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第一部
57.
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扉の向こうにいたカーヴェルは着替え済みだった。
何となく見覚えのあるスーツ姿だったが微妙に袖先やスラックスの丈が合わないようだった。
「父の仕事着を借りました」
「そう、貴方用のも何着か新調しないとね」
カーヴェルの言葉に納得しながらそう返す。
ただ見舞に来ただけの彼を私服のまま働かせてしまっていた。
よく考えたら彼は今日どうするのだろう。夕食を摂ってもおかしくない時間だ。
屋敷に泊まって貰っても当然構わないが、色々準備があるだろうと一旦帰りたいのかもしれない。
その旨を本人に確認しようと顔を上げる。
カーヴェルの整い過ぎた顔には隠し切れない憂いがあった。
「……何かあったの?」
私が尋ねると彼は僅かに驚きを浮かべた。
しかしすぐ暗い表情に戻ると頭を下げる。
「マレーナさんですが、彼女がレオ様の浴室を利用するのを……父が許可していました」
申し訳御座いません。そう謝罪する彼に顔を上げるよう告げる。
色々複雑な気分だった。長年家令をしていたホルガーに対する呆れと苛立ちはある。
しかしマレーナの余裕そうな態度の根拠として理解は出来た。
家令の許可があったから私がエミリエと会話している時も堂々と入浴出来たのだろう。
私が強引にレオの子供部屋に入り、彼女が入浴していると騒いでも言い開きが出来るから。
(……感情のままクビを言い渡す可能性もあるけれどね)
そんなことを思いつかない程クリーンな労働環境にいたのか、そうされても構わないという覚悟があるのか。
マレーナという美しいメイドに私は言いようのない気味悪さを感じていた。
「ホルガーはどんな理由で許可を出したのかしら?」
幾ら彼でも流石に何も考えず良いですよとは言わないだろう。
「レオ様にはマレーナさんから離れると泣いて暴れて手が付けられない時期があったそうです」
「そんな時期が……」
「彼女はレオ様の入浴介助を多く請け負っていて、服や髪が濡れる機会が多いからと……」
「からと?」
「レオ様入浴後の湯を使って身を清めたりするのを許可したらしいです」
「そう……」
何とも微妙な理由だ。良いとも悪いとも言えない。
子供を入浴させたついでに自分も風呂に入ろうという気持ちはわかる。私だって前世ではそうした。
でもマレーナはレオの母親では無い。メイドだ。
「それってレオ君が何歳位?」
「三歳の時からですね」
「三歳……ということはマレーナが勤め始めた年よね」
レオの母親であるリリーが亡くなったのは一年前だが、母の不在を認識し代わりを求め始めたのだろうか。
他のメイドもいただろうに何故マレーナがそこまで懐かれたのか。
「マレーナってメイドよね。乳母はどうしたのかしら」
「……公爵様の不興を強く買ってしまい、かなり厳しい形での解雇をされたということです」
厳しい形での解雇と聞き私はマーベラ夫人を思い出した。
その乳母は一体何をやらかしたのか。
「ですがレオ様はその乳母に非常に懐いていた為、急遽彼女に似た使用人を雇う必要があったらしく……」
「つまり、マレーナはレオ君が懐いていた乳母に似ていたから雇われたってことね」
「そうなりますね」
あの自信に溢れた態度は求められての雇用だったからか。
そして実際レオには即気に入られ執着されたのだろう。
ケビンといいレオといいアベニウス公爵家の男は執着心が強い家系なのだろうか。
ロンには今のところそういうものは感じないが。
「つまりマレーナは最初からある程度立場が強かったってことね」
「そう……なりますね」
「ならホルガーの性格を考えれば逆らわないでしょうね」
マーベラ夫人に対しても強く言えず増長させていたのだから。
私に対して従順なのも、その気質が反映しているだろうから複雑な気分だ。
「そんな理由なら、マレーナはもう使用人用の風呂で問題無い筈ね」
今のレオは流石にマレーナが傍にいないからと泣き喚く程では無いだろう。
それに入浴時に大暴れもしない筈だ。
十歳なら手伝いも不要な気がするが貴族令息は髪とか洗ってもらうのだろうか。よくわからない。
異母姉のローズは成人後も入浴の手伝いをメイド数人にさせていたけれど。
(ロン君に対する育児も気になるしマーサにも一度話を聞かなければね)
しかし子供に関わる使用人は似た名前が多い気がする。もしかして作者が適当に考えたのだろうか。
原作ではマーベラ夫人が一番個性が強かったけれど序盤で退場した。
ロン付きのマーサは出番が少なくマレーナはそもそも大勢のレオ付きメイドの中の一人程度でしかない。
(あんな強烈な人物がその他大勢とか有り得ないでしょ)
そう作者に内心で突っ込む。私はまだカーヴェルの表情が暗いことに気付いた。
私は彼に再度尋ねる。
「何か不安なことでもあるの?」
「いいえ、そうではありません」
「じゃあ……何かに傷ついているのかしら?」
