惨めに捨てられた伯爵夫人は年下の第二王子と精霊神たちに想われ思い出す

砂礫レキ

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王妃の裁き15

 チリ、と髪の先が焼けるような感覚がした。

 誰かがこの場で炎魔法を発動させた。気づいた時には目の前にメイドの背中があった。

 私を守ろうとしている、そう察した瞬間私は叫んだ。


「違う!」


 この憎しみの炎は、何者かを焼き滅ぼそうとする狂気は私に向けられたものではない。

 魔法の発動者、ジェームズ前伯爵が屠ろうとしているのは。

 シシリーだ。

 彼は紅蓮の炎を自らの右腕に纏わせて彼女に殴りかかろうとしていた。

 炎の出力が異常だ、腕を中心に紅蓮の竜巻のように燃え盛っている。あんなのを当てられたら火達磨だ。

 舌打ちをしながらマリアが風魔法を発動するのが分かった。


「マリア炎に風は不味いわ、下手したら延焼するわよ!」

「違うわよ、鎌鼬で腕を切り落とすの!!」


 緊張で真っ青になった顔でマリアは私に叫び返した。

 風を刃として使うつもりか。私は彼女の集中をこれ以上妨げない為口を噤んだ。

 そんな私たちの間をのんびりとした声が通り過ぎていく。


「いやいや、王妃の御力を汚すことはござらんよ」


 通り過ぎていったのは声だけではない。

 振り向いて見た父の手には空のカップが握られている。

 そしてその視線の先を追えば氷の刃を存分に纏ったティーソーサーが義父の腕に食い込んでいた。

 キドニーパイを切り分けるよりも余程容易く男の腕を切り落とした刃はブーメランの様に父のところに戻っていく。 

 術者から切り離された腕から炎が消える。魔力の供給が絶えたからだ。

 私は安堵の息を漏らしたが次の瞬間唾を飲み込んだ。


「ああ……」


 何かを惜しむような声を漏らしたのはマルコー医師だろうか。

 床に落ちたジェームズ前伯爵の腕は衝撃に負けボロボロと砕けていた。

 これではどれだけの名医だろうと再生は難しいだろう。 

 落とした腕だけでなく、その傷口の方も凍らせたのは父のせめてもの慈悲だろうか。 

 失血死を免れた義父の顔色は死人のように真っ白だった。


「ダナン……俺は」 

「子を弄ばれて憤るは貴様ばかりでないぞ、ジェームズ」


 ティーソーサーに空のカップを置いて父が言う。抜き身の刃のような鋭さが存在していた。

 ジェームズ前伯爵はその言葉に目を見開き、そして唇を血が出るまで噛みしめる。

 そして再び父を見つめると、間違えたかのように首を振って今度は私を見据えた。


「…ディアナ嬢、許されないことをした。息子の罪はこの老いぼれの命で償おう」

「…ジェームズ前伯爵、貴方が償うのは今犯した貴方の罪ですわ」


 ロバートと貴方は別の人間です。私はそう言ってジェームズ前伯爵から目を逸らす。

 視線の先では老人のような髪色になりながらも自分の妻を庇うように抱きしめている元夫の姿があった。

 償いというなら、義父があの二人を殺すことこそが私への償いとなったのかもしれない。

 それはもしかしたら先程訪れたかもしれない結末の一つだ。

 けれど私はあの時、心からそれを望んだろうか。

 気付いたら私のことをマルコー医師が物言いたげに見ていた。

 どうか職務を全うなさってください、私が告げると安心したように元義父の所へ足を運ぶ。

 偽善者なのだろうか私は。違う、他人の死を背負うのが怖いだけだ。

 
 マリアがひどく疲れた声で、甘いものが食べたいと言った。

 同感だわと私は答えた。


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