初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ

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75.幸薄い唇

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「つまり……リード伯爵家にはアンブローズ公爵邸で泊まり込みで働いていると思わせて、その空白期間でアイリーンを見つけるつもりだったのか?」
「そうです」
「凄いのよ彼女、公爵邸から出たその足で直ぐにこの家を見つけちゃった」

 アイリーンの誉め言葉にもマレーナは嬉しそうな顔をしない。
 彼女が誉められて喜ぶ相手はセシリアだけなのかもしれない。

「凄いも何も、お二人はいつもこの家で時間が合えば過ごされていたでしょう」
「家を出た後どう生活するかの予行練習よ。楽しかったわ」
「ああ……セシリアが公爵邸から出て時間を潰していたのってここだったか」

 マレーナの報告書に書かれていた内容を思い出し俺はそう呟いた。
 セシリアとアイリーンは此処で会っていたのか。二人で。いやマレーナも居るか。
 でも席を外すように告げれば二人きりになる訳だし。
 というかアイリーンとセシリアはそういう関係なのだろうか。
 駆け落ちは嘘だと今は知っている。でも二人の関係についてはまだわからないままだ。
 友情なのか、愛情なのか、それとも俺の予想しない何かなのか。

 そしてそれは俺が知っても良いことなのか。
 気にならないと言えば嘘になるが暴きたいとも思わない。
 例えば俺がアリオスとの関係について質問されても困るだろうから。

 そう考えて内心首を傾げた。目の前の二人はある程度事情を知っている。
 俺はセシリアの代わりの偽花嫁でアリオスはその嘘を許してくれた心優しい詐欺被害者だ。
 それだけのことなのに、何故俺は説明に困ると思ったのだろう。
 自分考えが分からなくて悩んでいるとアイリーンが苦笑いを浮かべた。

「安心してセレスト、私とセシリアは恋仲では無いから」
「えっ、あっ、そうなんだ」

 どうやら悩みの内容を誤解させてしまったらしい。
 関係を説明して貰ったのは有り難いが、良かったとも悪かったとも言えなくて変な相槌になってしまった。
 俺の反応を気にしていないようにアイリーンは言葉を続けた。
 
「私はセシリアを世界で一番愛しているけれど、恋人になる気は全くないもの」
「それ、は……」
「彼女の愛する人は私では無いし、私はセシリアの愛が欲しいわけじゃない」

 ただセシリアには幸せになって欲しい。目を伏せて言う。それは祈りに似ていた。
 慈悲深さと敬虔深さと、そしてどこかに諦めが潜んだ願いの言葉。
 俺はそれに昔のアイリーンの面影を見た。俯きがちな表情が隠していたのは俺の妹への深い思いだったのか。
 彼女の家庭は複雑だからきっとそれだけではないのだろうけど。
 
「御免なさい、聞いても困るだけよね。でも誰かに言ってみたかったの」
「いや、構わないよ。俺には聞くだけしか出来ないけど……」

 うっかり卑屈な返事を返した俺にアイリーンは馬鹿ねと優しく微笑む。
 まるで母親みたいだと思ったけれど、すぐに俺は母親にそんな風にされたことは無いと思い出した。
 どちらかと言えばエストの母が乳母だった頃そんな風に笑いかけてくれた気がする。
 特別優しくされたことも無いけれど酷いこともされていない。貴族の家なんてそんなものだろう。

「聞くだけしか出来ないなんて言わないで、本当は誰にも話すつもりの無かったことなのよ」

 それなのにセレストの目を見ていたら口から出ていたの。アイリーンはそう言いながら自らの顔を覆う。

「不思議ね。セシリアは太陽の様に眩しいけれどセレストは蝋燭の灯火みたい。死にたくなった時でも隣に居るだけでゆっくり息が出来たの」
「……気づかなくて、ごめん」
「ううん。父の事も家の事も私が話したくなかっただけだから。深く聞き出そうとしないから、嘘吐きな私でも婚約者として一緒に居られたのよ」
「それは……俺が弱虫だからだよ、アイリーンに嫌われたくなかっただけだ」
「セレストが弱虫なら私は嘘吐き。幻滅されたくなくて本当の事なんて怖くて何も話せなかった。婚約解消されてやっと言えた」

 その点だけは父の再婚に感謝ね。アイリーンは声だけで笑う。
 だから俺は婚約解消なんてしたくなかったという言葉を飲み込んだ。今はもうあの時と同じ気持ちじゃない。
 アイリーンとセシリアがそういう関係じゃなくても、俺たちの関係は元には戻らない。
 そしてそれは決して悪いことじゃないんだ。少しだけ胸は痛むけれど。
 俺が元婚約者の前で立ち尽くしていると肩にそっと触れられる。そちらを向くと水色の瞳が俺を見ていた。

「私も君が隣に居てくれると、いや同じ敷地内に居てくれるだけで安らぐ気がする」
「敷地って……もう少し範囲絞った方が良いですよ」
「でも事実だ。私も君の安らぎになりたい」
「アリオス……」
「君を甘やかしたいし、君に必要とされたい。でも上手にそうする方法を私は知らない」

 人の愛し方を私はずっと知らないままだ。
 そう薄い唇がどこか悲し気に呟く。きっと人目が無ければ接吻けしていただろう。
 何故かそう思った。 

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