初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ

文字の大きさ
45 / 77

45.向き不向き

しおりを挟む
 今俺が読んでいる二人のやり取りは侍女マレーナの目を通して書かれたものだ。
 だから彼女が見ていない所でのセシリアとアリオスがどうだったのかはわからない。
 侍女には知らせていない事実だってある筈だ。 

 現にアリオスの健康状態や、それを踏まえて実子を作らない方針も一切記されて無かった。
 公爵側の年齢と、何より政略結婚ならその手の話題が全く出ないことは恐らく無い。
 婚約の話が来た時にセシリアは予め知らされていたか、もしくは一切知らないかの二択だと思う。

 もし知っていた場合、セシリアはどんな気持ちで「何をすればいいか」と尋ねたのだろう。
 そしてどんな気持ちで「何もしなくていい」という未来の夫からの答えを聞いたのだろう。

 子供を産まず、公爵夫人としての役割も期待されない。
 俺の知る妹はそれを気楽な立場と考えられるような人物では無いと思う。

 彼女は寧ろ自分が選んだ役目ならそれを最大限こなそうと努力する気がした。
 だからこそ王女を救出する為大怪我を負って退職することになった。

 どこかやりきれない気持ちで全ての内容を読み終える。
 何もしなくていいというアリオスの返答。
 それ以降、妹は挨拶をして飲み物を一杯飲むとすぐ公爵邸を後にするという行動を取り始めたことがわかった。
 その後は大抵街で女友達と遊んでから帰宅している。

 これがアリオスへの歩み寄りを完全に拒絶した故かそれとも抗議行動なのかは不明だ。
 そして結婚式を前にしてセシリアは姿を消した。

「うーん……」

 俺は持っていた報告書を机に置いて背伸びをした。やけに肩が凝っている気がする。
 セシリアがアリオスと結婚したくない、そう思っていたとしても気持ちは理解できる。

 政略結婚にしても、何も無さ過ぎるのだ。
 相手に何も期待されないというのはセシリアの性格的に辛いだろう。

 アリオスとは逆の存在を思い出す。俺の婚約者は寧ろセシリアに依存していた。
 行きたい店がある、食べたい物がある。でも一人ではいけないからと良く妹にねだって街へ遊びに行っていた。
 彼女の縋るように見上げる大きな瞳は俺よりセシリアに多く向けられていた。

 アイリーンのような女性こそセシリアの求める存在だったのかもしれない。
 そして二人の恋が益々燃え上がった結果駆け落ちしたということか。
 よりにもよって結婚式の直前に。

 相談してくれと痛切に思うが、まあ俺相手には出来ないだろうなと納得もする。
 だってセシリアの恋人、俺の婚約者だからな。もう破棄されたも同然だけど。

「読み終わったんですか」

 椅子に座ったまま遠い目をしていると後ろからエストに話しかけられる。
 声をかけて来たということは、読み終えたことはわかっている筈だ。
 俺が会話できる状態かの確認だろう。

「ああ、おかわりくれ」
「かしこまりました」

 空になっていたティーカップにハーブティーが注がれる。
 湯気の多さから考えて湯を沸かし直してきたのだろう。

「エストも読んでみてくれ」

 そう言いながら俺はマレーナの報告書を彼へ手渡した。

「良いんですか?」
「良いよ、元々侍女が知って良い内容しか書いてないから」

 目を通して気づいたことが有ったら教えて欲しい。
 俺が何か見落としているかもしれないから。
 
 こちらの言葉に了解の返事をしてエストは黙読の姿勢に入る。
 その間俺はハーブティーを冷ましながらアリオスについて考えていた。

 俺も彼については良く分かっていないが年上なのにやけに子供っぽい面があることは理解したばかりだ。
 いや子供と言うか撫でろとせがむ犬と言うか。
 セシリアに言った何もしなくていいというのは、本当に何もしなくていいという以上の意味は無いのだろう。

 人形公爵という渾名程彼は無感情では無い。ただそれはある程度親しくしないとわからないだろう。
 ほぼ固定された表情には毒の後遺症と言う原因があったことも。
 セシリアはきっと知らず、彼と距離を置いた。

「もしかしたら俺の方が適任だったのかもな……」

 何もしなくていいと言われても俺はそこまでショックを受けないと思う。
 元々何かを期待される立場では無かったし。

 皮肉なことだがその点では気が楽になったのも確かだ。
 公爵夫人としての役目なんて全くわからなくて焦ってたが、そもそもそんなことしなくていいと公爵自身が言っている。
 実際俺は公爵邸で何をしろとも言われてない訳だし。

 今後部屋にこもって食っちゃ寝し続けても文句を言われる筋合いはない。
 それで公爵邸の使用人や公爵側の親戚に何か言われたら「旦那様の望みですので」と言えばいい。
 いや流石に部屋に閉じこもり続けるのは辛いから、図書室とか散歩とかには行きたい。可能なら街とか。

 そんなことを考えながら適温になったハーブティーを飲んでいると、エストが俺に呼びかけて来た。 

「セシリア様が頻繁に街で遊んでいる女友達って、恐らくアイリーン様のことですよね。マレーナに席外させてますし」

 だとしたら逢引の回数えげつないですね。
 黒髪の従者の言葉に無理やり上げていた気持ちが一気に底まで落ちていくのを感じた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~

なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。 一つは男であること。 そして、ある一定の未来を知っていること。 エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。 意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…? 魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。 なんと目覚めたのは断罪される2か月前!? 引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。 でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉ まぁどうせ出ていくからいっか! 北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...