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7.聖女と攻略対象
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「あの日、卒業前にバカ王子に二人きりで話そうといわれてついて行ったんだよね」
「リアム王子に告白されると思って?」
「うん!」
「このお馬鹿!」
「いたっ」
卒業パーティーの騒動から一か月後。
やっと時間に余裕の出来た私たちは公爵邸の一室で緑茶を楽しんでいた。
防音対策が完璧な私の部屋でサクラの手作り煎餅を二人で齧っている。
彼女は二年前から攻略対象との恋愛を諦めたのか日本食の再現に熱を入れるようになっていた。
もしかしたら飲食店経営などで成功したかしれない。
だが聖女の資格を得た以上サクラにその未来は選べない。
「違うんだって、告白されたら断って王子に説教してやろうと思ったの!」
「説教?貴女が?」
「うん、婚約者がいるのに他の女に告白するなんて最低って」
二股どころかそれ以上のクズだったわけだけど。
彼女は首に巻かれた包帯を摩りながら言う。
かけられた呪いは跡形もなく消えているが教会の命令で毎日聖水で清められた布を巻いているのだという。
大切な聖女の体ということで念には念を入れているのだろう。
サクラは卒業後神殿で暮らすことが決まった。
正式に聖女として認可された彼女は今までとは比べ物にならないくらい丁寧に扱われることになる。
高位貴族でもサクラに対し元平民などと見下す発言を公でしたなら罰金と鞭打ち刑に処されるだろう。軽くてだ。
「ほんと顔だけの最低男だった、よくリリーナはあんなのと結婚するつもりだったよね!」
「だって王家と父からの命令だもの、従うしかないのよ」
「私やっぱりそういう風に達観するの無理だわ、そんな結婚をリリーナがするのも絶対嫌!!」
頬を膨らませ子供っぽい表情で言うサクラに私は苦笑いをする。
「……だからわたくしのことも連れていくの?」
部屋にサクラが煎餅を歯で割る音が響いた。
私とリアム王子の婚約は解消された。
彼は王妃になることを目論んだ伯爵令嬢に魅了魔法を強くかけられた結果精神に異常をきたしたことになった。
少しでも王族側の過失を減らそうという目論見だろう。
王位継承者から外された彼は今頃王宮内のどこかで名ばかりの静養をしている筈だ。
だが本当は幽閉されていると私は父から教えられ知っている。
サクラに使われた呪具は王家の宝物庫に保管されていたものだった。
そんな逸品だからこそ強い光の力を持つサクラを一時的にでも拘束することが出来た。
呪具として利用したのは恋人でも、用途を知りながら持ち出したのは彼だ。
リアム王子は劣悪な環境に監禁され数年後にでも病死がひっそりと報じられるだろう。
そして何事もなければ今年十五歳になる第二王子が国王になる。代わりはいるのだ。
アロウズ伯爵家は取り潰し、アンジーという殿下の恋人は処刑された。
彼女はサクラから逆流した大量の魔力を受けきれず体内の魔力神経が蹂躙され尽くしたという話だった。
結果絶え間なく激痛に苦しみ続けることになった為逆に死は救いになったかもしれない。
このことはサクラには告げず、アンジーは終身刑になったと私は嘘を吐いた。
過保護かもしれないが彼女にショックを受けて欲しくなかった。彼女はまだ前世の価値観が抜け切れていないだろうから。
自分を害そうとした人間でも処刑されたと知ったらサクラは深く傷ついてしまいそうだった。
屈託ない彼女と穏やかな時間を過ごしたい私のエゴだ。
聖女と呼ばれるようになった元問題児は首を傾げながら私の問いかけに答えた。
「卒業してからも私の面倒みるのって、やっぱりイヤ?」
