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かみわざの後は、スイーツな再会。
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お金は多くあっても困らない。
それは事実だろう。
「けどね、ものには限度ってもんがあるッ! 銀行口座にならどんだけあっても困らないよ。だ~が、しかし! 現金で部屋にわんさかあっても、置き場所に困るだけだっての!」
札束に占領された部屋の片付けをはじめて、十分も経っていないのに凛空は心が折れかけていた。
何しろ収納スペースがあまりない、単身者向けアパートなのだ。わずかな隙間も逃さず詰め込むしかない。
そう考えた凛空と狐火が一枚ずつ紙幣を重ねて整え、ひとかたまりごとに空き袋へ入れていく。
袋に入っていれば多少バランスを崩しても散らばったりしない。
パンパンに膨れた金入り袋を隙間なく並べて、その上にも重ねて置く。
ただコンビニ袋は紙幣に比べて少なすぎて、あっという間に底をついた。
「どうしましょう、凛空さま。このまま重ねて、余り紙で留めましょうか?」
片手で握れるほどの分厚さに束ねた紙幣を、反対の手でくるっと回す仕草をしながら狐火が質問する。
「んー……それもいいけど、オレんとこに余り紙ってもんがそもそもなくてな……細長く紙を切っていくのも手間がかかるしなぁ。……しょーがない。ひとまずコレにしとくか」
今部屋に大量にある袋と言えば指定ごみ袋だ。
凛空がごみ袋を持ってきて狐火に手渡すと、文字を読んだ狐火が何とも言えない表情になる。
「……凛空さま……」
「いや、言いたいことはわかってるよ!? それ以上言ってくれるな、狐火くんよ」
「……いいですけど。福の神ともあろう者が、金をごみ袋に入れるだなんて……」
「ごみ袋って書いてあるだけの袋だ。文字を読んではいけない。袋には何も書いていない、そう思い込んでくれ」
遠い目をしたまま、狐火は仕方なく頷いて作業に戻る。
紙幣をまとめて向きを揃え、ひとかたまりにして袋に入れる。
この地味すぎる作業をくり返しても、凛空がたっぷり引き出してしまった紙幣の海は部屋中を分厚く覆い隠したままだ。
見渡す限りの紙幣の海で泳ぐのは楽しかったが、今はただ疎ましい。
「では、このままにしますか?」
ちまちま小さな手で紙幣を重ねながら、狐火が凛空を振り向いて問いかける。
一度紙幣の海から抜け出してしまえば、その上を歩いて生活することはできるのだ。
「あー……けど、やっぱ金を踏みつけるってのは、感じ悪いからなぁ……」
「いっそ別の部屋に引っ越しては? これだけあるのです、家を買うこともできますよ?」
狐火が両手を広げて周囲を示す。
その提案に心が揺らぐものの、凛空は首を横に振る。
「金が足りないと思ってた時はともかく……こんだけ札束に触れているのに、いざ使うとなるとためらうんだよなー」
「貧乏性ですね」
狐火がバッサリと言い捨てる。凛空はうっ、と小さく呻いてそれ以上何も言えなくなった。
「……そうだ。狐火くん、火が出せる以外にこういう時使える技とか、なんかないの?」
目を輝かせて凛空が狐火に聞く。
狐火は少し考えてから、立ち上がる。
「それでは、我が主のご要望にお応えいたしましょう」
宣言した狐火が両腕をさっと広げると、狐火の周囲の紙幣がフワッと浮き上がりはじめる。
それは見る見るうちに数を増やして、狐火を中心にして渦を巻く。
宙を旋回しながら紙幣がひとかたまりに揃っていく。やがてきれいに揃った紙幣が空きスペースに飛んで、きっちり並んだ。
浮き上がっては宙を舞い、束になって並べられていく光景はとても見応えがあった。
ハラハラとひるがえり、寄り添って袋の中に入っていく。
床に並ぶ札束たちが今度は愛しく感じる。
狐火の神業で永遠に片付けられないと思えた紙幣の海が、すっきりきれいに片付いた。
ごみ袋に入れられ、土嚢のように壁際から積み重ねられた紙幣たち。
「おぉ、すっげーな! あっという間に片付いたぜ。これぞ、紙を片付ける神の技、神業ですな! って言うか、こんなにあっさり片づけられるんなら、最初っからやってくれよーっ!」
満足そうにふぅ、と息を吐いた狐火は凛空の叫びに首を傾げる。
「? 凛空さまに、出来るかどうかも聞かれませんでしたので」
「…………ゆとり世代か……」
なぜかどっと疲労感に襲われて、凛空が肩を落とす。
とにかく片付けは終わった。気を取り直して部屋を見回す。
片付けたもののお金入りゴミ袋の壁は部屋の半分を占領している。
(……嬉しいはずなんだけど、かなり邪魔。てか、ベッドの上くらいしか空いてるスペースがないじゃないか)
福の神の力とやらでお金が引き出せるのはわかったが、これからは計画的に利用しなくてはと凛空が心に誓う。
狐火も部屋を見ていたが、凛空をくるっと振り向いて言う。
「片付けは終わりましたので、さっそく参りましょう!」
いきなり狐火が外を指さすので、凛空ははて、と首を傾げる。
「行くって、どこに?」
「? 凛空さまが欲しいと思ったものを手に入れるために、に決まっています」
聞かれた狐火の方が不思議そうに言い返す。
(そっか、札束騒動ですっかり忘れてたけど、最初に狐火が見本をくれた時、欲しいと思ったから出てきた金があったんだった)
あまりにも札束の海が衝撃的すぎて、その前の流れをすっかり忘れていた。
