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女神の慈悲は試練と共に6
若返りたいと、思ったことはある。
ある程度の年齢になってからは、朝起きて鏡を見る度に若さが遠ざかっていくのを感じていた。
けれどそれは仕方がない事で、伯爵夫人として許される範囲で美容に気を使うに留めておいた。
それだって随分と贅沢なことなのはわかっている。
老いるのは怖い事ではない。老いるのは己だけではない。友人も夫も、皆年を取っていくのだ。
大切なのはどう老いていくかだ。そんな風に思いながら、けれどやはり瑞々しい肌への恋しさは胸の片隅にあった。
そしてロバートが一回り以上若い娘を愛した時、その残酷さに傷つきながら仕方ないとどこかで受けて入れている自分がいた。
その諦めこそが、老いなのだと思った。
けれど今、私が若さを求めるのはロバートやシシリーを見返したいからではない。
もし若返ることができれば、彼と同年齢とは言わなくても、数歳程度の年の差になれるなら。
それは……どれだけ身軽なことだろう。
私はユピテルに対し口を開いた。
「私は若返りを願いません」
雷女神は色づいた唇をぽかんと開けた。
アレス王子は私の予想よりも随分と静かだった。
若返らせて貰えと言ってきたりはしないだろうが、断ったことに対し少しは驚くと思っていたのに。
場違いな程穏やかな眼差しで私を見ているだけだった。
そんな目は止めて欲しい。
まるで彼に自分の何もかもが理解されているようだと錯覚してしまうから。
「どうしてぇ?ディアナちゃんにだけ特別にサービスしてあげようと思ったのに♠」
心底不思議そうにユピテルが聞く。
それでも必要ないと私は答えた。
しかしユピテルはそれでも食い下がる。
「でもディアナちゃん、さっきからずっと年齢のことばかり気にしていたじゃない?」
自らが口にしていない内容を言い当てられスッと血の気が引く。
相手は神なのだからこちらの心ぐらい読めても不思議ではないのかもしれない。
けれど、だったら私が断る理由も察して欲しいものだ。
「だって、人間っていつもそうよ、思う事と実際に行うことが一致していない時が多すぎるわ!
好きなのに離れたり、傷つけたくないのに争ったり、生きていたいのに死を選んだりする。
……あなたは特にそう。
だから、わたくしたち精霊は人間の心を見ることができても人間の考えなんていつまでたってもわからないままなのよ!」
私の気持ちを察したのかユピテルが早口で言い募る。それが幼い子供のように見えて、なんとなく頭を撫でたくなった。
けれど相手は偉大な女神だ。私はそうする代わりに背筋を伸ばして彼女に説明をした。
もしかしたら千年を生きる女神は既に知っているかもしれない。
若さを求めた貴族の女たちが闇の精霊の誘惑に落ちた結果起きた地獄。
私が生まれるよりもずっと前に、この国で起こった陰惨な事件を。
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