12 / 73
12.嫌すぎるおつかい
しおりを挟む
「ごめんなさいアリオ、私が真っ先に名前を聞いてなかったから……」
「仕方ないよ姉さん、まさかゴールディング公爵家が依頼してくるなんて俺も予想してなかったし」
俺よりも余程悲壮な表情でパルは言う。配達注文を受けたのは彼女だったのだ。
でも慰めでなく本当に仕方ないと思う。
ゴールディング家の使用人は店番をしていた彼女に配達日時と商品を告げて「大丈夫」と言質を取った後で家名を伝えたのだ。
その時点でやっぱりお断りしますなんて出来る筈がない。相手が貴族なら尚更だ。
下手すればその時点で面子を潰したと因縁をつけられる。だから依頼は受けるしかない。
「やっぱり急に材料が足りなくなったとか断れないかしら……」
「断るにしても結局ゴールディング家に行く必要があるだろ、だったら素直に配達した方が良い」
このやり取りを何回しただろう。店が強盗に入られたことにしようとか言い出した時は吃驚したが回答は変わらない。
注文を後から断ったとしても、その謝罪をしにイオンの家に行く必要はあるのだ。
「それに依頼されたケーキはもう出来てる、無駄に出来る筈がない」
俺は梱包済みのケーキを指差した。
苺のショートケーキと季節のフルーツタルトとベイクドチーズケーキだ。それと焼き菓子詰め合わせ。
お茶会でも開くのだろうか。貴族がそういった小さな催しにうちの店の菓子を使うのは珍しくない。
特に女子会みたいな時には果物たっぷりだったりチーズケーキなどのカロリー低めのものがよく依頼される。
沢山食べても罪悪感が少ないかららしい。どの世界でもそういった考えは変わらないようだ。
「……アリオ」
俺たちのやり取りを腕組みしてみていた父親が俺の名を呼んだ。
その熊みたいな体つきと丸太のように太い腕に強面はケーキ職人らしくないと良く言われる。
製菓作業は力仕事が多いから別に俺はおかしくないと思うけれど。
「何、父さん」
「……俺が、行く」
「父さんは喋るの苦手だし、貴族のお屋敷に相応しい服持ってないだろ」
これも何度目かのやりとりだ。ブルーム菓子店の配達を始めた頃に豪商や貴族から注文が来るようになった。
その時に軽く服装について届け先から注意を受けた。簡単に言うと屋敷に出入りするならもっと小綺麗な恰好をして欲しいというものだ。
別に不潔な恰好をしていた訳では無いが、安っぽい服装がお気に召さなかったらしい。
なのでそういったプライドが高そうな家へ配達する時は普段より上等な布地の洒落た服を着ることにしたのだ。
そして父はそういう服を持ち合わせていない。
「大丈夫だよ、何かするつもりならわざわざ家に筆頭執事が来て謝罪なんてしないだろうから」
父と姉を安心させる為、そして自分を鼓舞する為にそう言い聞かせて俺は荷物を持ち店を出た。
そのまま商店街通りを過ぎ、高級住宅街へ向かう。
手前が新しめの豪邸、奥へ行くほど高位貴族の屋敷が立ち並ぶ。
初めて来た時は歩いているだけで緊張したがここ数年は月に何度も訪れているのですっかり慣れた。
貴族の場合使用人が予約時間に店に来て持ち帰ることも多いが、配達もそれなりに需要があるようだ。
「でも公爵家は初めてだな……」
呟きつつ、辺りを見回す。散歩をしていたらしい貴婦人に笑顔を向けられ俺も深々とお辞儀を返した。
ドレスの女性は伯爵夫人でお得意様の一人だ。
「ごきげんよう、菓子店の坊や。今日も可愛らしい顔をしているわね」
可愛いと言われてもあまり嬉しくは無いが、笑顔を浮かべ礼を言う。
「有難うございます、奥様はいつ見ても大変素敵な装いをされていますね」
「あら、上手なこと。今週末にお茶会を開くからその時はお願いするわね」
「はい、いつもありがとうございます」
配達業は接客業も兼ねている。だから強面で寡黙な父には向いていない。
そうやって顔見知りに何回かペコペコしつつ俺は住宅街の奥まで辿り着いた。
「ここがゴールディング公爵邸か……リアルだと初めて見るな」
周囲をぐるりと高い塀に囲まれた白亜の超豪邸を見ながら俺は呟く。
この足で訪れるのは初めてだが「恋と騎士と冒険と」のゲーム内では何度も中に入ったことがある。
主人公は武器を買ったりデートやプレゼント費用の為に金を稼ぐ必要がある。
その方法はバトルパートで強敵に勝ったり、日常パートてアルバイトをするというものだ。
割のいいアルバイトの筆頭がイオンの家での掃除夫なのだ。
「仕方ないよ姉さん、まさかゴールディング公爵家が依頼してくるなんて俺も予想してなかったし」
俺よりも余程悲壮な表情でパルは言う。配達注文を受けたのは彼女だったのだ。
でも慰めでなく本当に仕方ないと思う。
ゴールディング家の使用人は店番をしていた彼女に配達日時と商品を告げて「大丈夫」と言質を取った後で家名を伝えたのだ。
その時点でやっぱりお断りしますなんて出来る筈がない。相手が貴族なら尚更だ。
下手すればその時点で面子を潰したと因縁をつけられる。だから依頼は受けるしかない。