「は? まさか、コンビニに行くの?」
「コンビニ、とやらで手に入るのでしたら」
狐火がこくんと頷いて、じっと凛空が動くのを待っている。
(そっか、確かに狐火はオレが何を望んだのか聞いてないから、知らないわな)
時計を確認すると正午をわずかに過ぎている。
狐火が言う通り、空腹感をあまり感じていないから、どうしても食べたいわけじゃないけど。
「せっかくだしな…………気分転換に行くか」
「はい、行きましょー」
片付け終えた達成感から、外の空気を吸いたくなった凛空が賛同すると、狐火も嬉しそうに外に向かって歩き出す。
(使わなくちゃ、ゴミにしか見えない金袋たちが減らないしなぁー)
部屋を出ようとしたところで凛空が立ち止まる。
「……なぁ、そう言えばオレは人間の姿じゃなきゃ、見えないんだっけ?」
「そうですね、ほとんどの人間には見えません」
「物を買う時にそれじゃ困るよ。盗んだことになっちまう」
「福の神が手に入れるのなら、盗みにはなりませんけど……凛空さまの今までの概念なら、窃盗になるのでしょうねー」
凛空が福の神じゃない、と言いかけたところで察しのいい狐火が先回りする。
「だからさ、ちゃんと買えるように姿を見てもらうには、どうやったらいい?」
「簡単でございます。人間の姿になればいいんです」
「……どうやって?」
今が福の神状態と言われても納得できないほど、昨日までと何ら変わらない感覚でいるのだ。
だいたい、姿を変えるとかそんな芸当がなかったんだから、わからなくても当然だろう。
「どうやって、と聞かれると困るのですが……」
狐火があごに手を当てて考える。そして何かを思いついたようで、指を鳴らした。
「人間だった時の姿を思い出してください。福の神になった日に見た、若返った姿ではなく」
「え、そんだけ?」
「はい。福の神はしっかりイメージできる姿になれるのです。凛空さまにとって一番強くイメージできる姿が他にありましたら、そちらでも構いませんよ」
「……えー、イメージするだけで変わるのかよ……」
狐火がきらきらと輝く表情で見上げてくるので、やらないと言えずに渋々、目を閉じてイメージをした。
毎朝、顔を洗うときに見てきた自分の顔と、店のショーウィンドウに映った時の自分の姿も。
ただ目を閉じて想像しただけなのに、ふっと身体が少し重くなったような気がして目を開けると、狐火が両手を叩いて喜んでいた。
「成功です! さすがご主人さまです、すぐに出来ましたね!」
「……やべ……この姿を懐かしいと思うオレがいる……」
洗面所に駆け込んで鏡を見た凛空が、複雑そうに笑いながら呟く。
そこには福の神騒動が起きる前までの、くたびれた三十路フリーターの唐津凛空が映っていた。
「年を取る、と思えば人間の姿とやらになれるのか……」
若々しい高校生並みの姿の時が福の神状態で、疲れて貧弱なオジサン姿を思い出せば人間になれるようだ。
戸惑いながらも凛空が何となく感覚の違いを理解しようとしていると、狐火がやってきて凛空の腰部分の服を引っ張って、出掛けようと催促する。
「って、ちょっと待った! お、おま、おまえ……狐火、だよな?」
自分の体を押してくる小さな手の持ち主を見下ろして、凛空が驚愕のあまりに立ち止まる。
さっきまではっぴ服で両耳と尻尾のある、狐のお面をつけた子ども姿だった狐火が、いつの間にか白いシャツと半ズボンの人間の子ども姿に変わっていたのだ。
「主がお望みなら、わたしも人の姿に変化できるのです」
狐面がなくなった狐火は、どこからどう見ても人間の子どもの姿になっていた。
栗色のさらさらの髪と目はともかく、白い肌は日本人っぽくないが、可愛らしい顔立ちはまさに天使のようで、キラキラしい。子役だと言っても通じそうだ。
(こんな目立つ子どもを連れて、昼間っから外を歩けるかっ! 間違いなくオレが職質されるに決まってんじゃん。可愛い子どもを浚ってきた誘拐犯だよ、オレ!)
どうやら狐火にとって人間に見える姿がこれらしいが、親戚の子どもだと言って信じてもらえるかどうか、非常に怪しい。
再び頭を抱えて座り込んでしまった凛空へ、無邪気に狐火が首を傾ける。
「どうされました?」
「……いや、おまえね……その見た目は罪だわ……他の姿にはなれない?」
「残念ながら、まだ未熟ゆえわたしにはこれしか……申し訳ございません」
少し泣きそうな表情になった狐火の子ども姿は、見る者の心を激しく揺さぶる。
特に子ども大好きってわけでもないのに、凛空の心がざわざわと騒ぐ。
(くっそ、罪悪感が半端ねぇ! なんつー姿をしてくれんだよ)
凛空の気も知らず、狐火はさっさとドアを開けて外に出てしまう。
「さぁ、行きましょうよ、ご主人さま」
「っ! い、いや、まず外でその呼び方やめろ」
「……では、凛空さま?」
「それもやめっ! オレのことは呼び捨てでいいから」
現代社会で子どもが年上に様付けすることなんてほとんどない。
呼び方ひとつで周囲の人間から奇異の目で見られてしまうに違いない。
「しかし……わたしは神仕えです。主人を呼び捨てなど許されません」
しゅん、と見えなくなった耳や尻尾を垂らす姿が想像できるほど、狐火が落ち込んだ。
心が痛むものの、許すわけにはいかない。
「んー困ったな……よし、じゃあ呼び名をつければいい。適当に外でオレを呼ぶための名前を考えてくれ」
「……えー……呼び名、でございますか……」
考え込む狐火の返答を待つこと、約十分。
「……思いつかないんだな……」
「……あいすいません……」
泣きそうな狐火の肩を叩いて、凛空は任せておけ、と狐火を励ました。
「オレが考えた呼び名がある!」
「おおっ、さすがご主人さまです!」
狐火が期待に目を輝かせて凛空を見上げる。
凛空は胸を張って、自信満々で考えた呼び名を告げる。
「栗きんとんと、おいなりさんでどうだ!」
自信満々で言い放った凛空に戻ってきたのは、沈黙と狐火の心の底から冷え切った視線だった。
「…………」
「……え、変、か? ほら、オレは名前を逆さにするとクリだろ? 狐火はお稲荷さんにいそうなイメージだし、良くない?」
狐火の冷え切った視線がさらに温度を失っていく。
慌てて、凛空は第二案を発表する。
「じゃ、じゃあ、狐火は『うどん』でどうだ!」
きつねだけに、とひとりご満悦な凛空を凍らせてしまいそうなほど、冷たい狐火の沈黙。
「……狐火ちゃん、こわいよ~?」
「…………壊滅的ネーミングセンスに、かえって尊敬の念を感じております」
狐火の皮肉まみれの称賛が、凛空の精神を打ちのめした。
再び自転車に乗った狐火は、満足そうに周囲の景色を眺めている。
ただ今回は人間の子ども姿になったせいか、前カゴに入るには大きすぎるし、人に見られたら凛空が子どもを虐待していると勘違いされかねない。
後輪の上についた荷台にクッションを括り付け、狐火が乗って凛空の背中にしがみついている状態だ。
「おぉ~、あれがとらっく、とやらですかー。あんな大きな車輪で走る姿は、まことに迫力がありますね」
交差点で大型トラックを見るなり、後部座席からウキウキとした声が上がる。
「家の屋根に何やらついている家とそうでない家、壊れそうな家など、実にさまざまな家が立ち並んでおりますね」
「……まぁ、家を建てた年代が違えば、形や素材も変わる。大きさも違うし、家族構成もそれぞれってことよ。昔の家と最近の家とじゃ、見た目だけでなく住み心地もずいぶん違うらしいけどな」
「ふーん……」
狐火は太陽光発電のパネルについて知りたかったのかもしれないが、凛空も詳しくは知らないので、当たり障りのない説明だけで聞き流す。
なんてことない町中のひとつずつを指さして、物珍しそうに知りたがる狐火は見た目以上に子どもっぽい。
「わたしは生まれいずる際に知識を得ておりますが、実際に見るとまた違いますなぁ」
「感想が年寄りくさいよ」
凛空が苦笑したところで、コンビニに到着する。
ここで倒れた高校生に声をかけたことが、ずいぶん昔の出来事のような気がする。
いろいろありすぎて、しかも働いているはずの時間にコンビニにいる非日常感が凛空にそう思わせる。
「不思議だな。昨日この前を通った時は、まだオレは人間だった。それが今じゃ、神様だって言うんだから。一晩で人生はガラッと変わっちまうもんだなぁ~」
ちゃんと人間の子どもらしく、苦労しながらも自転車を降りた狐火が少し言いにくそうに話す。
「リクさんが言う昨日とやらは、最後に出勤した日のことですよね?」
結局外では、狐火は凛空のことを『リクさん』、凛空は狐火を『いなほ』と呼ぶことになった。
「あの日からリクさんは神化するため、三日三晩眠っていらっしゃいましたよ。わたしはその間に生まれ落ち、リクさんをお守りしておりましたので、間違いないですよ」
「……は? 何だって?」
狐火の爆弾発言に目が点になった凛空の手を狐火がつかみ、子どもらしく引っ張っていく。
「ささ、行きましょー」
「はぁ? いや、だから、ちょっと待てって!」
率先して狐火がコンビニに入っていく。
入り際に自動ドアと入店した時に流れるチャイムに狐火が感動する。その姿に凛空は爆弾発言を一瞬忘れて、そっと笑う。
狐火の発言を裏付ける証拠を求めて、凛空は新聞売り場へ直行する。
日付を確かめてみると、本当に凛空が昨日だと思っている日から三日が過ぎ、月曜日になっていた。
(……マジかよ……)
思わず片手で口元を覆う。
(……けどさ……よく考えれば、ただの人間が神様になるってんだから……ちょっと眠っただけじゃ、足りないわな)
親や職場の同僚たちに忘れられることに比べたら、これくらいの衝撃は軽いものだ。
どうにか自分に言い聞かせ、凛空は気を取り直して狐火の姿を探す。
狐火はコンビニの入口近くの書籍コーナーにいた。ひとつひとつ、商品棚の中身を覗いて歩いているらしい。
雑貨やカップラーメン、飲料ケースなど物珍しそうに覗いていく狐火の後を、凛空もゆっくり付いて歩いた。
(こうしてると、ほんとの子どもみたいだよなー)
空腹感ややらなきゃいけない予定もない、まったりとした時間に戸惑いも少し感じつつ、凛空もこの時間を楽しんだ。
やがてスイーツコーナーに辿りついて、凛空がスイーツを見下ろすと狐火も覗き込んでくる。
「これでございますか、リクさんのお望みの品は」
「あぁ、特にこの新作シールが貼ってあるスイーツは食べたことがなくてな」
狐火にもよく見えるように、少し場所を譲って指さすと、狐火も興味津々でスイーツを見る。
コンビニスイーツは改良を重ねて、専門店に負けず劣らずの美味しさになってきた。
職場で仁科がよくスイーツについて語っていて、凛空も甘い物が好きなため、余裕がある時はちょくちょく買って食べてきた。
ところが経営悪化で凛空の給与も減らされてしまい、副業は禁止されているために出費を削っていたので、最近は買えなくなっていた。
知らぬ間にスイーツコーナーの中が刷新されていて、見たことがない商品ばかりだ。
