初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ

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44.役目無き結婚

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「うーん……」

 感嘆とも呆れともつかない呻きを俺は発する。
 マレーナに頼んで文にして貰った妹とアリオスとの婚約時代。
 それは余りにも淡々とし過ぎていた。

「あの二人がいちゃいちゃしてると思ってなかったけど……会話すらほぼしていないとは」

 だからセシリアの侍女はあの短時間でこれを書き上げることが出来たのか。
 そう納得しながら紙面に目を通す。邪道だが日付が新しい物から遡って読んでいる。
 セシリアの失踪に関する手がかりが載っていないかという期待からだった。
 けれど今のところそれらしきものは一切無い。
 二人の関係が冷え切っているらしいということ以外は。

「しかも挨拶してお茶を一杯飲んだら毎回即帰宅していたとはね」

 いや、帰宅は正しくないか。俺は自分の発言を訂正する。
 妹はアンブローズ公爵邸から立ち去った後は街へ繰り出したりしていたようだ。
 寧ろ遊びに行くついでにアリオスの顔を見に行ったという方が近い。

 俺は記憶を呼び起こす。セシリアが婚約者に会いに行くのは月に一度ぐらいだった。
 更に昼頃出て夜になる少し前に帰ってきていたのも街で遊んでいたからだとは。

「人それぞれとはいえ、とても婚約しているとは思えないな……」 

 政略結婚だとしても、二人は随分と薄い関係に思えた。
 だがアリオスもそれを許容していたのだろう。
 いや、彼こそがそれを望んだ可能性もある。
 初めての晩、愛するつもりは無いと宣言されたことを思い出した。
 今は何故かそこに引っかかりを覚える。

 確かにやり取りを読んだ限りではこの二人の間に愛が介在する余地は無いように思える。
 アイリーンの件を抜きにしてもセシリアはアリオスを全く愛していないことがわかる。
 少ない会話の中でも一貫してアンブローズ公爵としか呼んでいないし。

 セシリアはどちらかと言えば自分から話を振るタイプだ。そして話題も多い。
 初対面の相手でも一時間ぐらいは会話出来る人間だ。

「いや、本当別人みたいだな」

 これ本当にあのセシリアか。己の記憶の中の妹とかけ離れた態度に半信半疑になる。
 愛情どころか友好さの欠片も無い態度。
 別にアリオス相手に毒を吐いたり喧嘩を仕掛けたりということは無いが、それは会話が殆ど無いからだ。

 会ってお茶を飲んで「それじゃ又」と立ち去る。
 これを結婚式のほぼ直前まで繰り返している。
 飲み物の注文に対し「公爵と同じものを」と毎回答えていたのも時短目的だろう。
 というかこれは俺も真似しよう。
 マレーナの細い筆跡を目で追いながら呟く。

 そしてあるところで視線を止めた。
 それはセシリアのアリオスへの問いかけだった。

「この家に嫁いだ後、私は何をすれば良いですか」
「何もしなくていい」
「わかりました」

 二人の会話を読んでいるだけで胃が痛くなる。日付を確認する。
 これは婚約してから三回目の対面での会話だった。

 何もしないでいいと言われた時の妹の気持ちを想像してみたが、わからなかった。
 ただ以降のセシリアの態度を考えればアリオスに好意を抱いたということだけは皆無だろう。

 愛するつもりはないと宣言するまでもなく、双方共にそんなものは介在していないように思えた。

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