「やっぱり急に材料が足りなくなったとか断れないかしら……」
「断るにしても結局ゴールディング家に行く必要があるだろ、だったら素直に配達した方が良い」
このやり取りを何回しただろう。店が強盗に入られたことにしようとか言い出した時は吃驚したが回答は変わらない。
注文を後から断ったとしても、その謝罪をしにイオンの家に行く必要はあるのだ。
「それに依頼されたケーキはもう出来てる、無駄に出来る筈がない」
俺は梱包済みのケーキを指差した。
苺のショートケーキと季節のフルーツタルトとベイクドチーズケーキだ。それと焼き菓子詰め合わせ。
お茶会でも開くのだろうか。貴族がそういった小さな催しにうちの店の菓子を使うのは珍しくない。
特に女子会みたいな時には果物たっぷりだったりチーズケーキなどのカロリー低めのものがよく依頼される。
沢山食べても罪悪感が少ないかららしい。どの世界でもそういった考えは変わらないようだ。
「……アリオ」
俺たちのやり取りを腕組みしてみていた父親が俺の名を呼んだ。
その熊みたいな体つきと丸太のように太い腕に強面はケーキ職人らしくないと良く言われる。
製菓作業は力仕事が多いから別に俺はおかしくないと思うけれど。
「何、父さん」
「……俺が、行く」
「父さんは喋るの苦手だし、貴族のお屋敷に相応しい服持ってないだろ」
これも何度目かのやりとりだ。ブルーム菓子店の配達を始めた頃に豪商や貴族から注文が来るようになった。
その時に軽く服装について届け先から注意を受けた。簡単に言うと屋敷に出入りするならもっと小綺麗な恰好をして欲しいというものだ。
別に不潔な恰好をしていた訳では無いが、安っぽい服装がお気に召さなかったらしい。
なのでそういったプライドが高そうな家へ配達する時は普段より上等な布地の洒落た服を着ることにしたのだ。
そして父はそういう服を持ち合わせていない。
「大丈夫だよ、何かするつもりならわざわざ家に筆頭執事が来て謝罪なんてしないだろうから」
父と姉を安心させる為、そして自分を鼓舞する為にそう言い聞かせて俺は荷物を持ち店を出た。
そのまま商店街通りを過ぎ、高級住宅街へ向かう。
手前が新しめの豪邸、奥へ行くほど高位貴族の屋敷が立ち並ぶ。
初めて来た時は歩いているだけで緊張したがここ数年は月に何度も訪れているのですっかり慣れた。
貴族の場合使用人が予約時間に店に来て持ち帰ることも多いが、配達もそれなりに需要があるようだ。
「でも公爵家は初めてだな……」
呟きつつ、辺りを見回す。散歩をしていたらしい貴婦人に笑顔を向けられ俺も深々とお辞儀を返した。
ドレスの女性は伯爵夫人でお得意様の一人だ。
「ごきげんよう、菓子店の坊や。今日も可愛らしい顔をしているわね」
可愛いと言われてもあまり嬉しくは無いが、笑顔を浮かべ礼を言う。
「有難うございます、奥様はいつ見ても大変素敵な装いをされていますね」
「あら、上手なこと。今週末にお茶会を開くからその時はお願いするわね」
「はい、いつもありがとうございます」
配達業は接客業も兼ねている。だから強面で寡黙な父には向いていない。
そうやって顔見知りに何回かペコペコしつつ俺は住宅街の奥まで辿り着いた。
「ここがゴールディング公爵邸か……リアルだと初めて見るな」
周囲をぐるりと高い塀に囲まれた白亜の超豪邸を見ながら俺は呟く。
この足で訪れるのは初めてだが「恋と騎士と冒険と」のゲーム内では何度も中に入ったことがある。
主人公は武器を買ったりデートやプレゼント費用の為に金を稼ぐ必要がある。
その方法はバトルパートで強敵に勝ったり、日常パートてアルバイトをするというものだ。
割のいいアルバイトの筆頭がイオンの家での掃除夫なのだ。
390
あなたにおすすめの小説
四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。
とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて──
「運命だ。結婚しよう」
「……敵だよ?」
「ああ。障壁は付き物だな」
勇者×ゴブリン
超短編BLです。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜
ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。
――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん!
ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。
これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…?
ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる