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王妃の裁き1
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王宮の廊下を一組の男女が歩いている。
この城の女主人であるマリアと、御殿医であるマルコーだ。
二人は病室へと急遽改装した貴賓室を出てから共もつけずに暫く歩いていた。
マリアが破天荒な女性だということは城中に知れ渡っているが、流石にこれは異例なことである。
彼女を十代の少女の内から知るマルコー医師は王妃の奇行に何も言わず付き従っていた。
「マルコー先生」
「なんですかな、マリア王妃」
「年齢を病的に気にする女性が、もう若くないなんて自虐をするかしら」
王妃の問いかけに年老いた医師は、言わんねと答えた。
「少なくともこの国のおなごたちは絶対に口にしないじゃろう。言霊を強く信じとるからのう」
言葉というものには強い力がある。
美しいと唱え続ければ美しくなり、醜いと呪い続ければやがて醜くなる。
更にこの国は魔法国である。言葉が時に傷を癒し時に毒を生み出すことを幼子でも知っているのだ。
まして、雷魔法の使い手である伯爵夫人が理解していない筈はない。
そう講釈を語ったマルコーにもう伯爵夫人ではありませんのよとマリアが訂正する。
老医師はそうなのかのと淡泊に返した。
先生は十年前のことを覚えていますか。そう王妃に尋ねられ、覚えているとマルコーは頷く。
この会話の流れで彼女が十年前と言うのならきっとあの件じゃろう。
二人とも随分と大人になった、そうマルコーは内心頷く。
特に今横を歩くマリアはあの件で初めて『貴人』になったとも言える。
当時は城内で小さな騒ぎになったものだが、あの大喧嘩が無ければ彼女の価値観は今でも平民のままだっただろう。
「子を産めない女を離縁する男を先生はどう思いますか」
「それは平民かね、それとも貴族か士族の身分かね」
「大貴族の殿方ですわ」
なら致し方ないのうと、マルコーは髭を擦った。
貴族の場合は胎を『変える』のではなく『増やす』のが一般的ではある。
だがそれが出来ぬ事情があるなら離縁するのも仕方がない。貴族にとって魔力を宿した血を遺すことは半ば義務である。
そのようなマルコーの発言を女の立場から不快がるかと思ったが王妃の表情は静かだった。
怖いのう、と老人は思う。
次の言葉次第では王妃の繰る鎌鼬で首を切り落とされるかもしれぬ。
「では、子を産めなかった妻を女として失格だと追い出す伯爵をどう思われるかしら?」
「そのような非道者こそ、女神ケレスに呪われ実らぬ種を撒き続けるじゃろうの」
子を生せぬのは女の胎のみに原因があるわけではない事を医師であるマルコーはよく知っている。
つまり一方的にそのような形で妻を責める無知で傲慢な男こそ種無しではないかと皮肉っているのだ。
これはマルコーにとって離縁を是とすることと矛盾はしていない。
身分の高いものにとって子は必要なのだ、例外はあるとしても。
だが子を生せないことを片方のせいだけにして口汚く罵るものの魂は汚れている。
もしそのような理由で貴族が妻を手放すことになったとしても、一生暮らすに困らない援助とこれまでの感謝を口にして送り出す。
そうでなければ豊穣の母ケレスだけでなく婚姻の神からも男は呪われるだろう。
マルコーの言葉に、呪われるがいいとマリアは厳かに口にした。
いいえ、私が直々に呪ってあげましょう。燃えるような美貌で宣言する王妃にマルコーはお好きにするがいいでしょうと答える。
病室で眠る知己の令嬢が最早伯爵夫人でないというのなら、そのような惨い過程を経てそうなったというのなら王妃の風は嵐になり業火を生むだろう。
ほら、このように女神の怒りを買うから心無い振る舞いをするべきではないのだ。
愚かな伯爵の今後を想像しマルコーは怖い怖いと無感情に呟くのだった。
この城の女主人であるマリアと、御殿医であるマルコーだ。
二人は病室へと急遽改装した貴賓室を出てから共もつけずに暫く歩いていた。
マリアが破天荒な女性だということは城中に知れ渡っているが、流石にこれは異例なことである。
彼女を十代の少女の内から知るマルコー医師は王妃の奇行に何も言わず付き従っていた。
「マルコー先生」
「なんですかな、マリア王妃」
「年齢を病的に気にする女性が、もう若くないなんて自虐をするかしら」
王妃の問いかけに年老いた医師は、言わんねと答えた。
「少なくともこの国のおなごたちは絶対に口にしないじゃろう。言霊を強く信じとるからのう」
言葉というものには強い力がある。
美しいと唱え続ければ美しくなり、醜いと呪い続ければやがて醜くなる。
更にこの国は魔法国である。言葉が時に傷を癒し時に毒を生み出すことを幼子でも知っているのだ。
まして、雷魔法の使い手である伯爵夫人が理解していない筈はない。
そう講釈を語ったマルコーにもう伯爵夫人ではありませんのよとマリアが訂正する。
老医師はそうなのかのと淡泊に返した。
先生は十年前のことを覚えていますか。そう王妃に尋ねられ、覚えているとマルコーは頷く。
この会話の流れで彼女が十年前と言うのならきっとあの件じゃろう。
二人とも随分と大人になった、そうマルコーは内心頷く。
特に今横を歩くマリアはあの件で初めて『貴人』になったとも言える。
当時は城内で小さな騒ぎになったものだが、あの大喧嘩が無ければ彼女の価値観は今でも平民のままだっただろう。
「子を産めない女を離縁する男を先生はどう思いますか」
「それは平民かね、それとも貴族か士族の身分かね」
「大貴族の殿方ですわ」
なら致し方ないのうと、マルコーは髭を擦った。
貴族の場合は胎を『変える』のではなく『増やす』のが一般的ではある。
だがそれが出来ぬ事情があるなら離縁するのも仕方がない。貴族にとって魔力を宿した血を遺すことは半ば義務である。
そのようなマルコーの発言を女の立場から不快がるかと思ったが王妃の表情は静かだった。
怖いのう、と老人は思う。
次の言葉次第では王妃の繰る鎌鼬で首を切り落とされるかもしれぬ。
「では、子を産めなかった妻を女として失格だと追い出す伯爵をどう思われるかしら?」
「そのような非道者こそ、女神ケレスに呪われ実らぬ種を撒き続けるじゃろうの」
子を生せぬのは女の胎のみに原因があるわけではない事を医師であるマルコーはよく知っている。
つまり一方的にそのような形で妻を責める無知で傲慢な男こそ種無しではないかと皮肉っているのだ。
これはマルコーにとって離縁を是とすることと矛盾はしていない。
身分の高いものにとって子は必要なのだ、例外はあるとしても。
だが子を生せないことを片方のせいだけにして口汚く罵るものの魂は汚れている。
もしそのような理由で貴族が妻を手放すことになったとしても、一生暮らすに困らない援助とこれまでの感謝を口にして送り出す。
そうでなければ豊穣の母ケレスだけでなく婚姻の神からも男は呪われるだろう。
マルコーの言葉に、呪われるがいいとマリアは厳かに口にした。
いいえ、私が直々に呪ってあげましょう。燃えるような美貌で宣言する王妃にマルコーはお好きにするがいいでしょうと答える。
病室で眠る知己の令嬢が最早伯爵夫人でないというのなら、そのような惨い過程を経てそうなったというのなら王妃の風は嵐になり業火を生むだろう。
ほら、このように女神の怒りを買うから心無い振る舞いをするべきではないのだ。
愚かな伯爵の今後を想像しマルコーは怖い怖いと無感情に呟くのだった。
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