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22.壊すような恋を知らない
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「大体偽物花嫁なんて計画自体がおかしいですよ」
不機嫌な顔でマレーナは言う。
その案を出したのは俺の父で彼女の雇用主だが指摘は事実なので聞き逃すことにした。
マレーナと険悪なエストでさえ黙っている。
つまり父の計画自体は全くフォロー出来ない内容と判断しているのだろう。
「セシリア様が失踪した時点で結婚自体を取りやめにするべきでした」
「馬鹿かお前は」
しかし彼女が続けた言葉には容赦ない罵倒を俺の従者は入れた。
「お前はセシリア様の命が惜しくないのか?」
「なっ、そんな筈ないでしょう!」
「じゃあ救いようのない馬鹿だな、だからあの方は……」
「そこまでだ、エスト」
俺は言葉を投げ入れる。
じゃないと彼は絶対マレーナがセシリアに置いて行かれた件を容赦なく口にしただろう。
そしてその予想も俺は否定出来なかった。
「今回の婚姻は王家の紹介だ、そして式には第三王女がいらした。そこまでは理解できているか?」
マレーナ、そう名前を呼ぶと灰色の髪の侍女は物凄い顔をした。
エスト並みの鉄面皮は期待していなかったが、セシリアの侍女なのだからもう少し冷静だと思っていた。
実際少し前まで俺の記憶の中の彼女は涼しげな顔をして主人に誠心誠意仕える優れた女使用人だったのだが。
それだけセシリアの不在に感情を揺さぶられているのだろうか。
彼女の言動を見ているとその忠誠は信仰に片足を突っ込んでいるように見えた。
理解した旨の返答はないが俺は構わず言葉を続ける。
「話が来た時点で断るならまだいい。それでも不敬と取られかねないが、それでも今の状況よりは遥かにマシだ」
そもそもアンブローズ公爵との婚姻は、セシリアが第三王女を命がけで庇ったことが発端で持ち上がった話だ。
王家側の思惑など知りもしないが、あくまで向こうは善意で与えたというスタンスである。
まあ兄としては余計なお世話だという気持ちもあったがセシリアは有難くその話を受け取った。
なのに結婚式直前に花嫁が失踪した上、やっぱり王家の紹介した婚姻はしたくないみたいですなどと伯爵家が言える筈がない。
アンブローズ公爵家は怒るだろうし、そして仲介をした王家だって怒るに決まっている。
セシリアが第三王女の命を救ったという功績があったとしても、それでは拭いきれない大問題なのだ。
「セシリアは王家と繋がりのある公爵家、そして王家の両方との契約を一方的に破棄した。それを知られたらどうなるかぐらい子爵家の君ならわかる筈だ」
「で、でもフィルミナ王女殿下は学生時代からセシリア様をお気に入りで……」
震える声で反論するマレーナにエストが大きく溜息を吐く。
そういえば彼女とセシリアと第三王女は女子校の同学年だったか。
だがまだ学生気分が抜けないのは正直困る。
「今回の件は第三王女とセシリアの問題じゃない。王家とアンブローズ公爵家、そして我がリード伯爵家の問題だよ」
「そんな、じゃあセシリア様はどうして……」
こんな大変なことになるのに居なくなってしまったのですか。
震える声でマレーナが俺を見上げる。先程とは違う縋るような眼差しで。
きっと彼女は兄の俺ではなくセシリアをこの姿に見出している。
どうして、もう一度掠れた声で言われる。
「私に何も仰ってくださらなかったのですか……」
「それは俺にもわからない」
双子の兄である俺だって何一つ打ち明けて貰えなかったのだから。
セシリアだけじゃない。婚約者のアイリーンさえ想いを隠し続けていた。
この国では同性婚は認められていないが俺は別に同性愛に否定的ではない。
でも自分には関係のないことだと認識していた。
セシリアが同性にちやほやされるのだって、本気の恋愛感情だとは思っていなくて。
妹自身も誰かを特別に愛したことなんてないとずっと考えていた。
いや嘘だ。双子の俺だけが特別だと驕っていたんだ。決して恋愛ではないけれど。
俺の目は全てにおいて節穴過ぎたのだろうか。
常に飄々として冷静な妹がこんな最悪な状況を引き起こしてでも選んだ恋。
全てを台無しにしてでも一緒にいたいと思う恋ってどんなものなのだろう。