なじみの甘味もほとんどがリニューアルされている。ネットでちらっと見た限りでは、少し値段が上がっているものの、原材料によりこだわって美味しさが増しているらしい。
「やばいな……どれにするか、決められない……」
深刻に悩む凛空のとなりで、狐火が軽く言ってのける。
「何をおっしゃいます、お望みならすべて手に入れれば良いではないですか」
「……あっ、そうか」
部屋を埋め尽くしている紙幣の壁を思い出して納得する。
(身に沁みついた貧乏性は、すぐには薄れてくれないわなぁ~)
毎日、できるだけ健康を損なわず、安く仕上げるには。そればかり考えてきた。
スイーツコーナーは凛空にとって必要性よりご褒美的な場所だから、つい手を伸ばすことをためらってしまう。
「使わなきゃ一度引き出したお金は消せないんだったな。よし、気になるものは全種類ひとつずつ買って、食べ比べしてみるか」
「はいっ!」
狐火がいきいきと返事をして、商品を入れる小さなカゴを持ってくる。
ふたりでこれは食べてみたい、こちらは要らないと話し合いながらカゴに入れていく。
レジで店員にカゴを渡すと、年配の女性店員がジロジロと凛空たちとスイーツを見比べて、何か言いたそうな様子だった。
(そりゃそうだ。オレは働かない大人みたいに見えるだろうし、狐火だって幼稚園とか行ってても不思議じゃない。平日の昼間にコンビニで大量のスイーツを買って、こいつら何なんだと思ったろうなぁ)
会計を済ませて袋を受け取りながら、そそくさと店員に背を向ける。
狐火の方は気にせず、ひとつ持ちますと主張していた。
「……にしても、買いすぎた。オレたちこんなに食べれるかな」
「明日まで何回も分けて食べれば、すべて食べられますよー。人間と違って栄養や糖分など、気にする必要もありませんしねー」
「福の神は病気にならないのか?」
「人間と同じ病にはなりませんよー。福の神特有の病はありますが、基本的に寿命もありませんしー」
小さい袋をひとつ狐火に渡してやると、得意げに両手で握りしめて歩きながら説明をする。
「もう心底、満足したと思うまではどんな年月も福の神には関係なく、好きなだけ生きていられますよ」
「……へぇ……本当かよ」
時間も無制限なのか、と話半分で狐火の説明を聞いていると、ちょうど入ってきた客と目が合った。
「あっ」
凛空と客が同時に声を上げる。
「君、この間、転んでた……」
「あなたは、助けてくださった方っ!」
お互いに指さして言ってから、同時にくすっと笑う。
狐火はふたりを順番に見上げて、不思議そうな表情で凛空の服を引っ張る。
「リクさん……この方とお知り合いですか?」
「あ、あぁ。知り合いって言うか、ちょうどこのコンビニ前で会ったことがあってな」
凛空が軽く説明している間に、コンビニ前で自転車にひかれそうになっていたあの高校生がふたりに近づいてくる。
「こんにちは」
少し腰を屈ませて狐火ににこりと笑いかける、爽やかな高校生に狐火は警戒したのか、凛空の後ろに逃げた。
「あらら、嫌われちゃったかな?」
「ところで、君はあの後も体に異常は出なかったかい? ちょっと気になってたんだよね」
軽く転んだだけでその時は大丈夫だと思っていても、後々になっていろんな場所にあざが出来たり、捻挫していることもある。
「はい、大丈夫です。本当にあの時はありがとうございました」
律義に深く頭を下げてお礼を言う高校生の礼儀正しさに、心が洗われるようだ。
(うん、世の中がこんな若者ばかりだったらなぁー)
凛空が眩しそうに高校生を見ていると、顔を上げた高校生が凛空の背後を見て寂しそうな顔をする。
「ん、どうした?」
「いえ……その、お遣いを頼まれて来たのですけど、今日も売り切れてしまっていて……」
高校生の視線の先を確かめるべく、振り返った凛空と狐火が見たものは、さっきまで覗き込んでいたスイーツコーナーだ。
「……最後の一個だったやつ? なら、オレたちがさっき買ったけど……」
凛空が思い出しながら言うと、高校生がぱっと顔を上げて迫ってくる。
「本当ですかっ! すみません、それ、譲っていただけませんかっ……あ!」
両手を握りしめ、必死に懇願する高校生は途中で言葉を途切れさせる。
「……いえ、恩ある方に、このようなお願いをしては……しかし、それはいつも売り切れでして……」
どうやら使命感と感じなくていい恩義との間で板挟みになっているようだ。
凛空は微笑ましいなと思いながら、下げていた袋の中からひとつを取り出す。
「これで合ってる?」
「っ、そうです、それです!」
「じゃぁ、あげるよ。オレたちは他にもいっぱい買ったからな。食べきれるか心配してたとこだし。再会を祝してってことで」
「そんなっ! いただけません。せめて代金をっ」
「いいからさ。ほら、とにかくここじゃ邪魔になるしな」
一番小さな袋に他のスイーツと一緒に入れて、高校生に手渡しながら店の外に出る。
さっきからレジの店員が物言いたそうにチラチラ見ていたのが気になっていたのだ。
ありがとうございました、の声もなく店を出ると、高校生が凛空たちを引き留める。
「これからお時間はありますか?」
「あー、うん。オレたち、特に予定はないけど」
「助けていただいたお礼と、このスイーツを譲っていただいたお礼もしたいので、どうか我が主の家までお越しいただけませんか?」
高校生がじっと凛空を見つめてくる。怯えている様子の狐火を伺うと、無言のまま頷いてくる。
(行ってもいいってこと?)
