とあるTSFによってアンチの日常は終了してしまいました。

型抜久遠

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TSレベル【2】

29.木枯家の朝

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29.木枯家の朝

 部屋の片付けは後回しにさせて、洗面所で顔を洗い、一階のリビングにやって来る。

 テレビでは『レバーブレイク★クリティカル』なる朝アニメが放送されていた。

 向日葵がじっと夢中になって魅入っているこのアニメ。小から中学生ほどの少年たちがカラフルな衣装に変身して、悪者らしき奴らと拳でどつきあっている。
 戦闘シーンはこれでもかという集中線が用いられ、デジタルとは逆行しているかのような濃さの感じる画風。古き良き少年漫画を正しく引き継がれたかのような熱血青春系バトルアニメ……と、初見であればそう思うことだろう。
 しかし、この作品もまた、あの忌々しい大転変の影響を受けし悲劇の一つである。
 大転変以前のことだ。
 当時、幼い女の子から大きなお兄さんまで幅広く大人気となった『ハートチェック☆プリーティア』という女の子向けアニメがかつて存在していた。
 可愛らしい女の子たちが悪人と戦うバトルもの。そこのコンセプトは同じであるが、よく吹き飛ばされる代わりに、負傷シーンを極力カットした優しさとも苦情対策とも取れる演出。商業目的がフルオープンな化粧品を意識した変身アイテム。
 そういった男の子向けとは異なる進化を遂げていった女の子向けアニメの代表格。年が変わるたびに次のシリーズへと受け継がれていったこのプリーティアシリーズであるが、当時は息するのと同じくらい当たり前に存在していたソレが〝リメイク〟という暴挙によって変質した姿。それがこの『レバーブレイク★クリティカル』である。

 最近の反転者界隈の間では、こうした過去の創作物を、性別を変えてリメイクというのが流行りなのだそうだ。
 
 メインとなる登場人物は黄、青、赤(※リメイク前はピンク)というイメージカラーを持った3人。個性も性格も異なる3人が、葛藤や紆余曲折。苦難と試練を乗り越えていくストーリー、登場人物の名前は同じ。しかし〝性別〟だけが反転しているという内容。それだけだ。
 しかし、それだけのことが、様々な部分に影響を与えて別作品だと願いたい姿に変貌している。

 これだけ魔改造(※リメイク)してしまえば、かつてのファンは怒り狂うものであるが、そこは反転した世界の住人たち。
 
 大転変から3年の月日が過ぎ去ってしまったファンたちは、違和感を感じるどころか、まるでスポンジの吸収力の如く、それが本来あるべき完成品であるかのように現実を受け入れてしまった。
 それはもう、自然に。同然であるかのように、森羅万象の一部であるかのようにだ。
 
 そしてリメイク以前の『ハートチェック☆プリーティア』は、いつしか反転者の店から消えていき、恐るべき早さで人々(※反転者)の記憶から消え去ろうとしている。

 俺は、もはや還ることもなき、変わり果てた形容しがたき映像から目をそらして用意された朝食へ意識を移す。
 テーブルに並べられていたのは、こんがり焼き上がった食パン。厚切りベーコンと目玉焼き。昨夜の残り物であるポテトサラダに二切れのトマトが添えられていた。

「あれ、母さんは?」

 そんな洋風版朝食の作り主の姿が見えなかった。
 居るのは筋肉に身を固めた向日葵という妹だけ。
 あきらかに面積が小さすぎる椅子に器用に腰掛け、爪楊枝かと思わせるバターナイフで何段にも積み重ねられた食パンにマーガリンを塗っていた向日葵が、思い出したように口を開く。

「えっと、ちょーないかいのかいごーがあるからとかって、ママは先に食べて出かけたよ」
「……そうか」

 それはある意味都合が良かった。
 俺は牛乳をコップに注いで席に着いたあと、食事時間短縮のために、食パンでおかずをサンドしてかじりつく。

「あー! おにいちゃん、いただきますってしていないー!」
「……さっき小さい声で言いました」

 くれぐれもこういう小ズルい所は似てほしくないと思いつつ、母親が出掛けた集会所で行われているであろう会合風景を想像する。
 うちの母親がこういう場所に顔を出しただけであら不思議。ペット問題からゴミ問題まで眼光一つで即解決。この近年でのご近所問題は平和を維持している。最近だと付近をうろつく不審者の目撃例が更に目立ってきたみたいなので、その辺が話題に上がっていそうだ。
 母の中身が外見のように凶悪でないことは皆も分かっているようだが、怖いものは怖いのだ。出席した年配の方々の寿命が縮まらないことを祈りながら、食パンをクラッカーみたいに次々頬張っている向日葵を見る。
 
「向日葵は今日出掛けるのか?」
「うん! 今日はお友達と隣町の公園で野球をするんだよ!」
「そっか。暗くなる前に帰って来るんだぞ」

 どうして地元の公園でなく隣町なのかというと、どうやら近場の公園は工事中になってしまったかららしい。
 まるで怪獣クラスの大蛇が暴れまわったみたいに地面が抉れているらしいのだが、それがサッカーで小学生がシュートして出来上がった痕跡だと信じる人がどれだけいることだろう。
 ……まあ、当の本人は遊具だけは無傷ということで成長(※制御)はしているみたいであるが、正直そんなあこぎな真似の方が難しいのではないかと。野球するにしても飛行機や人工衛星を撃ち落とすような事態は避けるように祈るとしよう。

