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36.破れ鍋に弱い蓋
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俺が、彼に触る。
正直意味が分からない。
目の前の男が犬や猫だったらわかる。百歩譲って幼児でもいい。
でもアリオス・アンブローズはそうじゃない。俺よりも背の高くて年上の男だ。
だから触って欲しいと言われても素直に手を伸ばす気にはなれない。
「触って欲しいって、どういうことですか」
「触って欲しいというのは、君に触れて欲しいということだ」
そう言うとアリオスは頭を下げてきた。
一瞬懇願の為かと思ったがどうも様子が違う。
あっ、これ頭を撫でて欲しいということか。何でだよ。
確認の為俺は口を開いた。
「……もしかして、撫でて欲しいんですか?」
「多分そうだと思う」
「私が嫌だと言ったら?」
「無理強いは出来ないから諦める」
殊勝な発言だが、それは撫でられ待ちのポーズを取る前に言ってほしい。
しかしいきなり撫でられたいとか公爵って前世が犬なのかな。
そして俺はその飼い主だったりしたのかもしれない。だったら色々納得できる。絶対違うけど。
そんなふざけたことを考えていると、アリオスが抑揚の無い声で話しかけてくる。
「私に触れたくないなら、その意思を尊重する」
「公爵……」
「この屋敷に来てから君に色々制約を強いている自覚はある。結果、君が私を嫌悪してもそれは仕方がない」
そう言ってアリオスは益々俯いた。
あっ、駄目だ。なんかやばいスイッチが入りそうで俺は焦った。
少し懐かれて健気なことを言われただけで彼に情が移りそうになる。
エストの厳しい眼差しと言葉を思い出す。
『その慈悲深さは異常』だと、はっきり言われた。
わかっている。
俺は人に頼まれたり縋られることに弱い。拒んでも結局受け入れてしまう。
そして弱々しく感じる存在を庇護したいという気持ちも人一倍強い。でもこれは慈悲や慈愛の類じゃない。
俺が薄っぺらだからだ。
リード伯爵家で一番影の薄い役割を持たない子供、セシリアの双子の兄というだけの俺。
だから他人から求められること、他人を守ろうとすることで自分の存在意義を確認したくて堪らなくなる。
優しい人になりたがってしまう。それは正しくないとエストに散々言われているのに。
ずっと、治らない。
「オリバーの言う通り、私は君に甘え過ぎているのかもしれない。努力するから嫌わないで欲しい」
「あーっもう」
この二十七歳、本当に意味が分からないんだけど。
愛するつもりはないとか堂々と宣言しておいて飼い主に無視された子犬みたいな態度は本当に。
「嫌いではないです!理解できないだけで!!」
衝動のままわしわしと乱暴に彼の頭を撫でる。色素の薄い髪の毛は予想以上に柔らかかった。
それに、あたたかい。当たり前か、彼は人間なのだから。
アリオスが俺の飼い犬だったら簡単な話なのに。
言葉なんて無い方が俺たちは上手くいくのかもしれない。
文句も言わず目を細めされるがままになっているアリオスに俺は初夜での発言の意味を聞こうと思いつく。
あの発言と現在の行動が結びつかないからこっちはずっと混乱しているのだ。
「そうだ、公爵。あの愛するつもりは……」
言葉の途中で視線を感じ俺は振り返る。
そこにはエストが何とも言えない表情で佇んでいた。
そういえばここは廊下だ。忘れていた。
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正直意味が分からない。
目の前の男が犬や猫だったらわかる。百歩譲って幼児でもいい。
でもアリオス・アンブローズはそうじゃない。俺よりも背の高くて年上の男だ。
だから触って欲しいと言われても素直に手を伸ばす気にはなれない。
「触って欲しいって、どういうことですか」
「触って欲しいというのは、君に触れて欲しいということだ」
そう言うとアリオスは頭を下げてきた。
一瞬懇願の為かと思ったがどうも様子が違う。
あっ、これ頭を撫でて欲しいということか。何でだよ。
確認の為俺は口を開いた。
「……もしかして、撫でて欲しいんですか?」
「多分そうだと思う」
「私が嫌だと言ったら?」
「無理強いは出来ないから諦める」
殊勝な発言だが、それは撫でられ待ちのポーズを取る前に言ってほしい。
しかしいきなり撫でられたいとか公爵って前世が犬なのかな。
そして俺はその飼い主だったりしたのかもしれない。だったら色々納得できる。絶対違うけど。
そんなふざけたことを考えていると、アリオスが抑揚の無い声で話しかけてくる。
「私に触れたくないなら、その意思を尊重する」
「公爵……」
「この屋敷に来てから君に色々制約を強いている自覚はある。結果、君が私を嫌悪してもそれは仕方がない」
そう言ってアリオスは益々俯いた。
あっ、駄目だ。なんかやばいスイッチが入りそうで俺は焦った。
少し懐かれて健気なことを言われただけで彼に情が移りそうになる。
エストの厳しい眼差しと言葉を思い出す。
『その慈悲深さは異常』だと、はっきり言われた。
わかっている。
俺は人に頼まれたり縋られることに弱い。拒んでも結局受け入れてしまう。
そして弱々しく感じる存在を庇護したいという気持ちも人一倍強い。でもこれは慈悲や慈愛の類じゃない。
俺が薄っぺらだからだ。
リード伯爵家で一番影の薄い役割を持たない子供、セシリアの双子の兄というだけの俺。
だから他人から求められること、他人を守ろうとすることで自分の存在意義を確認したくて堪らなくなる。
優しい人になりたがってしまう。それは正しくないとエストに散々言われているのに。
ずっと、治らない。
「オリバーの言う通り、私は君に甘え過ぎているのかもしれない。努力するから嫌わないで欲しい」
「あーっもう」
この二十七歳、本当に意味が分からないんだけど。
愛するつもりはないとか堂々と宣言しておいて飼い主に無視された子犬みたいな態度は本当に。
「嫌いではないです!理解できないだけで!!」
衝動のままわしわしと乱暴に彼の頭を撫でる。色素の薄い髪の毛は予想以上に柔らかかった。
それに、あたたかい。当たり前か、彼は人間なのだから。
アリオスが俺の飼い犬だったら簡単な話なのに。
言葉なんて無い方が俺たちは上手くいくのかもしれない。
文句も言わず目を細めされるがままになっているアリオスに俺は初夜での発言の意味を聞こうと思いつく。
あの発言と現在の行動が結びつかないからこっちはずっと混乱しているのだ。
「そうだ、公爵。あの愛するつもりは……」
言葉の途中で視線を感じ俺は振り返る。
そこにはエストが何とも言えない表情で佇んでいた。
そういえばここは廊下だ。忘れていた。
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