ちょっと狐火の様子が気になりつつも、せっかく会えたことだし、と凛空は高校生に頷いた。
「お礼とかは気にしなくていいんだけど、誘ってもらえたんだから、ちょっとだけお邪魔させてもらおうかな」
「はいっ、ぜひ!」
目をきらきらさせて高校生が笑う。
(ははっ、なんかどこかの狐火みたいな喜びようだな)
部屋にいる時とは打って変わって、静かな狐火を気にしつつ、凛空は高校生について歩き出した。
それは事実だろう。
「けどね、ものには限度ってもんがあるッ! 銀行口座にならどんだけあっても困らないよ。だ~が、しかし! 現金で部屋にわんさかあっても、置き場所に困るだけだっての!」
札束に占領された部屋の片付けをはじめて、十分も経っていないのに凛空は心が折れかけていた。
何しろ収納スペースがあまりない、単身者向けアパートなのだ。わずかな隙間も逃さず詰め込むしかない。
そう考えた凛空と狐火が一枚ずつ紙幣を重ねて整え、ひとかたまりごとに空き袋へ入れていく。
袋に入っていれば多少バランスを崩しても散らばったりしない。
パンパンに膨れた金入り袋を隙間なく並べて、その上にも重ねて置く。
ただコンビニ袋は紙幣に比べて少なすぎて、あっという間に底をついた。
「どうしましょう、凛空さま。このまま重ねて、余り紙で留めましょうか?」
片手で握れるほどの分厚さに束ねた紙幣を、反対の手でくるっと回す仕草をしながら狐火が質問する。
「んー……それもいいけど、オレんとこに余り紙ってもんがそもそもなくてな……細長く紙を切っていくのも手間がかかるしなぁ。……しょーがない。ひとまずコレにしとくか」
今部屋に大量にある袋と言えば指定ごみ袋だ。
凛空がごみ袋を持ってきて狐火に手渡すと、文字を読んだ狐火が何とも言えない表情になる。
「……凛空さま……」
「いや、言いたいことはわかってるよ!? それ以上言ってくれるな、狐火くんよ」
「……いいですけど。福の神ともあろう者が、金をごみ袋に入れるだなんて……」
「ごみ袋って書いてあるだけの袋だ。文字を読んではいけない。袋には何も書いていない、そう思い込んでくれ」
遠い目をしたまま、狐火は仕方なく頷いて作業に戻る。
紙幣をまとめて向きを揃え、ひとかたまりにして袋に入れる。
この地味すぎる作業をくり返しても、凛空がたっぷり引き出してしまった紙幣の海は部屋中を分厚く覆い隠したままだ。
見渡す限りの紙幣の海で泳ぐのは楽しかったが、今はただ疎ましい。
「では、このままにしますか?」
ちまちま小さな手で紙幣を重ねながら、狐火が凛空を振り向いて問いかける。
一度紙幣の海から抜け出してしまえば、その上を歩いて生活することはできるのだ。
「あー……けど、やっぱ金を踏みつけるってのは、感じ悪いからなぁ……」
「いっそ別の部屋に引っ越しては? これだけあるのです、家を買うこともできますよ?」
狐火が両手を広げて周囲を示す。
その提案に心が揺らぐものの、凛空は首を横に振る。
「金が足りないと思ってた時はともかく……こんだけ札束に触れているのに、いざ使うとなるとためらうんだよなー」
「貧乏性ですね」
狐火がバッサリと言い捨てる。凛空はうっ、と小さく呻いてそれ以上何も言えなくなった。
「……そうだ。狐火くん、火が出せる以外にこういう時使える技とか、なんかないの?」
目を輝かせて凛空が狐火に聞く。
狐火は少し考えてから、立ち上がる。
「それでは、我が主のご要望にお応えいたしましょう」
宣言した狐火が両腕をさっと広げると、狐火の周囲の紙幣がフワッと浮き上がりはじめる。
それは見る見るうちに数を増やして、狐火を中心にして渦を巻く。
宙を旋回しながら紙幣がひとかたまりに揃っていく。やがてきれいに揃った紙幣が空きスペースに飛んで、きっちり並んだ。
浮き上がっては宙を舞い、束になって並べられていく光景はとても見応えがあった。
ハラハラとひるがえり、寄り添って袋の中に入っていく。
床に並ぶ札束たちが今度は愛しく感じる。
狐火の神業で永遠に片付けられないと思えた紙幣の海が、すっきりきれいに片付いた。
ごみ袋に入れられ、土嚢のように壁際から積み重ねられた紙幣たち。
「おぉ、すっげーな! あっという間に片付いたぜ。これぞ、紙を片付ける神の技、神業ですな! って言うか、こんなにあっさり片づけられるんなら、最初っからやってくれよーっ!」
満足そうにふぅ、と息を吐いた狐火は凛空の叫びに首を傾げる。
「? 凛空さまに、出来るかどうかも聞かれませんでしたので」
「…………ゆとり世代か……」
なぜかどっと疲労感に襲われて、凛空が肩を落とす。
とにかく片付けは終わった。気を取り直して部屋を見回す。
片付けたもののお金入りゴミ袋の壁は部屋の半分を占領している。
(……嬉しいはずなんだけど、かなり邪魔。てか、ベッドの上くらいしか空いてるスペースがないじゃないか)
福の神の力とやらでお金が引き出せるのはわかったが、これからは計画的に利用しなくてはと凛空が心に誓う。
狐火も部屋を見ていたが、凛空をくるっと振り向いて言う。
「片付けは終わりましたので、さっそく参りましょう!」
いきなり狐火が外を指さすので、凛空ははて、と首を傾げる。
「行くって、どこに?」
「? 凛空さまが欲しいと思ったものを手に入れるために、に決まっています」
聞かれた狐火の方が不思議そうに言い返す。
(そっか、札束騒動ですっかり忘れてたけど、最初に狐火が見本をくれた時、欲しいと思ったから出てきた金があったんだった)
あまりにも札束の海が衝撃的すぎて、その前の流れをすっかり忘れていた。
「は? まさか、コンビニに行くの?」
「コンビニ、とやらで手に入るのでしたら」
