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王妃の裁き12

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 覚悟を決めた。

 この場は私が積極的に仕切らなければいけない。

 マリアの王妃としての権力は正直心強くもある。

 だがそれ故に刃のような危うさもあった。

 今のマリアは普段とは違う。本気で怒っているのだ。

 でなければ幾ら奔放とはいえ己が断頭台だなどと恐ろしい宣言を軽々しくする筈もない。

 そして彼女がそこまで怒りを漲らせているのは私のせいなのだろう。

 私が彼らに対し消極的に見えたから、マリアは私の分まで彼らを裁くつもりなのだ。

 ああ、なんて不甲斐ない。

 この元毒薔薇令嬢とあろうものが。


「皆さま、本日は私ディアナ・フラウセスの糾弾の場にお越し頂き感謝致します」


 そうして私は礼の形を取る。ゆっくりと敵と味方の顔を見回した。

 恐ろしいことなど何一つない。私は何一つ間違えていないのだから。

 ただ、今から話す内容が内容だけに部外者であるメイドの存在が少しだけ気になる。私はマリアに目配せしたが彼女は首を振って退席を断った。

 仕方なく私はその存在を無視することにした。王妃がこの場に連れ込んだのだから口の軽い娘ではないだろうと信じて。

 机を軽く叩き、本題に入ろうとする。それを止めたのは父ダナンの挙手だ。


「その前にディアナよ、離縁されたのならどうしてこちらに戻ってこなかったんじゃ?」


 その質問に私はイザベラの方をじろりと睨む。彼女は慌てた様子で顔を背けた。意地が悪い癖に意気地のない女だ。


「いいえお父様、私は一度本家に戻りました。その後王妃に会う為外出したのです。イザベラさんからお聞きになりませんでしたか?」

「聞いとらんのう」

「そうですか。不思議なことですわ」


 フォロー神父の件もある。ここでぎっちり嘘つき義妹を絞り上げてもいいかもしれない。

 私の考えを妨げたのは意外にもマリアだった。


「ダナンおじさま、お許しくださいましね。ディアナを長々と城に引き留めたのは、私たちのせいで彼女に大怪我をさせてしまったからなの」

「怪我か、おお可哀想にのうディアナや。二人でドラゴン狩りでもしとったんか?」

「する筈ないでしょ!」


 父は私を何だと思っているのだ。いやマリアのことも何だと思っているのだ。

 マリアとは学生時代からの付き合いなので、彼女が城に嫁ぐ前までは偶に屋敷に招くことはあった。

 老いて尚好奇心旺盛な父とあらゆる意味で型破りなマリアは気が合うらしく顔を合わせればすぐに軽口合戦になるのが悩みの種だ。


「ドラゴンは退治してないけれどディアナは暗殺者を倒してくれましたわ」


 床に大穴が空いたけれど。そう言ってなぜか天井を指さすマリアを父は不思議そうに眺めた。

 女だてらに……と元義父が口に出す。それが賞賛の意図で呟かれたものでないことは明確だった。

 男は男らしく、女は女らしく。それが彼の口癖だった。

 皮肉なのは年が離れて出来た一人息子のロバートが勇猛とは真逆の性質を持っていたことだ。

 自分にも他人にも厳しい舅の唯一の例外は我が子だ。

 溺愛している息子がお世辞にも男らしいとは言えない人物だった為、その妻である私もそこまで彼に否定されることはなかった。

 ただ、跡継ぎができないことに関しては何度か厳しく追及されたことはある。
  
 その件に関して当時の私はひたすら頭を下げることしかできなかった。


「でもその時に両手を酷く傷つけてしまい、城で療養して貰っていたの。この城には名医のマルコー殿がいらっしゃるから」

「成程。道理でディアナの両手は白魚のように美しいままなのじゃな。感謝しますぞマルコー殿」

「いやいや、医師として当然のことをしたまでですぞ。…ただディアナ嬢の傷はまだ完全に癒えたとは言えないのです」

「え?」


 私は疑問の声を上げる。自らの両手を見るが傷一つない。丁寧な治療により雷魔法で負った怪我は完治した筈だ。

 そんな私を静かに見つめてマルコー医師は再び口を開いた。


「ディアナ・フラウセス。療養中彼女は幾晩も酷く魘されておった。心の病にも治療が必要じゃと儂は判断しました」

「私もマルコー殿の意見に賛同したわ。ディアナは私の友人であり何より我が子の恩人。彼女の苦痛を取り除くのは王妃としての義務です」


 背筋を正して気品ある言葉遣いをすれば途端にマリアには精霊の女王のような威厳が宿る。

 彼女に対して良い感情を持っていないだろう元義父も、ロバートの新しい妻もそれには逆らえない。

 水を打ったように静まり返った室内で、王妃は淡く色づいた唇から次の言葉を発した。


「ロバート・グレイ。貴方に命じます」

「はっ、はい」


 まさか己が呼びかけられるとは思っていなかったのだろう。若干裏返った声でロバートは答えた。

 思わず助け船を出そうとした己に気づき私は自らの手首を戒める様に強く握った。


「夫婦として長く歳月を共にしたディアナ・フラウセス。貴方が夫として彼女に最後に告げた言葉を今此処で言いなさい」


 マリアの言葉に、あの場面がフラッシュバックする。思わず膝から崩れそうになるのをメイドが支えてくれた。

 情けない。何一つ私は受け入れても割り切ってもいなかった。成程、確かにこれは大怪我だ。

 傷つけられたままの尊厳が血を流し続けている。 


「い、言えません…」

「何故言えないのですか。ならばその理由を述べなさい」


 見苦しく震えるロバートにマリアは淡々と質問を変える。

 それすら答えることが出来ない男はなぜかこちらを縋るように見て来た。恐らくは彼も無意識なのだろう。

 私はそれに応じる様にマリアへと近付く。なぜか救われたような顔をしていたロバートに彼の目の前に置かれたカップの中身をぶちまけた。

 もう温くなっているだろうに大仰な悲鳴を上げて顔を手で覆う。私はもう振り返らずに王妃を見つめた。


「王妃様、私が代わりに申し上げます。私ディアナ・フラウセスは夫であったロバート・グレイに女として失格と断言されました」

「まあ、ディアナ・フラウセス。それは何故ですか?」

「その意図は判りかねます。ただ彼の隣の妊婦の女性にお払い箱と続けて言われたことは覚えていますわ」

「成程。ロバート・グレイ伯爵。ディアナ・フラウセスの言ったことはまことですか」


 私とマリアの二人に見つめられてロバートは青褪めて唇を噛んでいる。その両の掌は癇性に服を掴んでいた。まるで叱られている最中の子供のようだ。

 その隣の女性も若干顔色が青い。妊婦に負担をかけたくないという意識がわく。そんな所が甘いとマリアは言うのだろうが。

 私は彼女の名前を聞いた。シシリー、と単語で答えられる。その幼げな様子に男は堕ちるのかもしれないが生憎私には教養のなさにしか映らない。


「ロバート・グレイ伯爵。そしてその愛人のシシリー。私は貴方達を今から侮辱と偽証行為で弾劾します」

「私、フォロー・アディロは司祭職にある者としてディアナ・フラウセスの行いを許し認めます」


 ユピテルの名のもとに。

 私の脳裏に雷鳴が鳴り響いた。 


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