不安そうな上目遣い。聖女となり地位と評判が上がった今ならサクラに靡く男性もいるだろう。
歴代聖女の中には結婚した人物も何人かいる。 相手は王族や貴族、騎士や平民もいた筈だ。
血で受け継がれない代わりに、出産や純潔を失うことで弱くなるような力ではないのだ。
だが彼女はもう男はうんざりらしい。リアム王子に騙されて男性不信になったらしかった。
私としてはその方が有難い。
じゃないと美形男性に呼び出されたらまたホイホイ誘いに乗りかねない。
そんな彼女は今後神殿内でも女性だけしかいないエリアをメインに生活するらしい。
その報告と一緒に私を聖女補佐に強く推薦したことを告げられたのは一週間前だった。
ちなみに神殿側と王家からも似たような内容を打診されていた。
彼らは能力だけは超強力だが言動も内面も隙だらけな新聖女のお守り役が欲しいのだ。
リアム王子による誘拐事件と、その時の全く聖女らしくないサクラの言動。そして私たちの特別に親しい関係を知り判断したらしい。
聖女の命令は王族のそれとほぼ同等。それに王家と神殿側からも同じ依頼をされている。
公爵家といえど拒否権はない。父は私を第二王子に嫁がせることが出来なくなった。
彼は渋々と言った様子で「聖女に仕えろ」と命じ、そして公爵令嬢リリーナとして生きる私はその命令を「光栄です」と受け入れた。
私が快諾したことは既に王家にも神殿側にも伝わっている筈だ。
だからサクラはそれを知っていてこんなことを言うのだ。
「貴女が大人しくしてくれるならそこまで嫌でもないわ」
「聖女補佐は私が結婚しない限りずっと独身だけど、大丈夫?」
「別にいいわよ、政略結婚で最低男と夫婦になるよりずっとマシだわ」
「よかった、私も結婚なんてしたくないからずっと一緒だね!いっしょういっしょ!!」
幼女みたいな言い草につい笑ってしまう。
こんなことを言いつつ運命の相手と出会ったらサクラはたちまち逆上せてしまうかもしれない。
そうしたら私は裏切られたと思うのだろうか。
まさか、それこそ子供じゃあるまいし。否定するように軽く首を振った。
「でも全部上手くいって良かった!変な首輪つけられた時はちょっとびっくりしたけど」
「あれに懲りたら不用心な行動は慎むことね。聖女として強力な魔力を持っていても油断しないことよ」
「うん、あんな目に遭うのは一回で十分! 壊さないように維持するの超面倒だったし、力吸われるの気持ち悪かったし!」
「本当に、後遺症とか残らなくって良かったわ……もう心配させないで頂戴」
「ごめんね、でもリリーナと私の為に必要なイベントだと思ったから……」
「……サクラ?」
「現実はゲームみたいに簡単じゃなかったけど、なんとかクリアできて本当によかった!」
これでハッピーエンドだね! そう機嫌良く答えるサクラに私は違和感を覚えた。
彼女がリアム王子の企みにのったのは迂闊だったから、そう思っていた。
だってサクラは強い光の魔力を持っていて、でも素直過ぎて上手く生きられなくて、馬鹿で不器用で。
ヒロインの筈なのに攻略対象全員から嫌われていて。
だから私だけは彼女を見捨てられなくて。一生傍にいてもいいと思うぐらい。
「だって、あんな浮気男にリリーナが盗られるなんて絶対許せなかったんだもの!ううん、誰にも許さない!!」
私たち、これからもずっと一緒だよね。そう大輪の花のように笑うサクラに胸が淡くときめく。
友情なのか、それ以外の何かなのか区別がつかない。けれど愛おしいと思う気持ちに強く支配される。
やがてがどこか遠くからピアノとバイオリンの二重奏が聞こえてきた。
窓は締め切っているし、何よりこの部屋は魔法により防音されているのに。
明るく軽やかなのにどこか切なさを感じるメロディについ聞き惚れてしまう。