狐火がこくんと頷いて、じっと凛空が動くのを待っている。
(そっか、確かに狐火はオレが何を望んだのか聞いてないから、知らないわな)
時計を確認すると正午をわずかに過ぎている。
狐火が言う通り、空腹感をあまり感じていないから、どうしても食べたいわけじゃないけど。
「せっかくだしな…………気分転換に行くか」
「はい、行きましょー」
片付け終えた達成感から、外の空気を吸いたくなった凛空が賛同すると、狐火も嬉しそうに外に向かって歩き出す。
(使わなくちゃ、ゴミにしか見えない金袋たちが減らないしなぁー)
部屋を出ようとしたところで凛空が立ち止まる。
「……なぁ、そう言えばオレは人間の姿じゃなきゃ、見えないんだっけ?」
「そうですね、ほとんどの人間には見えません」
「物を買う時にそれじゃ困るよ。盗んだことになっちまう」
「福の神が手に入れるのなら、盗みにはなりませんけど……凛空さまの今までの概念なら、窃盗になるのでしょうねー」
凛空が福の神じゃない、と言いかけたところで察しのいい狐火が先回りする。
「だからさ、ちゃんと買えるように姿を見てもらうには、どうやったらいい?」
「簡単でございます。人間の姿になればいいんです」
「……どうやって?」
今が福の神状態と言われても納得できないほど、昨日までと何ら変わらない感覚でいるのだ。
だいたい、姿を変えるとかそんな芸当がなかったんだから、わからなくても当然だろう。
「どうやって、と聞かれると困るのですが……」
狐火があごに手を当てて考える。そして何かを思いついたようで、指を鳴らした。
「人間だった時の姿を思い出してください。福の神になった日に見た、若返った姿ではなく」
「え、そんだけ?」
「はい。福の神はしっかりイメージできる姿になれるのです。凛空さまにとって一番強くイメージできる姿が他にありましたら、そちらでも構いませんよ」
「……えー、イメージするだけで変わるのかよ……」
狐火がきらきらと輝く表情で見上げてくるので、やらないと言えずに渋々、目を閉じてイメージをした。
毎朝、顔を洗うときに見てきた自分の顔と、店のショーウィンドウに映った時の自分の姿も。
ただ目を閉じて想像しただけなのに、ふっと身体が少し重くなったような気がして目を開けると、狐火が両手を叩いて喜んでいた。
「成功です! さすがご主人さまです、すぐに出来ましたね!」
「……やべ……この姿を懐かしいと思うオレがいる……」
洗面所に駆け込んで鏡を見た凛空が、複雑そうに笑いながら呟く。
そこには福の神騒動が起きる前までの、くたびれた三十路フリーターの唐津凛空が映っていた。
「年を取る、と思えば人間の姿とやらになれるのか……」
若々しい高校生並みの姿の時が福の神状態で、疲れて貧弱なオジサン姿を思い出せば人間になれるようだ。
戸惑いながらも凛空が何となく感覚の違いを理解しようとしていると、狐火がやってきて凛空の腰部分の服を引っ張って、出掛けようと催促する。
「って、ちょっと待った! お、おま、おまえ……狐火、だよな?」
自分の体を押してくる小さな手の持ち主を見下ろして、凛空が驚愕のあまりに立ち止まる。
さっきまではっぴ服で両耳と尻尾のある、狐のお面をつけた子ども姿だった狐火が、いつの間にか白いシャツと半ズボンの人間の子ども姿に変わっていたのだ。
「主がお望みなら、わたしも人の姿に変化できるのです」
狐面がなくなった狐火は、どこからどう見ても人間の子どもの姿になっていた。
栗色のさらさらの髪と目はともかく、白い肌は日本人っぽくないが、可愛らしい顔立ちはまさに天使のようで、キラキラしい。子役だと言っても通じそうだ。
(こんな目立つ子どもを連れて、昼間っから外を歩けるかっ! 間違いなくオレが職質されるに決まってんじゃん。可愛い子どもを浚ってきた誘拐犯だよ、オレ!)
どうやら狐火にとって人間に見える姿がこれらしいが、親戚の子どもだと言って信じてもらえるかどうか、非常に怪しい。
再び頭を抱えて座り込んでしまった凛空へ、無邪気に狐火が首を傾ける。
「どうされました?」
「……いや、おまえね……その見た目は罪だわ……他の姿にはなれない?」
「残念ながら、まだ未熟ゆえわたしにはこれしか……申し訳ございません」
少し泣きそうな表情になった狐火の子ども姿は、見る者の心を激しく揺さぶる。
特に子ども大好きってわけでもないのに、凛空の心がざわざわと騒ぐ。
(くっそ、罪悪感が半端ねぇ! なんつー姿をしてくれんだよ)
凛空の気も知らず、狐火はさっさとドアを開けて外に出てしまう。
「さぁ、行きましょうよ、ご主人さま」
「っ! い、いや、まず外でその呼び方やめろ」
「……では、凛空さま?」
「それもやめっ! オレのことは呼び捨てでいいから」
現代社会で子どもが年上に様付けすることなんてほとんどない。
呼び方ひとつで周囲の人間から奇異の目で見られてしまうに違いない。
「しかし……わたしは神仕えです。主人を呼び捨てなど許されません」
しゅん、と見えなくなった耳や尻尾を垂らす姿が想像できるほど、狐火が落ち込んだ。
心が痛むものの、許すわけにはいかない。
「んー困ったな……よし、じゃあ呼び名をつければいい。適当に外でオレを呼ぶための名前を考えてくれ」
「……えー……呼び名、でございますか……」
考え込む狐火の返答を待つこと、約十分。
「……思いつかないんだな……」
「……あいすいません……」
泣きそうな狐火の肩を叩いて、凛空は任せておけ、と狐火を励ました。
「オレが考えた呼び名がある!」
「おおっ、さすがご主人さまです!」
狐火が期待に目を輝かせて凛空を見上げる。
