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王妃の裁き43 回想の終わり、決意の始まり
「あのおなごじゃがな、氷の魔晶片が脳に食い込んでおった」
「ましょうへん?」
「左様。赤子が死す時に散らばった魔力のひとかけじゃよ」
そう王妃の私室で茶を啜りながら御殿医は告げた。
祖父ぐらいの年齢のマルコーに対し少女に戻ったかのようにマリアが首を傾げる。
補足が足りないと思ったのか医師は更に説明を続けた。
「魔力持ちの人間は死ぬと同時に体から魔力が抜け出る。生命の膜が剥がれるからだと言われとる。
だから貴族の亡骸は専用の氷室などに1週間置かれる場合が多い」
遺体から出る全ての魔力を精霊界に還す為に。その言葉に王妃は頷いた。
マリアは平民の出だが、名門貴族にも劣らない魔力量の持ち主である。だからそういったことについての知識は一通り叩き込まれている
というかその為に貴族の子弟が通う名門校に奨学生扱いで通わされたのだ。
平民が魔力を持って生まれることなど稀なので、魔力について学ぶなら貴族の学校に行く必要があったのだ。
「しかしじゃ、その場合腹の中で死亡した赤子の魔力はどうなると思う?」
「……母親が吸収するわ。通常は赤子よりも大人の方が圧倒的に魔力保持量は多いもの」
「そうじゃ、だからこそ貴族は系統を混ぜ弱める必要があった。母親が胎の子の魔力を完全に吸い取ってしまわぬように」
「そうしなければルークのように極端に魔力値の低い子が産まれてしまうから?」
「……あれは儂らの過ちじゃ。もっと対策を講じるべきだった」
それでも、元気に生まれてきてくれただけよかった。老医師の重い言葉に王妃は静かに頷いた。
膨大な魔力を持つマリアは初めて妊娠した我が子の魔力を意図せず奪ってしまったのだ。
当時は母としてひたすら己を責め、マルコーたちの今のような言葉をただの慰めだと反発してばかりだった。
けれどその後自らも学び、更に最近建国当時について調べる機会があって分かった。
上位の精霊から加護を受けた人間たちは巨大な魔力を宿すようになった。
しかしだからこそ子供が無事に生まれにくいというデメリットも出てきた。
子供の魔力も運が悪ければ生命力も母体に吸われてしまうのだ。胎児の体に宿った魔力が微弱だと成長しきった母親の大きな魔力に合流してしまう。
まるで大海の中に一滴の水滴を垂らしたように。
それを阻止する為に考え出されたのが『混血』だ。違う魔法属性の男女を掛け合わせる。
母親とは別属性の子の場合、母体の膨大な魔力に胎児の魔力はそこまで呼応しない。属性が違うからだ。なので無事に生まれる確率が高くなる。
その子供は二つの属性の魔力を継ぐが表面化する属性は一つだけだ。そしてそういった子供同士を更に掛け合わせる。
そうやってこの国の貴族は数を増やし繁栄していったのだ。
結果として現代における貴族の魔力量の平均はかなり少なくなっているらしいが。
しかしそのおかげで建国時代には困難だった母と同属性の子供が殆ど無事に生まれるようになったのだから幸不幸というのはわからないものだ。
けれど今回の話題となっているシシリーは、その逆である。魔力が全くないのだ。つまり子供の魔力を吸収する心配がない。
だがそれが逆に今回の悲劇を生んだのだとマルコーは告げる。
「腹の中の子が強い衝撃を受け急死した時、胎児の魔力も同じように爆ぜた。
母体が魔力持ちなら、子の魔力の残骸はそれに溶け母親が魔法を使うことで外へ解放されただろう」
だから今回の事象に気づくのが恐れた。どこか悔やむように医師は言葉を続けた。
胎児の魔力はバラバラになりながら母親の体内を巡ったのだろう。
弱い魔力は生命力の膜には勝てない。魔力を有さない体はいわばのっぺりとした皮袋だ。
その中を力尽きるまで足掻き続けたのかもしれない。
