誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

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第一部

18.

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 待ち合わせた時間の五分前に応接室に出向く。
 家令のホルガーは既に来て背筋を伸ばし立っていた。一体何時から待っていたのだろう。
 白い髪と顔に刻まれた皺が老齢を思わせる。けれど若い頃は美丈夫だったのだろうと容易に想像できた。

「お時間を頂き申し訳御座いません」
「こちらこそ。どうお呼びすれば?」
「ホルガーとお呼びください、奥様」
「わかりました。座って頂戴、ホルガー」
「いいえ、私はこのままで」

 そう言うと彼は私を椅子までエスコートし、自分はその対面に立った。
 座って貰った方が会話しやすいが強制するつもりは無かった。
 彼は私が椅子に落ち着いたのを確認した後、深々と頭を下げた。

「挨拶が遅れて申し訳御座いません。アベニウス公爵家で家令を務めさせて頂いているホルガー・コートネイと申します」
「私はエリカよ。今回の婚礼は実家の身勝手で色々慌ただしいことになってごめんなさい」

 元々は異母姉のローズがアベニウス公爵家に嫁ぐ筈だった。
 なのに嫌がった挙句結婚式前日に妹を代わりに嫁がせる暴挙に出たのだ。マリッジ・ブルーだとしても酷い。
 ケビンがそれを承諾した理由はわかるが、よく父も異母姉も彼に殴られなかったものだと思う。
 ただそういう事情なので結婚式は微妙かつ忙しない空気の中終わった。
 ホルガーは私の謝罪にアルカイックスマイルを浮かべた。
 本当ですよとも気にしないでくださいとも言えない気持ちはわかる。
   
「奥様、当屋敷の使用人セラの不出来を家令として謝罪致します」

 彼がそう話を切り出して来た。
 私も頭を切り替える。

「セラは解雇するのよね。彼女に協力者はいたのかしら」
「いいえ、取り調べた所メイドのセラのみレオ様に菓子で買収されておりました」
「買収……?」
「左様でございます」
「……念のために聞くけれど」
「はい」
「報酬のお菓子はセラから」
「きっちり取り上げております。今夜は夕食も抜きです」
「……そう」

 セラは散々レオの命令だからと言い訳していたが単に買収に応じただけだった。

(そりゃ私やケビンに報告に来ない筈よね……)

 私は溜息を吐く。そしてホルガーに言った。

「セラは私に菓子を運ぶ途中にレオ様とそのメイドに奪われたと言っていたけれど」
「それは虚言です。彼女はただ公爵夫人室の外に出て時間を潰して戻って来ただけです」
「そう……この家では使用人たちへの周知はどのように行っているのかしら?」
「使用人棟の掲示板や必要に応じて招集ですね」
「では掲示板と招集両方で使用人たちにセラの解雇とその理由を周知するように。当然セラに就職先の斡旋は絶対にしないで頂戴」
「……かしこまりました」

 少し間が有ったがホルガーは特に反論せず承諾した。
 悪さをしたら晒し者にされた挙句に解雇。
 そう使用人たちに知らしめることでトラブル抑止効果を期待したい。

(セラみたいなのが何人も出て来たら困るもの)

 私はそう思いながらホルガーを見た。姿勢良く立っているように見えるが微妙に腰が引けている。
 そういえば彼は間もなくぎっくり腰で引退するのだった。
 もしかしたら既に腰を痛めていて、限界が来たという形になるのだろうか。

「もしかして、腰が痛むの?」

 私がホルガーに聞くと彼は目を見開いた後、頭を下げようとした。私はそれを止める。

「不格好な姿勢をお見せして申し訳ございません」
「別に咎めているわけでは無いのよ。ただそれならもっと楽な立ち方で構わないわ」
「いいえ、そのような無礼を働くなら家令の座を辞します」
「……そう」

 だからホルガーはあんなにあっさりと物語から退場したのか。
 そして腰を痛めているから座るより立っている方が楽なのか。二重の理由で納得をする。

「質問をしてもいいかしら」
「はい」
「マーベラ夫人も解雇になるのよね」
「それだけでなく以降夫人の係累から公爵家への雇用をすることは一切御座いません」
「彼女っていつからアベニウス公爵家の家庭教師をしていたの?」
「二十二年前からです」
「ホルガー、貴方は?」
「十五年前に家令に任命されました」

 つまりマーベラ夫人の方がホルガーより大分古株と言う事か。
 その長期勤務記録も彼女の失言で途絶えてしまう訳だが。

「マーベラ夫人は兄は王、弟は奴隷という教育方針だったけれどアベニウス家では代々その考えなの? だから誰も止めなかったの?」

 私が口にするとホルガーの表情が凍り付く。
 笑顔で頷かれるよりはマシだが、それでももやもやとした。

「どうやら違うらしいわね。なら私も次の家庭教師もマーベラ夫人の方針を受け継ぐ必要は無いという事ね」
「……はい、私共の対応が間違っておりました」
「公爵様もマーベラ夫人の教え子だった時期があるようだけれど、そのように教育されてきたのかしら」

 だとしたら自分が王様だと散々に煽てて育てた結果、見事な暴君に成長したケビンにマーベラ夫人は断罪されたことになる。皮肉なことだ。
 しかしホルガーは沈鬱な表情で首を振った。

「いいえ……マーベラ夫人は、失敗を挽回しようと必死になりどんどんと過激な方針になったのでしょう」
「失敗?」

 それはケビンをあんな風に育てたことだろうか。
 思わず口から出そうになった言葉は流石に飲み込んだ。

 そんな私にホルガーが険しい表情のまま告げる。
 
「実は奥様、マーベラ夫人が解雇について強く抗議しております」
「それで私にどうしろと?」

 口から飛び出た言葉に対しホルガーは申し訳なさそうな表情をするだけだった。

「私に言ってもどうしようもないでしょう。公爵様のご判断なのだし」
「旦那様から……自分が王都から帰還するまでに問題を片付けておくようにとの言伝を承っております」

 気まずそうな顔でホルガーが言う。

「は?」

 もしかしてあの男、家を出たのに戻って来たと思ったら又家を出て行ったのか。
 しかも私に面倒ごとを押し付けて。瞬間的にケビンを思い切り罵倒したくなった。
 だが代わりに微笑む。青筋は浮かんでいるかもしれない。

「まあ……急な出立ね。つい先程急ぎの仕事は無いと旦那様は仰ったばかりなのに」
「左様でございましたか」
「もしかして……自分の愛する妻はリリー様だけだと仰ったのに、私へ強引に接吻をして来たり夫婦別室の提案は嫌がって怒ったことが気恥ずかしくなったのかしら?」
「……は?」
「ああ、ご心配なく。寝室を分けることは納得されましたから。でも……先妻様を心から愛してらっしゃるのに体は全く言う事を聞かないなんて可哀想な旦那様」

 私が居る屋敷から逃げ出すくらい恥ずかしかったのね。
 そう白々しいぐらい申し訳なさそうに言うと、ホルガーは私から目を逸らした。
 
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