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理不尽な要求.19
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翌日、幸助から例の祭りの出品予定の試作品がほぼ出そろったということで、仕事帰りに寄ってほしいとの連絡があった。
雅史のことが気になって、ショップで接客をしていてもフッと上の空になったりして、あみちゃんに心配される始末だったが、祭りが順調に進んでいる事が少しだけ気持ちを紛らわせてくれた。
「こんばんはー。」
いつもの様に幸助の部屋を訪れると、居間から運んで来たのか大きな座卓が置かれており、その上にたくさんの試作品の案が並べられていた。
「すこいじゃん、みんなやる気だねー。」
「そうだろー、こんなに集まるとは思わなかったよ。」
幸助は、腰に手を当てて仁王立ちになり、興奮気味に資料を眺めている。
「どれどれ。」
夏希は一つ一つの資料を手に取ると、丁寧に見ていく。
どれも工夫が凝らしてあり、見ているだけで楽しくなってくる。
所々修正した方が良いだろうというものがあるが、ほとんどはそのまま商品化しても問題はなさそうだった。
「みんな完成度高いね。」
「ほんとだよ。こんなにいいものが出てくるなんて思ってなかったからさ、やる前から興奮しちゃうよ。」
子供みたいに嬉しそうに話す幸助を見て、夏希は思わず吹き出してしまった。
「大変なのはこれからだよ。喜ぶのはまだ早いって。」
「そうなんだけどさ、やっぱうれしいじゃん。みんなで一つの事に向かって力を合わせる感じ?学生時代にはそんな事も出来たけど、大人になるとこういうのって中々ないだろ?だからかな、妙に力入っちゃって、自分でもおかしいって思うんだけどさ、もう頭ん中祭りのことで一杯だよ。」
「もう、お店の方はちゃんと回ってるの?」
「そっちは、まあ、いつも通りやってるよ。それ以外の時間が祭り一色になってるだけ。」
分かっているつもりだったけど、幸助の不器用な程の生真面目さは時に暑苦しいくらいだった事を思い出したのだった。
「まあ、いいわ。今出てるもので、修正した方がいいかなって思うのがいくつかあるの。幸助の意見も聞かせて。」
二人は夜遅くまで、検討会?を行った。
幸助はそれを各店舗に伝えて、また来週二人でチェックする予定になった。
一旦は棚上げになった幸助の告白だが、彼の気持ちは何も変わっていない。
いや、それどころか、今回の祭りの準備を一緒にやっていくうちに、夏希の物事に対して真摯に取り組む態度であったり、持ち前のセンスを目の当たりにして、困ったとこにますます彼女の事が好きになっていく。
夏希と過ごす時間は平静を装っているが、内心ではどうがんばったって意識しずにはいられない。
うっかり気を許すと彼女の横顔をボーっと眺めてしまいそうになる。
こんな状態ではダムが決壊するのも時間の問題だ。
この間の様にメチャクチャな告白じゃなく、この祭りが終わったらもう一度ちゃんと告白しようと密かに決めていた。
何もしないまま、高柳のやつに夏希をさらわれるのは男として我慢できない。
たとええそうすることで、その後の夏希との関係がぎくしゃくしたとしても、言わないという選択肢は幸助の中にはもう無かった。
祭りは心から楽しみだ。
しかし、その後は告白という一大イベントを自分に課している。
幸助はどっちも全力で望むことを一人心に誓うのだった。
あれ以来雅史からは連絡が無い。
夏希は何度か自分から連絡を取ろうかと思ったのだが、彼に主導権があることに自分から何かを尋ねる権利など無い。
モヤモヤした気持ちのままさらに数日が過ぎた水曜日の朝、雅史から電話が入った。
その日夏希は休みで久しぶりにランニングでもしようかと準備をしているところだった。
「連絡が遅れてすまない。今日は休みだね。」
「はい。」
夏希のスケジュールも把握している様で、今日が休みだと分かっていて連絡をしてきたようだ。
久々に聞く雅史の声に、夏希は胸がざわめく。
いっぽうの雅史は、この間とは打って変わっていつも通りの落ち着いた口調に戻っている。
「急ですまないんだけど、これから言うところに来られるかな。午後からで構わないから。」
「あ、はい。大丈夫です。」