「知っての通り魔力は意志によって具現化する。火を生み出し風を生み出す。殺された赤子の遺した魔力は今回……」
小さな、ほんの小さな欠片になって母親の脳に突き刺さっているのだと語るとマルコーは疲れたように溜息を吐いた。
気づくのは確かに遅かった、だが早めに気付いてもどうしようもなかったと。
「王妃があの者と会話するのが難しいと教えてくださったお陰で、頭に何かあると儂は思い当たった。実際それは当たりだった」
魔力感知に優れた術者でも余程注意しないと見つけられない程の、脳に全て入り込む寸前の小さな小さな氷の棘。
完全に埋まったとしてもそのまま突き進む可能性が高いとマルコーは言った。
「あのおなごを生きたまま何かに使いたいなら急いだ方がいい。言動がおかしくなればなるほど死に近づいているという事じゃ」
まるで王妃の企みを察しているかのように老医師は告げる。
なんという茶番だろうとマリアは少しだけおかしくなった。
何もしなくてもシシリーは死ぬ運命だったのか。殺した我が子の魔力の残骸に殺されて。
恐らくそこに胎児の憎しみはないだろう。子に宿った魔力が精霊界へと戻りたがっているだけだ。
その為に自らを閉じ込めている肉体を殺し、生命力の檻を壊したいのだ。
結果として母殺しをする為にシシリーの子供はこの世に生を受けたのか。
目を閉じディアナの表情を思い出す。アレスから聞いた彼女の狂乱を想起する。
夫を寝取った女の子供の為に泣き崩れる親友の姿を瞼の裏に浮かべる。
( ああ、ディアナが哀れんだ子に親殺しなんてさせては駄目ね )
それに恐らくは氷妃だって、自らの眷属が罪人の死に汚れることは望まないだろう。
たとえ、それが還りたいという祈りだけを手にした残骸だとしても。
マリアは目をゆっくりと開けた。ユピテルはもはや待てない。
いつ雷の女神が訪れてもいいよう準備は終わった。
けれどいつまでも待てる訳では今なくなった。
シシリーを死ぬ前に殺さなければいけない。
それが精霊の加護を受け栄えた国の妃である自分の役目だと思った。
「ましょうへん?」
「左様。赤子が死す時に散らばった魔力のひとかけじゃよ」
そう王妃の私室で茶を啜りながら御殿医は告げた。
祖父ぐらいの年齢のマルコーに対し少女に戻ったかのようにマリアが首を傾げる。
補足が足りないと思ったのか医師は更に説明を続けた。
「魔力持ちの人間は死ぬと同時に体から魔力が抜け出る。生命の膜が剥がれるからだと言われとる。
だから貴族の亡骸は専用の氷室などに1週間置かれる場合が多い」
遺体から出る全ての魔力を精霊界に還す為に。その言葉に王妃は頷いた。
マリアは平民の出だが、名門貴族にも劣らない魔力量の持ち主である。だからそういったことについての知識は一通り叩き込まれている
というかその為に貴族の子弟が通う名門校に奨学生扱いで通わされたのだ。
平民が魔力を持って生まれることなど稀なので、魔力について学ぶなら貴族の学校に行く必要があったのだ。
「しかしじゃ、その場合腹の中で死亡した赤子の魔力はどうなると思う?」
「……母親が吸収するわ。通常は赤子よりも大人の方が圧倒的に魔力保持量は多いもの」
「そうじゃ、だからこそ貴族は系統を混ぜ弱める必要があった。母親が胎の子の魔力を完全に吸い取ってしまわぬように」
「そうしなければルークのように極端に魔力値の低い子が産まれてしまうから?」
「……あれは儂らの過ちじゃ。もっと対策を講じるべきだった」
それでも、元気に生まれてきてくれただけよかった。老医師の重い言葉に王妃は静かに頷いた。
膨大な魔力を持つマリアは初めて妊娠した我が子の魔力を意図せず奪ってしまったのだ。
当時は母としてひたすら己を責め、マルコーたちの今のような言葉をただの慰めだと反発してばかりだった。
けれどその後自らも学び、更に最近建国当時について調べる機会があって分かった。