凛空は胸を張って、自信満々で考えた呼び名を告げる。
「栗きんとんと、おいなりさんでどうだ!」
自信満々で言い放った凛空に戻ってきたのは、沈黙と狐火の心の底から冷え切った視線だった。
「…………」
「……え、変、か? ほら、オレは名前を逆さにするとクリだろ? 狐火はお稲荷さんにいそうなイメージだし、良くない?」
狐火の冷え切った視線がさらに温度を失っていく。
慌てて、凛空は第二案を発表する。
「じゃ、じゃあ、狐火は『うどん』でどうだ!」
きつねだけに、とひとりご満悦な凛空を凍らせてしまいそうなほど、冷たい狐火の沈黙。
「……狐火ちゃん、こわいよ~?」
「…………壊滅的ネーミングセンスに、かえって尊敬の念を感じております」
狐火の皮肉まみれの称賛が、凛空の精神を打ちのめした。
再び自転車に乗った狐火は、満足そうに周囲の景色を眺めている。
ただ今回は人間の子ども姿になったせいか、前カゴに入るには大きすぎるし、人に見られたら凛空が子どもを虐待していると勘違いされかねない。
後輪の上についた荷台にクッションを括り付け、狐火が乗って凛空の背中にしがみついている状態だ。
「おぉ~、あれがとらっく、とやらですかー。あんな大きな車輪で走る姿は、まことに迫力がありますね」
交差点で大型トラックを見るなり、後部座席からウキウキとした声が上がる。
「家の屋根に何やらついている家とそうでない家、壊れそうな家など、実にさまざまな家が立ち並んでおりますね」
「……まぁ、家を建てた年代が違えば、形や素材も変わる。大きさも違うし、家族構成もそれぞれってことよ。昔の家と最近の家とじゃ、見た目だけでなく住み心地もずいぶん違うらしいけどな」
「ふーん……」
狐火は太陽光発電のパネルについて知りたかったのかもしれないが、凛空も詳しくは知らないので、当たり障りのない説明だけで聞き流す。
なんてことない町中のひとつずつを指さして、物珍しそうに知りたがる狐火は見た目以上に子どもっぽい。
「わたしは生まれいずる際に知識を得ておりますが、実際に見るとまた違いますなぁ」
「感想が年寄りくさいよ」
凛空が苦笑したところで、コンビニに到着する。
ここで倒れた高校生に声をかけたことが、ずいぶん昔の出来事のような気がする。
いろいろありすぎて、しかも働いているはずの時間にコンビニにいる非日常感が凛空にそう思わせる。
「不思議だな。昨日この前を通った時は、まだオレは人間だった。それが今じゃ、神様だって言うんだから。一晩で人生はガラッと変わっちまうもんだなぁ~」
ちゃんと人間の子どもらしく、苦労しながらも自転車を降りた狐火が少し言いにくそうに話す。
「リクさんが言う昨日とやらは、最後に出勤した日のことですよね?」
結局外では、狐火は凛空のことを『リクさん』、凛空は狐火を『いなほ』と呼ぶことになった。
「あの日からリクさんは神化するため、三日三晩眠っていらっしゃいましたよ。わたしはその間に生まれ落ち、リクさんをお守りしておりましたので、間違いないですよ」
「……は? 何だって?」
狐火の爆弾発言に目が点になった凛空の手を狐火がつかみ、子どもらしく引っ張っていく。
「ささ、行きましょー」
「はぁ? いや、だから、ちょっと待てって!」
率先して狐火がコンビニに入っていく。
入り際に自動ドアと入店した時に流れるチャイムに狐火が感動する。その姿に凛空は爆弾発言を一瞬忘れて、そっと笑う。
狐火の発言を裏付ける証拠を求めて、凛空は新聞売り場へ直行する。
日付を確かめてみると、本当に凛空が昨日だと思っている日から三日が過ぎ、月曜日になっていた。
(……マジかよ……)
思わず片手で口元を覆う。
(……けどさ……よく考えれば、ただの人間が神様になるってんだから……ちょっと眠っただけじゃ、足りないわな)
親や職場の同僚たちに忘れられることに比べたら、これくらいの衝撃は軽いものだ。
どうにか自分に言い聞かせ、凛空は気を取り直して狐火の姿を探す。
狐火はコンビニの入口近くの書籍コーナーにいた。ひとつひとつ、商品棚の中身を覗いて歩いているらしい。
雑貨やカップラーメン、飲料ケースなど物珍しそうに覗いていく狐火の後を、凛空もゆっくり付いて歩いた。
(こうしてると、ほんとの子どもみたいだよなー)
空腹感ややらなきゃいけない予定もない、まったりとした時間に戸惑いも少し感じつつ、凛空もこの時間を楽しんだ。
やがてスイーツコーナーに辿りついて、凛空がスイーツを見下ろすと狐火も覗き込んでくる。
「これでございますか、リクさんのお望みの品は」
「あぁ、特にこの新作シールが貼ってあるスイーツは食べたことがなくてな」
狐火にもよく見えるように、少し場所を譲って指さすと、狐火も興味津々でスイーツを見る。
コンビニスイーツは改良を重ねて、専門店に負けず劣らずの美味しさになってきた。
職場で仁科がよくスイーツについて語っていて、凛空も甘い物が好きなため、余裕がある時はちょくちょく買って食べてきた。
ところが経営悪化で凛空の給与も減らされてしまい、副業は禁止されているために出費を削っていたので、最近は買えなくなっていた。
知らぬ間にスイーツコーナーの中が刷新されていて、見たことがない商品ばかりだ。
なじみの甘味もほとんどがリニューアルされている。ネットでちらっと見た限りでは、少し値段が上がっているものの、原材料によりこだわって美味しさが増しているらしい。
「やばいな……どれにするか、決められない……」
深刻に悩む凛空のとなりで、狐火が軽く言ってのける。
「何をおっしゃいます、お望みならすべて手に入れれば良いではないですか」
「……あっ、そうか」