「じゃあ、住所の地図をスマホに送るから。」
「分かりました。」
いつも考えられないような恥ずかしい事ばかりを要求されるというのに、雅史に会えるのならそんなことは気にならなくなっている自分が夏希自身も信じられないくらいだ。
一応スポーツウェアに着替えて準備をしていたところだったので、軽くジョギングに出かけた。
しかし、頭の中はこれから雅史と過ごすことで一杯で、さわやかな風も鳥の鳴き声も、川のせせらぎの音も聞こえるはずのものは何も聞えてこなかった。
家に帰り着替えを済ますと台所で軽く昼食を取った。
「夏希、出掛けるの?」
光子はお店にお客さんがいないうちに昼食の準備をしようと台所に入ってきたようだ。
「うん、ちょっと。」
「夕飯はどうするんだい?」
「家で食べるよ。」
「そう、じゃあ、何か適当に買い物してきてくれると助かるわ。」
普段ショップで仕事をしている日は一緒に夕食を食べることができない。だから、休みの日は出来るだけ夏希が作って一緒に食べることにしているのだ。
「うん。分かった。なにか食べたいものある?」
「私、今日はなんだか牡蠣フライが食べたい気分なんだけどいい?」
光子はちょっとおねだりするように言った。
夏希は笑顔で答えた。
「オッケー。今日は牡蠣フライで決まりね。じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
娘がどこに何をしに行くのか知る由もない光子は、笑顔で見送ってくれた。
とても親には言えないこと。
しかも、そんな相手を好きになってしまうなんて。
夏希は車を運転しながら思わず頭を掻きむしっていた。
なんで好きになんかなっちゃったんだろう。
自分が苦しいだけなのに。
最初から終わりが見えてて、実るはずの無い恋なのに。
好きという気持ちはどんなに抑え込もうとしても、アメーバのように小さな隙間から漏れ出してしまう。
その気持ちが無くならない限り、止めることなんてできないのだ。
これからその雅史に会うといのに、夏希は好きという気持ちと、それを決して知られてはいけないという厳しい状況に置かれて頭が変になりそうだった。
それでも、雅史に会えると思うだけで、胸が高鳴る。
夏希は雅史が指示してきた場所に向かって車を走らせた。
雅史のことが気になって、ショップで接客をしていてもフッと上の空になったりして、あみちゃんに心配される始末だったが、祭りが順調に進んでいる事が少しだけ気持ちを紛らわせてくれた。
「こんばんはー。」
いつもの様に幸助の部屋を訪れると、居間から運んで来たのか大きな座卓が置かれており、その上にたくさんの試作品の案が並べられていた。
「すこいじゃん、みんなやる気だねー。」
「そうだろー、こんなに集まるとは思わなかったよ。」
幸助は、腰に手を当てて仁王立ちになり、興奮気味に資料を眺めている。
「どれどれ。」
夏希は一つ一つの資料を手に取ると、丁寧に見ていく。
どれも工夫が凝らしてあり、見ているだけで楽しくなってくる。
所々修正した方が良いだろうというものがあるが、ほとんどはそのまま商品化しても問題はなさそうだった。
「みんな完成度高いね。」
「ほんとだよ。こんなにいいものが出てくるなんて思ってなかったからさ、やる前から興奮しちゃうよ。」
子供みたいに嬉しそうに話す幸助を見て、夏希は思わず吹き出してしまった。
「大変なのはこれからだよ。喜ぶのはまだ早いって。」
「そうなんだけどさ、やっぱうれしいじゃん。みんなで一つの事に向かって力を合わせる感じ?学生時代にはそんな事も出来たけど、大人になるとこういうのって中々ないだろ?だからかな、妙に力入っちゃって、自分でもおかしいって思うんだけどさ、もう頭ん中祭りのことで一杯だよ。」
「もう、お店の方はちゃんと回ってるの?」
「そっちは、まあ、いつも通りやってるよ。それ以外の時間が祭り一色になってるだけ。」
分かっているつもりだったけど、幸助の不器用な程の生真面目さは時に暑苦しいくらいだった事を思い出したのだった。
「まあ、いいわ。今出てるもので、修正した方がいいかなって思うのがいくつかあるの。幸助の意見も聞かせて。」
二人は夜遅くまで、検討会?を行った。
幸助はそれを各店舗に伝えて、また来週二人でチェックする予定になった。
