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52.蚊帳の外の偽花嫁
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「ど、どうして……」
「どうして?」
「どうして知ってたなら、教えてくれなかったんですか?!」
首を傾げ聞き返すアリオスに思わず怒鳴りつける。
そして次の瞬間俺は青褪めた。自分が彼に対し抗議出来る立場じゃないことを思い出したのだ。
「あの、申し訳……!」
大急ぎで頭を下げて詫びの言葉を腹から出す。
しかしそれを静かな声が止めた。
「……あの夜の君が必死な顔をしていたから」
「は?」
「正体を指摘したら、自害しそうな気がした」
そう告げた後、公爵の透明な水色の瞳が、僅かに揺らぐ。
まるで小石を投げられた湖面のようだと思った。
それを綺麗だと感じながら俺はアリオスの台詞を反芻する。
つまり、あれだ。
初夜の時の俺は覚悟を決め過ぎて悲壮感たっぷりに彼の目に映ったのか。
お前偽者だろと言ったら死にそうな位に。
当然だが俺にはそこまでの覚悟なんて無かった。だがアリオスはそう思ったから言えなかったのだろう。
ここでの生活の全て、最初からずっと彼の優しさから成り立つものだった。
それに全く気付かなかった自分の察しの悪さに改めて恥ずかしくなる。
俺は少しだけ泣き出したくなって唇を噛み締めた。
これからどうすればいいのだろう。公爵にひたすら謝って実家に帰るべきか。
両親は俺を叱るだろうか、今度こそ見捨てられるかもしれない。怖い、帰りたくない。
帰りたくない。自分の中に浮かんだ初めての感情に驚いて涙が出た。
なんで俺はこんなに伯爵家に帰りたくないのだろう。
内心戸惑っていると目の下に温かな何かが触れる。
それがアリオスの指先だと気付いた時、反射的にそれを握っていた。
まるで赤ん坊がそうするように。
「帰りたくないなら帰らなくていい」
というか帰って欲しくないから今までずっと黙っていた。
そう言われてもう片方の手で頭を撫でられている。
今、凄い都合の良いことを言われている。
正体を隠さなくても公爵邸に居ても良いと。
「私の妻として、ここでずっと暮らすと良い」
しかし次の台詞で、ずぶずぶと彼に揺らぎそうになっていた心が正気を取り戻す。
いやそれはおかしい。何より現実的に無理だ。
俺は慌ててアリオスから距離を取った。
「そっ、それは無理です。俺には婚約者がいるので!」
否定を口走ってから婚約者のアイリーンが自分の妹と駆け落ちしたことを思い出す。
自覚はあったが今の俺は随分と混乱している。記憶は前後するし考えも感情も纏まらない。
目の前のアリオスは外見だけは彫像のように落ち着いて微動だにしていない。
その薄い唇から美しいが抑揚に乏しい声が発せられた。
「婚約者、というのはアイリーン・オーガス伯爵令嬢のことか」
「え、そうですけど……」
「君と彼女の婚約は、既に解消されていると教えられたが……」
「……は?」
首を傾げながら美形の公爵は信じられないことを口にした。
俺とアイリーンの婚約が解消済みだと。
何だそれ初耳だ。
というか教えられたって誰が教えたんだ。
そして何で俺はそれを知らなかったんだ。
いや違う、知らなかったんじゃない。
知らされなかったんだ。
自分の指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。
「どうして?」
「どうして知ってたなら、教えてくれなかったんですか?!」
首を傾げ聞き返すアリオスに思わず怒鳴りつける。
そして次の瞬間俺は青褪めた。自分が彼に対し抗議出来る立場じゃないことを思い出したのだ。
「あの、申し訳……!」
大急ぎで頭を下げて詫びの言葉を腹から出す。
しかしそれを静かな声が止めた。
「……あの夜の君が必死な顔をしていたから」
「は?」
「正体を指摘したら、自害しそうな気がした」
そう告げた後、公爵の透明な水色の瞳が、僅かに揺らぐ。
まるで小石を投げられた湖面のようだと思った。
それを綺麗だと感じながら俺はアリオスの台詞を反芻する。
つまり、あれだ。
初夜の時の俺は覚悟を決め過ぎて悲壮感たっぷりに彼の目に映ったのか。
お前偽者だろと言ったら死にそうな位に。
当然だが俺にはそこまでの覚悟なんて無かった。だがアリオスはそう思ったから言えなかったのだろう。
ここでの生活の全て、最初からずっと彼の優しさから成り立つものだった。
それに全く気付かなかった自分の察しの悪さに改めて恥ずかしくなる。
俺は少しだけ泣き出したくなって唇を噛み締めた。
これからどうすればいいのだろう。公爵にひたすら謝って実家に帰るべきか。
両親は俺を叱るだろうか、今度こそ見捨てられるかもしれない。怖い、帰りたくない。
帰りたくない。自分の中に浮かんだ初めての感情に驚いて涙が出た。
なんで俺はこんなに伯爵家に帰りたくないのだろう。
内心戸惑っていると目の下に温かな何かが触れる。
それがアリオスの指先だと気付いた時、反射的にそれを握っていた。
まるで赤ん坊がそうするように。
「帰りたくないなら帰らなくていい」
というか帰って欲しくないから今までずっと黙っていた。
そう言われてもう片方の手で頭を撫でられている。
今、凄い都合の良いことを言われている。
正体を隠さなくても公爵邸に居ても良いと。
「私の妻として、ここでずっと暮らすと良い」
しかし次の台詞で、ずぶずぶと彼に揺らぎそうになっていた心が正気を取り戻す。
いやそれはおかしい。何より現実的に無理だ。
俺は慌ててアリオスから距離を取った。
「そっ、それは無理です。俺には婚約者がいるので!」
否定を口走ってから婚約者のアイリーンが自分の妹と駆け落ちしたことを思い出す。
自覚はあったが今の俺は随分と混乱している。記憶は前後するし考えも感情も纏まらない。
目の前のアリオスは外見だけは彫像のように落ち着いて微動だにしていない。
その薄い唇から美しいが抑揚に乏しい声が発せられた。
「婚約者、というのはアイリーン・オーガス伯爵令嬢のことか」
「え、そうですけど……」
「君と彼女の婚約は、既に解消されていると教えられたが……」
「……は?」
首を傾げながら美形の公爵は信じられないことを口にした。
俺とアイリーンの婚約が解消済みだと。
何だそれ初耳だ。
というか教えられたって誰が教えたんだ。
そして何で俺はそれを知らなかったんだ。
いや違う、知らなかったんじゃない。
知らされなかったんだ。
自分の指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。
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