部屋を埋め尽くしている紙幣の壁を思い出して納得する。
(身に沁みついた貧乏性は、すぐには薄れてくれないわなぁ~)
毎日、できるだけ健康を損なわず、安く仕上げるには。そればかり考えてきた。
スイーツコーナーは凛空にとって必要性よりご褒美的な場所だから、つい手を伸ばすことをためらってしまう。
「使わなきゃ一度引き出したお金は消せないんだったな。よし、気になるものは全種類ひとつずつ買って、食べ比べしてみるか」
「はいっ!」
狐火がいきいきと返事をして、商品を入れる小さなカゴを持ってくる。
ふたりでこれは食べてみたい、こちらは要らないと話し合いながらカゴに入れていく。
レジで店員にカゴを渡すと、年配の女性店員がジロジロと凛空たちとスイーツを見比べて、何か言いたそうな様子だった。
(そりゃそうだ。オレは働かない大人みたいに見えるだろうし、狐火だって幼稚園とか行ってても不思議じゃない。平日の昼間にコンビニで大量のスイーツを買って、こいつら何なんだと思ったろうなぁ)
会計を済ませて袋を受け取りながら、そそくさと店員に背を向ける。
狐火の方は気にせず、ひとつ持ちますと主張していた。
「……にしても、買いすぎた。オレたちこんなに食べれるかな」
「明日まで何回も分けて食べれば、すべて食べられますよー。人間と違って栄養や糖分など、気にする必要もありませんしねー」
「福の神は病気にならないのか?」
「人間と同じ病にはなりませんよー。福の神特有の病はありますが、基本的に寿命もありませんしー」
小さい袋をひとつ狐火に渡してやると、得意げに両手で握りしめて歩きながら説明をする。
「もう心底、満足したと思うまではどんな年月も福の神には関係なく、好きなだけ生きていられますよ」
「……へぇ……本当かよ」
時間も無制限なのか、と話半分で狐火の説明を聞いていると、ちょうど入ってきた客と目が合った。
「あっ」
凛空と客が同時に声を上げる。
「君、この間、転んでた……」
「あなたは、助けてくださった方っ!」
お互いに指さして言ってから、同時にくすっと笑う。
狐火はふたりを順番に見上げて、不思議そうな表情で凛空の服を引っ張る。
「リクさん……この方とお知り合いですか?」
「あ、あぁ。知り合いって言うか、ちょうどこのコンビニ前で会ったことがあってな」
凛空が軽く説明している間に、コンビニ前で自転車にひかれそうになっていたあの高校生がふたりに近づいてくる。
「こんにちは」
少し腰を屈ませて狐火ににこりと笑いかける、爽やかな高校生に狐火は警戒したのか、凛空の後ろに逃げた。
「あらら、嫌われちゃったかな?」
「ところで、君はあの後も体に異常は出なかったかい? ちょっと気になってたんだよね」
軽く転んだだけでその時は大丈夫だと思っていても、後々になっていろんな場所にあざが出来たり、捻挫していることもある。
「はい、大丈夫です。本当にあの時はありがとうございました」
律義に深く頭を下げてお礼を言う高校生の礼儀正しさに、心が洗われるようだ。
(うん、世の中がこんな若者ばかりだったらなぁー)
凛空が眩しそうに高校生を見ていると、顔を上げた高校生が凛空の背後を見て寂しそうな顔をする。
「ん、どうした?」
「いえ……その、お遣いを頼まれて来たのですけど、今日も売り切れてしまっていて……」
高校生の視線の先を確かめるべく、振り返った凛空と狐火が見たものは、さっきまで覗き込んでいたスイーツコーナーだ。
「……最後の一個だったやつ? なら、オレたちがさっき買ったけど……」
凛空が思い出しながら言うと、高校生がぱっと顔を上げて迫ってくる。
「本当ですかっ! すみません、それ、譲っていただけませんかっ……あ!」
両手を握りしめ、必死に懇願する高校生は途中で言葉を途切れさせる。
「……いえ、恩ある方に、このようなお願いをしては……しかし、それはいつも売り切れでして……」
どうやら使命感と感じなくていい恩義との間で板挟みになっているようだ。
凛空は微笑ましいなと思いながら、下げていた袋の中からひとつを取り出す。
「これで合ってる?」
「っ、そうです、それです!」
「じゃぁ、あげるよ。オレたちは他にもいっぱい買ったからな。食べきれるか心配してたとこだし。再会を祝してってことで」
「そんなっ! いただけません。せめて代金をっ」
「いいからさ。ほら、とにかくここじゃ邪魔になるしな」
一番小さな袋に他のスイーツと一緒に入れて、高校生に手渡しながら店の外に出る。
さっきからレジの店員が物言いたそうにチラチラ見ていたのが気になっていたのだ。
ありがとうございました、の声もなく店を出ると、高校生が凛空たちを引き留める。
「これからお時間はありますか?」
「あー、うん。オレたち、特に予定はないけど」
「助けていただいたお礼と、このスイーツを譲っていただいたお礼もしたいので、どうか我が主の家までお越しいただけませんか?」
高校生がじっと凛空を見つめてくる。怯えている様子の狐火を伺うと、無言のまま頷いてくる。
(行ってもいいってこと?)
ちょっと狐火の様子が気になりつつも、せっかく会えたことだし、と凛空は高校生に頷いた。
「お礼とかは気にしなくていいんだけど、誘ってもらえたんだから、ちょっとだけお邪魔させてもらおうかな」
「はいっ、ぜひ!」
目をきらきらさせて高校生が笑う。
(ははっ、なんかどこかの狐火みたいな喜びようだな)
部屋にいる時とは打って変わって、静かな狐火を気にしつつ、凛空は高校生について歩き出した。
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