それは前世で何度か聞いた乙女ゲームのED曲だったが、リリーナになった私には既に思い出せなくなっていた。
「リアム王子に告白されると思って?」
「うん!」
「このお馬鹿!」
「いたっ」
卒業パーティーの騒動から一か月後。
やっと時間に余裕の出来た私たちは公爵邸の一室で緑茶を楽しんでいた。
防音対策が完璧な私の部屋でサクラの手作り煎餅を二人で齧っている。
彼女は二年前から攻略対象との恋愛を諦めたのか日本食の再現に熱を入れるようになっていた。
もしかしたら飲食店経営などで成功したかしれない。
だが聖女の資格を得た以上サクラにその未来は選べない。
「違うんだって、告白されたら断って王子に説教してやろうと思ったの!」
「説教?貴女が?」
「うん、婚約者がいるのに他の女に告白するなんて最低って」
二股どころかそれ以上のクズだったわけだけど。
彼女は首に巻かれた包帯を摩りながら言う。
かけられた呪いは跡形もなく消えているが教会の命令で毎日聖水で清められた布を巻いているのだという。
大切な聖女の体ということで念には念を入れているのだろう。
サクラは卒業後神殿で暮らすことが決まった。
正式に聖女として認可された彼女は今までとは比べ物にならないくらい丁寧に扱われることになる。
高位貴族でもサクラに対し元平民などと見下す発言を公でしたなら罰金と鞭打ち刑に処されるだろう。軽くてだ。
「ほんと顔だけの最低男だった、よくリリーナはあんなのと結婚するつもりだったよね!」
「だって王家と父からの命令だもの、従うしかないのよ」
「私やっぱりそういう風に達観するの無理だわ、そんな結婚をリリーナがするのも絶対嫌!!」
頬を膨らませ子供っぽい表情で言うサクラに私は苦笑いをする。
「……だからわたくしのことも連れていくの?」
部屋にサクラが煎餅を歯で割る音が響いた。
私とリアム王子の婚約は解消された。
彼は王妃になることを目論んだ伯爵令嬢に魅了魔法を強くかけられた結果精神に異常をきたしたことになった。
少しでも王族側の過失を減らそうという目論見だろう。
王位継承者から外された彼は今頃王宮内のどこかで名ばかりの静養をしている筈だ。
だが本当は幽閉されていると私は父から教えられ知っている。
サクラに使われた呪具は王家の宝物庫に保管されていたものだった。
そんな逸品だからこそ強い光の力を持つサクラを一時的にでも拘束することが出来た。
呪具として利用したのは恋人でも、用途を知りながら持ち出したのは彼だ。
リアム王子は劣悪な環境に監禁され数年後にでも病死がひっそりと報じられるだろう。
そして何事もなければ今年十五歳になる第二王子が国王になる。代わりはいるのだ。
アロウズ伯爵家は取り潰し、アンジーという殿下の恋人は処刑された。
彼女はサクラから逆流した大量の魔力を受けきれず体内の魔力神経が蹂躙され尽くしたという話だった。
結果絶え間なく激痛に苦しみ続けることになった為逆に死は救いになったかもしれない。
このことはサクラには告げず、アンジーは終身刑になったと私は嘘を吐いた。
過保護かもしれないが彼女にショックを受けて欲しくなかった。彼女はまだ前世の価値観が抜け切れていないだろうから。
自分を害そうとした人間でも処刑されたと知ったらサクラは深く傷ついてしまいそうだった。
屈託ない彼女と穏やかな時間を過ごしたい私のエゴだ。
聖女と呼ばれるようになった元問題児は首を傾げながら私の問いかけに答えた。
「卒業してからも私の面倒みるのって、やっぱりイヤ?」
不安そうな上目遣い。聖女となり地位と評判が上がった今ならサクラに靡く男性もいるだろう。
歴代聖女の中には結婚した人物も何人かいる。 相手は王族や貴族、騎士や平民もいた筈だ。
血で受け継がれない代わりに、出産や純潔を失うことで弱くなるような力ではないのだ。