「大変! 早くしないと待ち合わせに遅れちゃう!」

 向日葵は慌てて牛乳の入ったお猪口のようなコップと、小皿みたいなオカズ一式を一飲みにしたあとは、家をドッタンバッタンさせながら出かける支度を始めた。

 ……まったく。この禁断兵器な妹と友達でいてくれている子供たちには感謝してもしきれないな。あるいは、子供だからこそ偏見も先入観も無いから妹と仲良くしてくれているのだろうか?
 その子供たちも、大転変で性別が変わっているはずであるが、妹をはじめ、そういう小学生あたりの子供たちの間で男女の反転問題についてのトラブルというのはあまり耳にしたことはない。

 おそらく、それはまだ男と女という意識が成長途中であるからなのだと思う。
 なら、これから先。中学、高校と成長していって、性別の意識が明確になっていったとき、この妹は今のように普通に笑顔でいられる毎日を送っていられるのだろうかと不安を感じてもいた。

 そう、だからこそ、俺は伊織が造り上げようとしている、大転変のもたらしたウイルスのワクチン。【無転還機】を完成させーーーー

「そうだ、おにいちゃん! この前、伊織おにいちゃんを連れてきたときヒマワリの部屋に入ったでしょ!」

 特注品であるTシャツにジーンズにスポーツキャップに着替え終えた向日葵が、リビングに顔を出すなり、ソニックブームのごとき声量が空気を振動させた。

「あ、ああ。ちょっとだけな……」

 大魔人(※妹)に睨まれて、妹の未来を憂いていた兄の心は半壊された。

「ダメだよ! 勝手にヒマワリの部屋に入ったりなんかしたらメッ(滅)なんだから!」
「そ、そうは言うが、向日葵だって俺を起こしに部屋に入って(壊して)来るだろ」
「ヒマワリはママに言われたからいいの! もう、今度から勝手にヒマワリの部屋に入ったりりなんかしちゃだめだよ!」

 PUNPUNと顔の穴という穴から蒸気を噴出させて怒る妹こと筋肉クリーチャー。
 ……驚いた。見た目は怪物だけど、普段は大人しい向日葵がこんなに怒っているのも珍しい。
 俺が向日葵の部屋で目撃したのは、無残に床に転がっている玩具や人形の数々だけなのだが、これが年頃乙女の階段というものなんだろうか?
 性別が反転してても関係ないのかという疑問もあったけど、今の向日葵を刺激すると命がヤバイので、とりあえず首を縦に五回ほど振っておく。

「それじゃ行ってきまーす!」
「おう、車に気をつーーー」

 ガッシャアアアアン!!!

 ーーけて行ってきな……と言い切る前に、向日葵はドラッグマシーン並のスタートダッシュで、修復されて間もない玄関を破壊して出ていった。

「先に玄関に気を付けてもらうべきだったな……」

 溜息交じりに玄関へ向かうと、砲撃跡みたいな大穴が出来上がっていた。

「おっじゃましまーって、うわぁっ!」

 その向日葵と入れ違う形で、玄関だった風穴から、幼馴染の庭咲紅葉が顔を出す。

「今日も随分賑やかだったみたいだね。また向日葵ちゃんに起こされたのかな?」
「ああ、危うく朝っぱらから圧死するところだったぞ」
「本当にお兄ちゃん想いの良い子だね。ボクは一人っ子だから兄妹がいるということは実に羨ましい限りだよ、ヒューヒュー」
「なんなら代わってやろうか? そういや寝起きの身代わりドッキリて返し技も有りだと、たった今思いついたぞ」
「それは生け贄とか捧げ物とかそういう類いのやつかな?」

 紅葉は冷や汗を見せながらひきつった笑みを浮かべていた。

「さてさて冗談はこのくらいにして、さっそく準備を始めようか」

 紅葉は「よっ!」と、玄関をくぐるように身を乗り出してきた。

 日曜日。休日ということで、紅葉の服装は学校の制服ではない。
 紅葉の服装。下は赤黒のチェック柄をしたロングなフレアスカートだ。開放的な服を好む紅葉にしては控えめではあるが、それに反比例して上はヘソ出しノースリーブである。うっすら横からはみ出しそうな胸元が実に艶めかしい。

 その手には紙袋が握られていた。紅葉は気分良さげに、中身一杯に詰め込まれた紙袋から取り出したもの。

「……やっぱり、それ着ないと駄目?」
「そうだよ。だって、ヤマトナデシコが決まる大会なんだよ。男みたいな格好で出場したら、それだけで印象悪くなっちゃうかもしれないじゃないか」

 紅葉が手にしているのは女性用の服だった。紙袋の中にはまだ何着もの衣類が詰め込まれているに違いない。
 想像しただけで今すぐ逃げ出したい気持ちにかられてしまう。

 でも、これは乗り越えなければいけない壁!
 俺が男に戻るために必要不可欠な試練なのだ!

「さてさて。それではお待ちかねのお着替えタイムと洒落込みますかね☆」

 その時の幼馴染の瞳は爛々と輝いていたのである。
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