その相手は俺の婚約者で。
子供のように泣くマレーナを前に、俺はそんなことを呑気に考えていた。
不機嫌な顔でマレーナは言う。
その案を出したのは俺の父で彼女の雇用主だが指摘は事実なので聞き逃すことにした。
マレーナと険悪なエストでさえ黙っている。
つまり父の計画自体は全くフォロー出来ない内容と判断しているのだろう。
「セシリア様が失踪した時点で結婚自体を取りやめにするべきでした」
「馬鹿かお前は」
しかし彼女が続けた言葉には容赦ない罵倒を俺の従者は入れた。
「お前はセシリア様の命が惜しくないのか?」
「なっ、そんな筈ないでしょう!」
「じゃあ救いようのない馬鹿だな、だからあの方は……」
「そこまでだ、エスト」
俺は言葉を投げ入れる。
じゃないと彼は絶対マレーナがセシリアに置いて行かれた件を容赦なく口にしただろう。
そしてその予想も俺は否定出来なかった。
「今回の婚姻は王家の紹介だ、そして式には第三王女がいらした。そこまでは理解できているか?」
マレーナ、そう名前を呼ぶと灰色の髪の侍女は物凄い顔をした。
エスト並みの鉄面皮は期待していなかったが、セシリアの侍女なのだからもう少し冷静だと思っていた。
実際少し前まで俺の記憶の中の彼女は涼しげな顔をして主人に誠心誠意仕える優れた女使用人だったのだが。
それだけセシリアの不在に感情を揺さぶられているのだろうか。
彼女の言動を見ているとその忠誠は信仰に片足を突っ込んでいるように見えた。
理解した旨の返答はないが俺は構わず言葉を続ける。
「話が来た時点で断るならまだいい。それでも不敬と取られかねないが、それでも今の状況よりは遥かにマシだ」
そもそもアンブローズ公爵との婚姻は、セシリアが第三王女を命がけで庇ったことが発端で持ち上がった話だ。
王家側の思惑など知りもしないが、あくまで向こうは善意で与えたというスタンスである。
まあ兄としては余計なお世話だという気持ちもあったがセシリアは有難くその話を受け取った。
なのに結婚式直前に花嫁が失踪した上、やっぱり王家の紹介した婚姻はしたくないみたいですなどと伯爵家が言える筈がない。
アンブローズ公爵家は怒るだろうし、そして仲介をした王家だって怒るに決まっている。
セシリアが第三王女の命を救ったという功績があったとしても、それでは拭いきれない大問題なのだ。
「セシリアは王家と繋がりのある公爵家、そして王家の両方との契約を一方的に破棄した。それを知られたらどうなるかぐらい子爵家の君ならわかる筈だ」
「で、でもフィルミナ王女殿下は学生時代からセシリア様をお気に入りで……」
震える声で反論するマレーナにエストが大きく溜息を吐く。
そういえば彼女とセシリアと第三王女は女子校の同学年だったか。
だがまだ学生気分が抜けないのは正直困る。
「今回の件は第三王女とセシリアの問題じゃない。王家とアンブローズ公爵家、そして我がリード伯爵家の問題だよ」
「そんな、じゃあセシリア様はどうして……」
こんな大変なことになるのに居なくなってしまったのですか。
震える声でマレーナが俺を見上げる。先程とは違う縋るような眼差しで。
きっと彼女は兄の俺ではなくセシリアをこの姿に見出している。
どうして、もう一度掠れた声で言われる。
「私に何も仰ってくださらなかったのですか……」
「それは俺にもわからない」
双子の兄である俺だって何一つ打ち明けて貰えなかったのだから。
セシリアだけじゃない。婚約者のアイリーンさえ想いを隠し続けていた。
この国では同性婚は認められていないが俺は別に同性愛に否定的ではない。
でも自分には関係のないことだと認識していた。
セシリアが同性にちやほやされるのだって、本気の恋愛感情だとは思っていなくて。
妹自身も誰かを特別に愛したことなんてないとずっと考えていた。
いや嘘だ。双子の俺だけが特別だと驕っていたんだ。決して恋愛ではないけれど。
俺の目は全てにおいて節穴過ぎたのだろうか。
常に飄々として冷静な妹がこんな最悪な状況を引き起こしてでも選んだ恋。
全てを台無しにしてでも一緒にいたいと思う恋ってどんなものなのだろう。
その相手は俺の婚約者で。
子供のように泣くマレーナを前に、俺はそんなことを呑気に考えていた。
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