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夜が明ければ新しい朝が始まる9
落ち着きを取り戻したアレス王子を私は卓に招いた。
それから本物の侍女を呼んで茶の用意をさせる。
彼女は自分と同じ制服を着た相手に給仕をするのはきっと不思議な感覚だっただろう。
最初の一杯だけ世話してもらい、後は自分たちですると告げ私は侍女に退室を促した。
ゆっくりと紅茶を味わってから、会話を考える。
とりあえずアレス王子が女性の姿になっているなら聞いておくべきだろうか。
私とロバートの離婚騒動の中、ちょくちょくその姿で彼が存在していた理由を。
「……俺の知らないディアナさんを知るようにと、母が言ったんです」
「それで魔法道具で侍女に変装して私を観察していたって訳ね」
「はい……騙すような真似をしてすみません」
「構わないわ。きっと必要なことだったのでしょう」
アレス王子が知らない私の一面。
それをマリアはあえて息子に見せようとしたらしい。
彼女の考えはなんとなくだがわかる。私とアレス王子はそもそも接点が余りない。
私にとって彼は親友である王妃の息子、彼にとっての私は母の親友の女貴族。
誕生日などに贈り物はするけれど、二人で仲良く遊んだりなどはしない間柄だ。
つまりアレス王子が見ていた私は『母の友人』という一面だけだ。
関係を深めるなら、それだけの情報だは足りないとマリアは判断したのだろう。
「だからといって私とロバートの醜態劇を見せたのはどうかしらね……」
知らない一面どころか、知りたくなかった私の一面が山盛りあったことだろう。
夫婦と愛人の絡んだ離婚騒動なんて。いや男性からしてみたら女同士の諍いの方が見苦しかったかもしれない。
シシリー相手には私も感情的に振舞ってしまった自覚が大いにある。暴走すらしてしまった。
それを止めてくれたのは今目の前にいるアレス王子だった。
『もう、止めるんだディアナさん』
そう静かな声で私の狂気を宥めて、泣きじゃくる私に胸を貸してくれた。
アレス王子は優しくて立派な青年だと思う。学校で女子生徒に追い回されるのは王子の立場とその美貌だけではないだろう。
マリアの目論見通り、確かに私は彼に色々な表情を見られた。
感情的に泣き叫び、人を陥れて冷たく笑う顔も見せた。
幻滅されても仕方がないが、そうでないから彼は今この部屋にいるのだろう。
それが少しだけ、ほっとした。
「しかし、随分と妙な性能の魔法道具ね。マリアの持ち物と聞いて納得したけれど」
私は手袋を外したアレス王子の指の一本をなぞる。
そこにはめられている指輪は確かに微細な魔力を纏っていた。
この魔法の指輪を装着すれば、別人に変身することができるのか。
盗まれて悪用されたら非常に面倒だろうなと思った。
まあ、持ち主がマリアだという時点で悪用はされていたに違いない。
王宮を抜け出して街へ遊びに行く為とかに。
そういえばマリアはこれを使って男性に変身していた。アレス王子とは違うタイプの美形だったと思う。
大輪の花のような美貌と華やかさがあった。遠くで見れば目の保養だが近づくと疲弊するタイプだ。
よく考えると今のマリアと中身のイメージは変わらない。
マリアは『自分が男になったら』で想像して変身したらいけれど、アレス王子もそうなのだろうか。
私はメイド服を着たままの彼、いや彼女を見つめる。
髪はきっちりと清潔に纏め上げられている。化粧も薄く地味で真面目な印象を受ける。
けれどその顔は紛れもなく美しい。太陽よりも月の光が似合う静謐な美貌だ。
その顔を見ていると、何やら心がむず痒くなってくる。若さと健康さゆえの肌の瑞々しさ。
自身を飾ることなど一切考えてなさそうな無防備さ。なのにその顔立ちは極上で。
きっと着飾れば、神の娘のように美しくなるだろうに。
「アレス王子……」
「はい」
「ちょっと髪形を変えたり、化粧をしてみる気にはならないかしら?」
「……はい?」
できたらドレスも着て欲しいのだけれど。
私の懇願にアレス王子は固まった。
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