私は彼の顔を見て言う。
カーヴェルは一瞬目を見開いて、つまらない理由ですと苦く笑った。
何となく見覚えのあるスーツ姿だったが微妙に袖先やスラックスの丈が合わないようだった。
「父の仕事着を借りました」
「そう、貴方用のも何着か新調しないとね」
カーヴェルの言葉に納得しながらそう返す。
ただ見舞に来ただけの彼を私服のまま働かせてしまっていた。
よく考えたら彼は今日どうするのだろう。夕食を摂ってもおかしくない時間だ。
屋敷に泊まって貰っても当然構わないが、色々準備があるだろうと一旦帰りたいのかもしれない。
その旨を本人に確認しようと顔を上げる。
カーヴェルの整い過ぎた顔には隠し切れない憂いがあった。
「……何かあったの?」
私が尋ねると彼は僅かに驚きを浮かべた。
しかしすぐ暗い表情に戻ると頭を下げる。
「マレーナさんですが、彼女がレオ様の浴室を利用するのを……父が許可していました」
申し訳御座いません。そう謝罪する彼に顔を上げるよう告げる。
色々複雑な気分だった。長年家令をしていたホルガーに対する呆れと苛立ちはある。
しかしマレーナの余裕そうな態度の根拠として理解は出来た。
家令の許可があったから私がエミリエと会話している時も堂々と入浴出来たのだろう。
私が強引にレオの子供部屋に入り、彼女が入浴していると騒いでも言い開きが出来るから。
(……感情のままクビを言い渡す可能性もあるけれどね)
そんなことを思いつかない程クリーンな労働環境にいたのか、そうされても構わないという覚悟があるのか。
マレーナという美しいメイドに私は言いようのない気味悪さを感じていた。
「ホルガーはどんな理由で許可を出したのかしら?」
幾ら彼でも流石に何も考えず良いですよとは言わないだろう。
「レオ様にはマレーナさんから離れると泣いて暴れて手が付けられない時期があったそうです」
「そんな時期が……」
「彼女はレオ様の入浴介助を多く請け負っていて、服や髪が濡れる機会が多いからと……」
「からと?」
「レオ様入浴後の湯を使って身を清めたりするのを許可したらしいです」
「そう……」
何とも微妙な理由だ。良いとも悪いとも言えない。
子供を入浴させたついでに自分も風呂に入ろうという気持ちはわかる。私だって前世ではそうした。
でもマレーナはレオの母親では無い。メイドだ。
「それってレオ君が何歳位?」
「三歳の時からですね」
「三歳……ということはマレーナが勤め始めた年よね」
レオの母親であるリリーが亡くなったのは一年前だが、母の不在を認識し代わりを求め始めたのだろうか。
他のメイドもいただろうに何故マレーナがそこまで懐かれたのか。
「マレーナってメイドよね。乳母はどうしたのかしら」
「……公爵様の不興を強く買ってしまい、かなり厳しい形での解雇をされたということです」
厳しい形での解雇と聞き私はマーベラ夫人を思い出した。
その乳母は一体何をやらかしたのか。
「ですがレオ様はその乳母に非常に懐いていた為、急遽彼女に似た使用人を雇う必要があったらしく……」
「つまり、マレーナはレオ君が懐いていた乳母に似ていたから雇われたってことね」
「そうなりますね」
あの自信に溢れた態度は求められての雇用だったからか。
そして実際レオには即気に入られ執着されたのだろう。
ケビンといいレオといいアベニウス公爵家の男は執着心が強い家系なのだろうか。
ロンには今のところそういうものは感じないが。
「つまりマレーナは最初からある程度立場が強かったってことね」
「そう……なりますね」
「ならホルガーの性格を考えれば逆らわないでしょうね」
マーベラ夫人に対しても強く言えず増長させていたのだから。
私に対して従順なのも、その気質が反映しているだろうから複雑な気分だ。
「そんな理由なら、マレーナはもう使用人用の風呂で問題無い筈ね」
今のレオは流石にマレーナが傍にいないからと泣き喚く程では無いだろう。
それに入浴時に大暴れもしない筈だ。
十歳なら手伝いも不要な気がするが貴族令息は髪とか洗ってもらうのだろうか。よくわからない。
異母姉のローズは成人後も入浴の手伝いをメイド数人にさせていたけれど。
(ロン君に対する育児も気になるしマーサにも一度話を聞かなければね)
しかし子供に関わる使用人は似た名前が多い気がする。もしかして作者が適当に考えたのだろうか。
原作ではマーベラ夫人が一番個性が強かったけれど序盤で退場した。
ロン付きのマーサは出番が少なくマレーナはそもそも大勢のレオ付きメイドの中の一人程度でしかない。
(あんな強烈な人物がその他大勢とか有り得ないでしょ)
そう作者に内心で突っ込む。私はまだカーヴェルの表情が暗いことに気付いた。
私は彼に再度尋ねる。
「何か不安なことでもあるの?」
「いいえ、そうではありません」
「じゃあ……何かに傷ついているのかしら?」
私は彼の顔を見て言う。
カーヴェルは一瞬目を見開いて、つまらない理由ですと苦く笑った。
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