とあるTSFによってアンチの日常は終了してしまいました。

型抜久遠

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チュートリアル

12.伊織のマンションへ 前編

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12.伊織のマンションへ 前編

「ねえねえ、〝桜子〟ちゃん。姫園伊織って偽名なんだよね?」
「……ええ、そうよ」
「それって、鬼龍院桜子って名前だと目立つからなの?」
「……それもあるけど、反転者は男が女の、女が男の名前を使っているのが当たり前。それなら、なんの変化もなかった無転換者の男のフリをするんなら、無転換者の女であるあたしも、男の名前に変えなきゃ不自然になるのよ」
「じゃあ、今回が特別名乗っているわけじゃなく、普段から姫園伊織で過ごしているんだ」
「……ええ。顔を子供から今のあたしになるまでの過程を知ってる、家族や親戚といった一部の人間の前以外ではね」
「ところで、お風呂ではどこから洗うタイプ?」
「――あーもー、鬱陶しいわね! どうしてそんなこと答えなきゃならないのよ!」

 時刻は6時半を過ぎ去ろうとしている。
 夕日も沈み、まもなく夜のとばりに街は包み込まれることだろう。

 そんな境界線にある夕闇の下。幼馴染の反転者と、転入生の無転換者が、にぎやかな様子で言い合いながら歩いている。
 そして、その後ろを微妙な距離を維持しながら、数十分前まで無転換者であり、現反転者の女になっている俺、木枯荒野がついて歩いていた。

 俺たちは伊織の言っていたワクチンの実態を知るために、伊織のマンションを目指していた。どうやら、伊織の言っていた研究所なるものは、そのマンションにあるらしい。
 しかし、なぜか関係のないはずの紅葉も面白がって付いてきてしまったのだ。
 念願の転入生との下校イベントだとはりきっている紅葉は、あれこれ会話のネタを引っ張り出してきての質問攻めで、伊織をげんなりさせていた。

「でも、どうしてわざわざ男の無転換者のフリをしてるの? 女の反転者のフリをしたほうが簡単で済んだんじゃないかな?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。このオリジナルな女の無転換者であるこの、あ・た・し・が、どうして反転者なんて劣化した偽物を名乗らなきゃならないのよ」

 伊織は反転者という言葉に、明らかな敵意を露わにした。

「劣化って……そこまで言うか?」
「なによ、文句ある? そもそも本来なにも被害をこうむらなかった無転換者であるこの、あ・た・し・が、どうして地デジに移行した後のブラウン管テレビみたいな珍品扱いされなきゃならないのよ。あんたも無転換者だったんなら、あたしの気持ち分かるでしょ!」

 確かに分からなくはないけど、そこまで嫌ってはいないぞ、俺。

「ふーん、荒野とはまた違った形でねじ曲がっちゃってるみたいだね」

 だけど、反転者である紅葉は気を悪くした様子もなく、キシシシと笑っていた。

「だけど、男の無転換者のフリをしているのって、本当にそれだけが理由なのかな?」
「――――ッ!?」

 なにか含みを持たせた紅葉の指摘に、伊織の顔色が変わる。

「どういうことなんだ?」
「単純な好き嫌いの問題じゃないかもってことだよ。ボクたち反転者間でもね、無転換者の多くは素性を隠して反転者に混じっているんじゃないかっていうのが噂になっているんだけど、伊織ちゃんはそういう一目を避けるタイプとは違ってあるみたいだから、もしかしたら〝無転換者の女の子〟のままではいられなくなる理由でもあったんじゃないかなーって思ったんだ」
「うるさいわよ、反転者。そんなの、理由は単純。あたしは反転者に混じってコソコソ生きるくらいなら死んだ方がマシってだけ。だから男の無転換者のフリをしているのよ」

 それでも〝男の無転換者〟に化けるのにはプライド的に問題ないらしい。

「そういうわけで、あたしのことは〝桜子〟ではなく〝伊織〟って呼ぶようにしなさい」
「うん! 分かったよ、伊織ちゃん!」
「男の名前なんだから『ちゃん』とか付けないでよ!」
「えー、でも、結構昔から伊織って名前は女の子ってイメージも強いんだよ」

 すっかり紅葉にペース握られてしまった伊織がギャーギャー騒ぎ立てている。これは目的地にたどり着くまで続きそうな雰囲気だった。

 ……それより、俺にとっての問題はこっちだ。
 俺は俺で非常に耐えがたい状況に陥っているのである。

 人の行き交う通りを歩く俺の服装は、女子の制服を着たままだった。
 伊織からワクチンの話を聞いた直後、俺は元々あった男子用の制服に着替える時間も与えられず、この姿で外へと連れ出された。
 それからずっと、顔から湯気が出るんじゃないかってくらい紅潮させながら、わずかなそよ風一つでスカートがめくれてしまうんじゃないかと思って、ずっと片手でスカートの前後を押さえながら歩いている。

「だいたい、なんだこれ。女の子って、どうしてこんな格好で外歩けるんだよ」

 隠れているというか、守られている感じがしない。ほんのちょっとの油断一つで大切な部分が晒されてしまう。そんな高難度な日常を、大転変以前の女の子っていうのは平気な顔で過ごしていたのかよ。

「そういう顔ができるってことは、あなたの中身は、まだ〝無転換者〟の〝男の子〟ってことよ。安心なさい、木枯くん」

 戸惑う俺にやや上から目線で気遣ってくれてるようだが、そもそも、こんな身体になったのは伊織(おまえ)のせいだからな。

「そんな固くならなくて良いんだよ、荒野。見えちゃったなら見えちゃったで、反転者はそんな気にしないし、ボクはとっても喜ぶよ」
「良いわけないだろ!」
「あー、確かにそうだ。だって、荒野のスカートの下は男物のトランクスのままだったもんね。うん、よろしい、だったら荒野の穿いてるトランクスとボクの穿いてるパンツを交換しよう」
「――ふざけんな!」
 
 こうして、伊織のマンションへ着くまでの間。紅葉は器用に伊織と俺に対して、交互にちょっかいをかけ続けたのであった。
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