だが彼女はもう男はうんざりらしい。リアム王子に騙されて男性不信になったらしかった。
私としてはその方が有難い。
じゃないと美形男性に呼び出されたらまたホイホイ誘いに乗りかねない。
そんな彼女は今後神殿内でも女性だけしかいないエリアをメインに生活するらしい。
その報告と一緒に私を聖女補佐に強く推薦したことを告げられたのは一週間前だった。
ちなみに神殿側と王家からも似たような内容を打診されていた。
彼らは能力だけは超強力だが言動も内面も隙だらけな新聖女のお守り役が欲しいのだ。
リアム王子による誘拐事件と、その時の全く聖女らしくないサクラの言動。そして私たちの特別に親しい関係を知り判断したらしい。
聖女の命令は王族のそれとほぼ同等。それに王家と神殿側からも同じ依頼をされている。
公爵家といえど拒否権はない。父は私を第二王子に嫁がせることが出来なくなった。
彼は渋々と言った様子で「聖女に仕えろ」と命じ、そして公爵令嬢リリーナとして生きる私はその命令を「光栄です」と受け入れた。
私が快諾したことは既に王家にも神殿側にも伝わっている筈だ。
だからサクラはそれを知っていてこんなことを言うのだ。
「貴女が大人しくしてくれるならそこまで嫌でもないわ」
「聖女補佐は私が結婚しない限りずっと独身だけど、大丈夫?」
「別にいいわよ、政略結婚で最低男と夫婦になるよりずっとマシだわ」
「よかった、私も結婚なんてしたくないからずっと一緒だね!いっしょういっしょ!!」
幼女みたいな言い草につい笑ってしまう。
こんなことを言いつつ運命の相手と出会ったらサクラはたちまち逆上せてしまうかもしれない。
そうしたら私は裏切られたと思うのだろうか。
まさか、それこそ子供じゃあるまいし。否定するように軽く首を振った。
「でも全部上手くいって良かった!変な首輪つけられた時はちょっとびっくりしたけど」
「あれに懲りたら不用心な行動は慎むことね。聖女として強力な魔力を持っていても油断しないことよ」
「うん、あんな目に遭うのは一回で十分! 壊さないように維持するの超面倒だったし、力吸われるの気持ち悪かったし!」
「本当に、後遺症とか残らなくって良かったわ……もう心配させないで頂戴」
「ごめんね、でもリリーナと私の為に必要なイベントだと思ったから……」
「……サクラ?」
「現実はゲームみたいに簡単じゃなかったけど、なんとかクリアできて本当によかった!」
これでハッピーエンドだね! そう機嫌良く答えるサクラに私は違和感を覚えた。
彼女がリアム王子の企みにのったのは迂闊だったから、そう思っていた。
だってサクラは強い光の魔力を持っていて、でも素直過ぎて上手く生きられなくて、馬鹿で不器用で。
ヒロインの筈なのに攻略対象全員から嫌われていて。
だから私だけは彼女を見捨てられなくて。一生傍にいてもいいと思うぐらい。
「だって、あんな浮気男にリリーナが盗られるなんて絶対許せなかったんだもの!ううん、誰にも許さない!!」
私たち、これからもずっと一緒だよね。そう大輪の花のように笑うサクラに胸が淡くときめく。
友情なのか、それ以外の何かなのか区別がつかない。けれど愛おしいと思う気持ちに強く支配される。
やがてがどこか遠くからピアノとバイオリンの二重奏が聞こえてきた。
窓は締め切っているし、何よりこの部屋は魔法により防音されているのに。
明るく軽やかなのにどこか切なさを感じるメロディについ聞き惚れてしまう。
それは前世で何度か聞いた乙女ゲームのED曲だったが、リリーナになった私には既に思い出せなくなっていた。
応援ありがとうございます!
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