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君に溺れてしまうのは僕だから.62

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 そろそろ二人でお話をということで、伊織とおばさま、そしてお相手のご両親は退席した。

 ホテル内の喫茶店で二人を待つことになっていた。

 ちょうどケーキのバイキングがやっていたので、伊織は食欲に走った。

 そうでもしなければ余計なことしか考えないに決まっているから。

 おばさまはご両親と顔見知りということもあって、よくそんなに話すことがあるなと感心するくらいに喋りつづけていた。

 その横で伊織は黙々とケーキを食べ続けた。



「いやあ、あの有名な村井武彦先生とお見合いさせていただけるなんて、それだけで光栄です」

 愛美の父親は有名小説家というだけで、社会的にも経済的にも娘の婿としては十分満足なのだろう。

 母親の方はおばさまとは正反対で無口な女性だった。

 夫の話に黙ってうなずくだけで、ほとんど話はしなかった。

 つまり、話しているのはおばさまと愛美の父親の二人だけという、ひどくつまらない待ち時間だった。

 伊織はこれ以上待たされたら、もう夕食が食べられないというくらいケーキを食べていた。

「女の子っていっても、やっぱり育ちざかりね。それとも甘いものは別腹っていうアレかしらね」

 伊織の心中など知る由もない美紀は勝手なことを言って納得していた。



「お待たせしました」

 ふり返ると、武彦と愛美がそこに立っていた。

「あら、兄さま。もうお話しはよろしいの?」

「ああ」

 武彦は、「そんなに話せるはずないだろう」とでも言いたげに美紀を少しだけ睨んだ。

「では、またご連絡させていただきますね」

 美紀は丁寧に挨拶をし、武彦たち村井家は都築家を見送った。



 帰りのタクシーの中では早くも美紀の事情聴取が始まったが、武彦はまったく取り合わなかった。

 見合をしてやったんだから、それで十分だろうということなのだろう。

 しかし、自分からはとてもそんなことを尋ねるわけにはいかない伊織としては、美紀がもう少し食い下がって、少しでもいいから二人がどんなことを話したのかが知りたかった。

 そして、彼女のことを気に入ったのかどうかも。

「兄さま、どちらにしてもお相手に連絡するのは私なんですからね。気持ちが決まったらちゃんとお話ししてくださいよ」

「そんなことわかってる」

 武彦はもう放っておいてくれと言わんばかりに腕を組んで目を閉じてしまった。

「もう、私がどれだけ骨を折ったか兄さまはちっとも分かっていらっしゃらないんだから」

 美紀はブツブツ言いながらも、ようやく見合に漕ぎつけたことには満足している様子だった。

 この調子では、今回がダメでもすぐに次の話を持ってくる可能性が高い。



 こんなとき伊織は自分がまだ子供で、どうすることも出来ない無力感に苛まれる。

 駄々をこねる歳でもない。

 でも、はいそうですかと言ってすべてを受け入れる器もない。

 自分の中で不完全燃焼するしかないのだ。
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