一旦は棚上げになった幸助の告白だが、彼の気持ちは何も変わっていない。
いや、それどころか、今回の祭りの準備を一緒にやっていくうちに、夏希の物事に対して真摯に取り組む態度であったり、持ち前のセンスを目の当たりにして、困ったとこにますます彼女の事が好きになっていく。
夏希と過ごす時間は平静を装っているが、内心ではどうがんばったって意識しずにはいられない。
うっかり気を許すと彼女の横顔をボーっと眺めてしまいそうになる。
こんな状態ではダムが決壊するのも時間の問題だ。
この間の様にメチャクチャな告白じゃなく、この祭りが終わったらもう一度ちゃんと告白しようと密かに決めていた。
何もしないまま、高柳のやつに夏希をさらわれるのは男として我慢できない。
たとええそうすることで、その後の夏希との関係がぎくしゃくしたとしても、言わないという選択肢は幸助の中にはもう無かった。
祭りは心から楽しみだ。
しかし、その後は告白という一大イベントを自分に課している。
幸助はどっちも全力で望むことを一人心に誓うのだった。
あれ以来雅史からは連絡が無い。
夏希は何度か自分から連絡を取ろうかと思ったのだが、彼に主導権があることに自分から何かを尋ねる権利など無い。
モヤモヤした気持ちのままさらに数日が過ぎた水曜日の朝、雅史から電話が入った。
その日夏希は休みで久しぶりにランニングでもしようかと準備をしているところだった。
「連絡が遅れてすまない。今日は休みだね。」
「はい。」
夏希のスケジュールも把握している様で、今日が休みだと分かっていて連絡をしてきたようだ。
久々に聞く雅史の声に、夏希は胸がざわめく。
いっぽうの雅史は、この間とは打って変わっていつも通りの落ち着いた口調に戻っている。
「急ですまないんだけど、これから言うところに来られるかな。午後からで構わないから。」
「あ、はい。大丈夫です。」
「じゃあ、住所の地図をスマホに送るから。」
「分かりました。」
いつも考えられないような恥ずかしい事ばかりを要求されるというのに、雅史に会えるのならそんなことは気にならなくなっている自分が夏希自身も信じられないくらいだ。
一応スポーツウェアに着替えて準備をしていたところだったので、軽くジョギングに出かけた。
しかし、頭の中はこれから雅史と過ごすことで一杯で、さわやかな風も鳥の鳴き声も、川のせせらぎの音も聞こえるはずのものは何も聞えてこなかった。
家に帰り着替えを済ますと台所で軽く昼食を取った。
「夏希、出掛けるの?」
光子はお店にお客さんがいないうちに昼食の準備をしようと台所に入ってきたようだ。
「うん、ちょっと。」
「夕飯はどうするんだい?」
「家で食べるよ。」
「そう、じゃあ、何か適当に買い物してきてくれると助かるわ。」
普段ショップで仕事をしている日は一緒に夕食を食べることができない。だから、休みの日は出来るだけ夏希が作って一緒に食べることにしているのだ。
「うん。分かった。なにか食べたいものある?」
「私、今日はなんだか牡蠣フライが食べたい気分なんだけどいい?」
光子はちょっとおねだりするように言った。
夏希は笑顔で答えた。
「オッケー。今日は牡蠣フライで決まりね。じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
娘がどこに何をしに行くのか知る由もない光子は、笑顔で見送ってくれた。
とても親には言えないこと。
しかも、そんな相手を好きになってしまうなんて。
夏希は車を運転しながら思わず頭を掻きむしっていた。
なんで好きになんかなっちゃったんだろう。
自分が苦しいだけなのに。
最初から終わりが見えてて、実るはずの無い恋なのに。
好きという気持ちはどんなに抑え込もうとしても、アメーバのように小さな隙間から漏れ出してしまう。
その気持ちが無くならない限り、止めることなんてできないのだ。
これからその雅史に会うといのに、夏希は好きという気持ちと、それを決して知られてはいけないという厳しい状況に置かれて頭が変になりそうだった。
それでも、雅史に会えると思うだけで、胸が高鳴る。
夏希は雅史が指示してきた場所に向かって車を走らせた。
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