に着替える時間も与えられず、この姿で外へと連れ出された。
それからずっと、顔から湯気が出るんじゃないかってくらい紅潮させながら、わずかなそよ風一つでスカートがめくれてしまうんじゃないかと思って、ずっと片手でスカートの前後を押さえながら歩いている。
「だいたい、なんだこれ。女の子って、どうしてこんな格好で外歩けるんだよ」
隠れているというか、守られている感じがしない。ほんのちょっとの油断一つで大切な部分が晒されてしまう。そんな高難度な日常を、大転変以前の女の子っていうのは平気な顔で過ごしていたのかよ。
「そういう顔ができるってことは、あなたの中身は、まだ〝無転換者〟の〝男の子〟ってことよ。安心なさい、木枯くん」
戸惑う俺にやや上から目線で気遣ってくれてるようだが、そもそも、こんな身体になったのは伊織(おまえ)のせいだからな。
「そんな固くならなくて良いんだよ、荒野。見えちゃったなら見えちゃったで、反転者はそんな気にしないし、ボクはとっても喜ぶよ」
「良いわけないだろ!」
「あー、確かにそうだ。だって、荒野のスカートの下は男物のトランクスのままだったもんね。うん、よろしい、だったら荒野の穿いてるトランクスとボクの穿いてるパンツを交換しよう」
「――ふざけんな!」
こうして、伊織のマンションへ着くまでの間。紅葉は器用に伊織と俺に対して、交互にちょっかいをかけ続けたのであった。
「ねえねえ、〝桜子〟ちゃん。姫園伊織って偽名なんだよね?」
「……ええ、そうよ」
「それって、鬼龍院桜子って名前だと目立つからなの?」
「……それもあるけど、反転者は男が女の、女が男の名前を使っているのが当たり前。それなら、なんの変化もなかった無転換者の男のフリをするんなら、無転換者の女であるあたしも、男の名前に変えなきゃ不自然になるのよ」
「じゃあ、今回が特別名乗っているわけじゃなく、普段から姫園伊織で過ごしているんだ」
「……ええ。顔を子供から今のあたしになるまでの過程を知ってる、家族や親戚といった一部の人間の前以外ではね」
「ところで、お風呂ではどこから洗うタイプ?」
「――あーもー、鬱陶しいわね! どうしてそんなこと答えなきゃならないのよ!」
時刻は6時半を過ぎ去ろうとしている。
夕日も沈み、まもなく夜のとばりに街は包み込まれることだろう。
そんな境界線にある夕闇の下。幼馴染の反転者と、転入生の無転換者が、にぎやかな様子で言い合いながら歩いている。
そして、その後ろを微妙な距離を維持しながら、数十分前まで無転換者であり、現反転者の女になっている俺、木枯荒野がついて歩いていた。
俺たちは伊織の言っていたワクチンの実態を知るために、伊織のマンションを目指していた。どうやら、伊織の言っていた研究所なるものは、そのマンションにあるらしい。
しかし、なぜか関係のないはずの紅葉も面白がって付いてきてしまったのだ。
念願の転入生との下校イベントだとはりきっている紅葉は、あれこれ会話のネタを引っ張り出してきての質問攻めで、伊織をげんなりさせていた。
「でも、どうしてわざわざ男の無転換者のフリをしてるの? 女の反転者のフリをしたほうが簡単で済んだんじゃないかな?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。このオリジナルな女の無転換者であるこの、あ・た・し・が、どうして反転者なんて劣化した偽物を名乗らなきゃならないのよ」
伊織は反転者という言葉に、明らかな敵意を露わにした。
「劣化って……そこまで言うか?」
「なによ、文句ある? そもそも本来なにも被害をこうむらなかった無転換者であるこの、あ・た・し・が、どうして地デジに移行した後のブラウン管テレビみたいな珍品扱いされなきゃならないのよ。あんたも無転換者だったんなら、あたしの気持ち分かるでしょ!」
確かに分からなくはないけど、そこまで嫌ってはいないぞ、俺。
「ふーん、荒野とはまた違った形でねじ曲がっちゃってるみたいだね」
だけど、反転者である紅葉は気を悪くした様子もなく、キシシシと笑っていた。
「だけど、男の無転換者のフリをしているのって、本当にそれだけが理由なのかな?」
「――――ッ!?」
なにか含みを持たせた紅葉の指摘に、伊織の顔色が変わる。
「どういうことなんだ?」
「単純な好き嫌いの問題じゃないかもってことだよ。ボクたち反転者間でもね、無転換者の多くは素性を隠して反転者に混じっているんじゃないかっていうのが噂になっているんだけど、伊織ちゃんはそういう一目を避けるタイプとは違ってあるみたいだから、もしかしたら〝無転換者の女の子〟のままではいられなくなる理由でもあったんじゃないかなーって思ったんだ」
「うるさいわよ、反転者。そんなの、理由は単純。あたしは反転者に混じってコソコソ生きるくらいなら死んだ方がマシってだけ。だから男の無転換者のフリをしているのよ」
それでも〝男の無転換者〟に化けるのにはプライド的に問題ないらしい。
「そういうわけで、あたしのことは〝桜子〟ではなく〝伊織〟って呼ぶようにしなさい」
「うん! 分かったよ、伊織ちゃん!」
「男の名前なんだから『ちゃん』とか付けないでよ!」
「えー、でも、結構昔から伊織って名前は女の子ってイメージも強いんだよ」
すっかり紅葉にペース握られてしまった伊織がギャーギャー騒ぎ立てている。これは目的地にたどり着くまで続きそうな雰囲気だった。
……それより、俺にとっての問題はこっちだ。
俺は俺で非常に耐えがたい状況に陥っているのである。
人の行き交う通りを歩く俺の服装は、女子の制服を着たままだった。
伊織からワクチンの話を聞いた直後、俺は元々あった男子用の制服に着替える時間も与えられず、この姿で外へと連れ出された。
それからずっと、顔から湯気が出るんじゃないかってくらい紅潮させながら、わずかなそよ風一つでスカートがめくれてしまうんじゃないかと思って、ずっと片手でスカートの前後を押さえながら歩いている。
「だいたい、なんだこれ。女の子って、どうしてこんな格好で外歩けるんだよ」
隠れているというか、守られている感じがしない。ほんのちょっとの油断一つで大切な部分が晒されてしまう。そんな高難度な日常を、大転変以前の女の子っていうのは平気な顔で過ごしていたのかよ。
「そういう顔ができるってことは、あなたの中身は、まだ〝無転換者〟の〝男の子〟ってことよ。安心なさい、木枯くん」
戸惑う俺にやや上から目線で気遣ってくれてるようだが、そもそも、こんな身体になったのは伊織(おまえ)のせいだからな。
「そんな固くならなくて良いんだよ、荒野。見えちゃったなら見えちゃったで、反転者はそんな気にしないし、ボクはとっても喜ぶよ」
「良いわけないだろ!」
「あー、確かにそうだ。だって、荒野のスカートの下は男物のトランクスのままだったもんね。うん、よろしい、だったら荒野の穿いてるトランクスとボクの穿いてるパンツを交換しよう」
「――ふざけんな!」
こうして、伊織のマンションへ着くまでの間。紅葉は器用に伊織と俺に対して、交互にちょっかいをかけ続けたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる