君に溺れてしまうのは僕だから

星野しずく

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君に溺れてしまうのは僕だから.106

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 武彦と伊織が食べ終えるのを見計らって田所さんが口を開いた。

「差し出がましいようですが、ご提案させていただいてよろしいですか?」

「な、なんですか改まって」

 昨日から、武彦は田所さんの前ではタジタジだ。



「旦那様のお仕事は国外でもできますか?」

「ん?どういうことだ」

「いっそのこと伊織さんとお二人で海外で生活されたらどうかと思いまして」

 田所さんのぶっ飛んだ発想に、伊織も武彦もすぐに反応することができない。

「な、なんで急にそんな…」



「もうこれ以上窮屈な生活をする必要はないじゃないですか。幸い旦那様のお仕事はこのご時世でしたらどこでもできると思いますけど」

「そ、それはまあそうだけど…」

「日本は他人の恋愛に平気で口出しするお節介な国です。もっと恋愛に寛容な国に行って自由に暮らしていかれたらどうですか?ねえ伊織さん」

「えっ、わ、私…」



「そうですよ。旦那様はどうも怖気づいていらっしゃるようですから、ここは伊織さんがビシッと決めてしまえばいいんです。旦那様が動くのを待ってたら一生終わってしまいますから」

「し、失礼だな。いくらなんでも言い過ぎだ」

「私はそれでもかまいません。おじさまを愛してることをオープンにして生きていける場所があるなら行きたいです」

「ほら、やっぱり伊織さんの方がしゃんとしてますね」

「海外で生活なんて…、考えたこともない」

「どうせ旦那様は家の中にこもりっきりなんですから、伊織さんが窮屈な思いをしない場所を選んで差し上げればいいんですよ。そうですね、フランスなんかどうですか?恋愛には寛容な国ですよ。夫婦ともに愛人がいるのもOKだって、この間テレビでもやってましたから」

 次々と繰り出される世間離れした提案に、伊織も武彦も頭がついていかない。



「で、でも田所さんはどうするの?私たちが引っ越しちゃったらまた次のところ探すの大変じゃない?」

「実はわたくしごとですが、最近プロポーズを受けました」

「ええっ!」

 これには、武彦と伊織が同時に声をあげた。

「お、お相手はどんな方…?」

 伊織は恐る恐る尋ねた。

「それが…」

 そう言ったまま田所さんは顔を赤らめた。



「ゴホンッ!村井家にお勤めする前にお世話になっていたご家庭の旦那様です」

「え、ええーっ!!」

 もう驚きすぎて、それ以上言葉が出てこない。

「その…、あれ以来私からは一度も連絡はしておりませんでした。あちらのご家族のお子様は二人ともご結婚なさり、その後ご夫婦は離婚されました。そして、旦那様から最近連絡があり、私と結婚したいと申し出がありました」

 田所さんはさらに顔を赤らめながらも、その表情は嬉しさで溢れていた。

「よかったじゃない田所さん!おめでとう」

 何も言えない武彦に代わって、伊織が祝福の言葉を述べた。

「は、恥ずかしいです。でも、そんな私だからこそ、伊織さんには幸せになって欲しいと心から思っています。私は愛する人とこれからの人生をともにすることはできますが、もう子供を授かることは出来ません。だから、そういうことが許される場所が地球上にあるのなら、お二人にはそこへ行って幸せになって欲しいんです」

 辛い恋愛をしてきた田所さんの言葉が二人の胸に深く突き刺さる。
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