ホストと女医は診察室で

星野しずく

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ホストと女医は診察室で.43

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 和希はタクシーを呼んでくれた。

 慶子は和希に支えられて何とかタクシーに乗り込み、家に帰った。

 鍵を開けるのも一苦労で、まだ相当酔っているのだと自覚する。

 何とか階段を上がり二階のリビングのソファにたどり着いた。



 信じたくない…。

 信じられない…。

 今日の和希さんは明らかにおかしかった…。

 和希と一緒にいるときは、和希の反応が怖くて自分の感情をまともに出すことが出来なかった。

 でも本当はすごく怖かった…悲しかった…。



 家に着いて緊張の糸がプツリと切れた慶子は、大声をあげて泣いた。

 泣いて、泣いて…泣きつづけて…、どれくらいの間そうしていただろうか。

 いつの間にかその場で眠りに落ちていた。



 おかしな格好のままソファで眠ってしまい、首が痛くて目が覚めた。

 終わってしまったことだと過去のことにするにはまだ時間がかかるだろう。

 だけど、結局は自分がお酒を飲んでしまったのがそもそもの原因なのだ。

 そして、そのお酒を飲みたくなったのは、やっぱり聖夜のことが気になったからだ…。



 和希の言うことを散々否定したけれど、自分でも気づかないうちに、聖夜のことを本気で好きになってしまったのだろうか。

 まともに恋愛をしてこなかった慶子は和希にあれだけしつこく言われてようやくそうなのかもしれないと思い始める始末だ。



 しかし、今日のセックスは避妊をしていなかった。

 慶子はよろよろと一階へ下りていくと薬を保管してある棚からピルを取り出した。

 コップに水をくんでそれを飲み込んだ。

 これで一応は安心だ。

 ピルをニ、三日飲み続ければ、おそらく妊娠はしないだろう…。



 和希にはそこまでの知識はないから、きっと子供ができることを心待ちにしているだろう。

 もう自分から和希に連絡を取ることはないけれど、和希は子どもが出来たことを知りたいに違いない。

 きっとしつこく連絡が来ることは頭に入れておかなければならないだろう。



 最悪な朝帰りをしてしまった慶子は、お酒の抜けきらない体をベッドに横たえた。

 気持ちよく眠れるとは到底思えなかったけれど、とにかくどうしようもなく疲れていたから。



 今日が日曜で本当に良かった。

 もうこれ以上悲惨なことにはならないだろうと思えるほど気持ちは荒んでいたけれど、あらかじめ予約しておいたエステとネイルのおかげで何とか一日潰れそうだ。

 余計なことを考えなくて済む。



 和希とは、これ以上友達の関係も続けられないだろう。

 そうなれば、今は辛いかもしれないけれど、時間が解決してくれる。

 もうしばらくの我慢だ。

 それにしても、本当にお酒には気をつけなければ…。

 特に聖夜のことが絡んでいる場合は絶対に飲まないと決めた。



 慶子はこれまでにも増して仕事に打ち込んだ。

 そして傷ついた心を癒すため、空いている日は全てエステやネイル、ショッピングなど自分磨きに勤しんだ。

 あの日のことを和希はどう思っているのだろう。

 だが、慶子からそれを尋ねる気にはならなかった。



 医師として当然の処置を行ったおかげか、はたまたそもそも妊娠していなかったのか、今となっては分からないが、慶子に妊娠の兆候はなかった。

 そして、和希から連絡がないまま三ヶ月が過ぎようとしていた。



 詳しい知識がない人でもさすがに妊娠が分かるのが三ヶ月位だということくらいは知っているだろう。

 業務が終了し、職員も帰った午後九時過ぎ、夕食の支度をしていた慶子の携帯が鳴った。

 画面を見ると和希の名前が表示されている。

 慶子は一瞬躊躇したが、遅かれ早かれこの話には決着をつけなければならないと覚悟していた。
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