それでも俺が好きだと言ってみろ

星野しずく

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それでも俺が好きだと言ってみろ.09

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 和香は下手に動いて桜庭に叱られるのが怖くて、そのまま自分の席でマニュアルを読んでいた。



「竹内・・・」

 聞き覚えのある声で突然後ろから名前を呼ばれ、和香はついビクッと反応してしまう。

 そこに立っていたのは、不服そうな顔の桜庭だった。

 今、竹内って・・・。



「仕事始めるぞ」

「はいっ」



 いったい何と言って桜庭を口説いたのか・・・。

 三村はちゃんと約束を守ってくれたようだ。

 和香の呼び名は二流から竹内に昇格した。



 三村さんが言った通り、昨日もらったマニュアルを読めば、仕事の方はさほどつまづくことなくこなすことが出来た。

 そんなわけで、まだまだスピードは遅いものの、和香に任された仕事は何とか終えることが出来た。



 桜庭は自分の仕事を終えると、和香のところにやってきた。

 桜庭が近づくだけで、和香の緊張感はMAXになる。



「今日分析したのはいくつだ」

「・・・三件です」

「のろまめ・・・。やっぱり二流だな」

「・・・っ、すみません、明日はもっと早くできるよう努力します」

「さぁ、努力してどうにかなる類のもんなのかねぇ」

 桜庭は和香のことをバカにしきっている。



 その時、スタッフルームの横の廊下を、植松さんが横切った。
 
「桃代、今日は?」

「・・・ああ、今日は残業ないよ」

「じゃあ俺んちで」

「わかった」



 植松さんは、まるで仕事の会話をしているのかと勘違いしてしまうほど、普通にその話をしていた。

 もう周知の事実なのか、社員の誰もそれについて関心がないようだ。



 和香は、昨日とは違い、退社してすぐ家に向かう道を歩いていた。

 途中スーパーに寄って、家に着いたのは八時を少しまわったところだった。

 昨日の事がまるで嘘みたいに思える。



 夕食を済ますと、昨日返事ができなかった真に電話をした。

 まだ、帰ってないかもしれないな・・・。

 真の会社は大手製薬会社で、新入社員の真は覚えることがとにかく沢山あると悲鳴をあげていたから。



 程なく真が電話に出た。

「もしもし、まあ君?今どこ」

「まだ会社なんだ」

 少し声を潜めている様子がうかがえる。



「じゃあ、すぐ切らないとね。とりあえず何とかやってけそうだから、心配してくれてありがとうね」

「そっか、よかった。そうだ、週末会えるかな?」

「うん、大丈夫」

 本当は全然大丈夫なんかじゃない。

 だけど、真に打ち明けることなんてできるはずがない。



「また、連絡するよ」

「わかった」

「じゃあまた」

「うん、無理しないでね」

「ありがとう」

 そう言って電話は切れた。



 お互いまだ慣れない生活で、自分のことで精一杯のはずなのに、真はいつも優しい。

 そんな真に心配をかけたくない。

 とりあえず、今日はこうして無事に家にいるのだ。

 和香は、今はとにかく早く仕事を覚えて、一人前になることだけに集中しようと思い、マニュアル片手にパソコンで勉強に勤しむのだった。
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