上位の精霊から加護を受けた人間たちは巨大な魔力を宿すようになった。
しかしだからこそ子供が無事に生まれにくいというデメリットも出てきた。
子供の魔力も運が悪ければ生命力も母体に吸われてしまうのだ。胎児の体に宿った魔力が微弱だと成長しきった母親の大きな魔力に合流してしまう。
まるで大海の中に一滴の水滴を垂らしたように。
それを阻止する為に考え出されたのが『混血』だ。違う魔法属性の男女を掛け合わせる。
母親とは別属性の子の場合、母体の膨大な魔力に胎児の魔力はそこまで呼応しない。属性が違うからだ。なので無事に生まれる確率が高くなる。
その子供は二つの属性の魔力を継ぐが表面化する属性は一つだけだ。そしてそういった子供同士を更に掛け合わせる。
そうやってこの国の貴族は数を増やし繁栄していったのだ。
結果として現代における貴族の魔力量の平均はかなり少なくなっているらしいが。
しかしそのおかげで建国時代には困難だった母と同属性の子供が殆ど無事に生まれるようになったのだから幸不幸というのはわからないものだ。
けれど今回の話題となっているシシリーは、その逆である。魔力が全くないのだ。つまり子供の魔力を吸収する心配がない。
だがそれが逆に今回の悲劇を生んだのだとマルコーは告げる。
「腹の中の子が強い衝撃を受け急死した時、胎児の魔力も同じように爆ぜた。
母体が魔力持ちなら、子の魔力の残骸はそれに溶け母親が魔法を使うことで外へ解放されただろう」
だから今回の事象に気づくのが恐れた。どこか悔やむように医師は言葉を続けた。
胎児の魔力はバラバラになりながら母親の体内を巡ったのだろう。
弱い魔力は生命力の膜には勝てない。魔力を有さない体はいわばのっぺりとした皮袋だ。
その中を力尽きるまで足掻き続けたのかもしれない。
「知っての通り魔力は意志によって具現化する。火を生み出し風を生み出す。殺された赤子の遺した魔力は今回……」
小さな、ほんの小さな欠片になって母親の脳に突き刺さっているのだと語るとマルコーは疲れたように溜息を吐いた。
気づくのは確かに遅かった、だが早めに気付いてもどうしようもなかったと。
「王妃があの者と会話するのが難しいと教えてくださったお陰で、頭に何かあると儂は思い当たった。実際それは当たりだった」
魔力感知に優れた術者でも余程注意しないと見つけられない程の、脳に全て入り込む寸前の小さな小さな氷の棘。
完全に埋まったとしてもそのまま突き進む可能性が高いとマルコーは言った。
「あのおなごを生きたまま何かに使いたいなら急いだ方がいい。言動がおかしくなればなるほど死に近づいているという事じゃ」
まるで王妃の企みを察しているかのように老医師は告げる。
なんという茶番だろうとマリアは少しだけおかしくなった。
何もしなくてもシシリーは死ぬ運命だったのか。殺した我が子の魔力の残骸に殺されて。
恐らくそこに胎児の憎しみはないだろう。子に宿った魔力が精霊界へと戻りたがっているだけだ。
その為に自らを閉じ込めている肉体を殺し、生命力の檻を壊したいのだ。
結果として母殺しをする為にシシリーの子供はこの世に生を受けたのか。
目を閉じディアナの表情を思い出す。アレスから聞いた彼女の狂乱を想起する。
夫を寝取った女の子供の為に泣き崩れる親友の姿を瞼の裏に浮かべる。
( ああ、ディアナが哀れんだ子に親殺しなんてさせては駄目ね )
それに恐らくは氷妃だって、自らの眷属が罪人の死に汚れることは望まないだろう。
たとえ、それが還りたいという祈りだけを手にした残骸だとしても。
マリアは目をゆっくりと開けた。ユピテルはもはや待てない。
いつ雷の女神が訪れてもいいよう準備は終わった。
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